1-21 ステファンズ・クリーク強襲
午前2時、ステファンズ・クリーク貯水池。
ブロークンヒルの住民に飲料水を供給するためのダムとして建設され、統一戦争勃発前には近隣住民の行楽地としても知られていた静かな水源である。しかし今となっては、そんなのどかな湖畔の光景は見る影もない。低木の林は切り開かれ、キャンプ場は短距離離着陸機やウォーカーの駐機場へと姿を変えた。湖面にはウォーカー一個小隊を輸送可能な大型輸送飛行艇が、基地の灯りに照らされながら離陸の時を待っている。今回の作戦行動のために作られたと思しき、プレハブとテントが並ぶ臨時の前哨基地。深夜にも関わらず大型投光器が爛々と輝き、エスタンジア軍のトラックが働きアリのように休みなく行き交っている。その数たるや、こじんまりとした基地には不釣り合いなほどだ。
「本当に、ここにナトカがいるのか?」
「尋問した敵兵の言葉を信じるなら、ですけどね」
基地から数百メートル離れた木陰に乗機の姿を隠し、双眼鏡で敵陣の様子を観察しながら、二人はその雰囲気に違和感を感じていた。
つい先程、あれだけ派手に暴れたのだから、ソーダ・ポッパーの存在は恐らくこの基地にも情報として届いているはずだ。それなのに敵はウォーカーの増援を出すことも、追加の偵察機でこちらの様子を探ることもせず、ただ黙々と輸送機に荷物を積み込み続けている。敵がこちらに気付いていないとも、損害を恐れて接敵を避けているとも思えない。小規模なウォーカー部隊とその支援部隊を最低限運用できる程度の基地とはいえ、中古の軽ウォーカー1機くらい、その気になれば一瞬で片付けられるはずだ。
「あいつら、何で仕掛けてこないんだ?」
「僕達がいることを知ってて泳がせてるとしたら気味悪いですね」
二人は以前、傭兵部隊の一員としてエスタンジア系傭兵組織の拠点への攻撃に参加したことがある。その時に落とした基地も、いま二人が見ているステファンズ・クリーク基地とそう変わらない規模の野戦基地だったが、それでも敵は最後まで頑強に抵抗してきた。既に前衛部隊を撃破した後とはいえ、それ以上の攻撃を一切受けずにここまで来られたというのは、本来ありえない事なのだ。
「どうします先輩? 罠かもしれませんよ」
「……いや待て、ちょっとアレ見てみろ」
不安を口にするウィルに、アレクシスは自前の高倍率双眼鏡を手渡してその口をつぐませた。
「輸送機の側に積んである荷物、中身見えるだろ」
アレクシスが指差す先、巨大な輸送機の荷室に次々と運び込まれていく大小の木箱。今この瞬間も、作業用ウォーカーや兵士達の手によって積載作業が進められている。箱の中にぎっしりと詰め込まれているのは旧世界の遺物たち──緑色をした電子基板、電子計算機や小型電話機、そして失われた文明の叡智が綴られているであろう書籍の束だ。
「奴ら、あの戦利品を持ってどこかに高飛びするつもりだ。この基地もハナから捨てるつもりだったのかもしれん」
謎に満ちたエスタンジア軍の行動理念の中でも、最も不可解なものがこの技術回収任務だ。例えガラクタにしか見えない物であっても、それが旧世界の電子技術に関する物であれば総力を挙げて回収し、回収された物品がどこへ消えるのかは誰も知らない。
「……先輩! あそこに」
「どこだ、どうした」
ウィルの喉から台詞が出終わるより先に、華奢な腕から双眼鏡をひったくるアレクシス。
「輸送機のカーゴドアのところ、兵士が集まってるあたりに……彼女がいます!」
ピントを合わせ直し、ウィルに言われた通りの場所を探すと──見間違えようのない、戦場にはおよそ不釣り合いな少女の姿がそこにあった。装具を着装し、出発への身支度を整えた兵士達に囲まれ、腕には捕虜拘束用の簡易手錠が掛けられているようだ。同じ飛行機に乗せて何処かに連れ去るつもりか、或いは必要な情報を吐かせた後で口を封じるつもりか。エスタンジアの思惑は何一つ読めないが──ここでじっと見ているというのはタマ無し野郎のすることだ。
「ペド野郎め、デートのお相手を間違えたな」
そう言うとアレクシスはポケットから最後のチョコバーを取り出し、ワニのように勢い良くかじり付いた。待ってろ、ナトカ。今迎えに行ってやる。
「──ようし、我が忠実なるシモベ、ウィリアム・コンスタンティン・スチュアートよ! 強くて賢い偉大なるアレクシス・ヘインズ様が、これより作戦を言い渡すっ!」
プレス鋼板製のパイロットシートにどっかりと腰を据え直し、アレクシスはこの上なく芝居がかった口調で切り出した。敵基地への夜襲。単騎突入。作戦目標は一人の少女。──あまりにも完璧なセッティングに胸が躍る。まるでアクション映画の主人公だ。
「何か策はあるんですか?」
「おう、その質問を待ってたんだ」
そう言ってアレクシスがレバーを操作すると、ソーダ・ポッパーはマウントラッチから新たな武器を取り出す。T80フォートクラッカー──沿岸防衛用の280mm噴進砲を流用した、規格外の巨砲だ。1発きりの使い捨てだが、要塞砲に迫る桁外れの火力を秘めている。
「こいつをブチかまして、混乱に乗じてナトカを連れ出す。連中も、まさかこんなデカい弾が飛んでくるとは思わないだろうからな」
「あの輸送機はどうします?」
「撃たない。アレを落とすと、逃げ道を失った敵が死ぬまで抵抗してくるからな」
「敢えて退路を与えて転進を促す作戦ですか。良い判断ですね」
「だろ? 俺だってたまにはやるんだ」
そう言ってアレクシスは首の骨を鳴らし、操縦桿を握り直す。が、武装を照準する手を止め、ふと思い出したようにこう切り出した。
「なあ、今更なんだが……ナトカを助け出して、それから行く場所のアテってあるのか? 親衛自警団の施設にはもう入れないだろうし、ブチギレたエスタンジア軍の暗殺部隊に追い回されて、3人仲良く二階級特進とか御免だぞ」
アドレナリンとドーパミンが切れ、ふと一瞬、アレクシスの思考回路が正気を取り戻したのだ。アレクシスはいつだって殴り甲斐のある相手と戦うことが一番だし、その結果自分が死ぬ羽目になるかもしれないことは重々承知している。傭兵である以上、ウィルもきっとそのことは覚悟の上だ。だが──ナトカは違う。14歳の彼女には未来があるのだ。自分達のような、社会のドロップアウターにはない未来が。
「大丈夫です、匿ってくれる人物のアテならあります」
心配するアレクシスをよそに、小さな相棒は力強い口調でそう断言した。
「誰だ」
「Dr. クロエ・アリサカ。『呪術医』の名で通っている闇医者で、管理人さんの──いえ、ビンタン・スディルマンの仲間です」
ウィルが放った言葉は一瞬耳を素通りしかけたが、引っかかりを覚えたアレクシスは改めてその一字一句を反芻した。聞いたこともない名前の外部協力者──いや、そっちは今どうでもいい。問題なのはもう一人の名前だ。
「待て。ビンタン・スディルマンって言ったか今? あの屍体海岸のエースの?」
「はい」
「……あのジャンクヤードのおっちゃんがビンタン・スディルマンだって?」
「はい」
「マジかよ」
「マジです」
目を白黒させているアレクシスの質問責めに、あくまでポーカーフェイスで返すウィル。あの何を考えているのかさっぱり分からない”おっちゃん”と、伝説の英雄ビンタン・スディルマンの姿は逆立ちしたって重ならないが、もし本当だとしたらビッグニュースだ。ウォーカー乗りなら誰もが憧れるエースパイロットが実は自分のすぐ身近にいたなんて。しかも、今自分が乗っているウォーカーはそんなカミサマが直々に用立ててくれた機体なのだ。そう思うと、胸中に残っていた迷いや不安は一瞬にして吹き消えて、代わりに強い決意と闘争本能が全身を満たしていく。
「畜生、生きて帰る理由がまた一つ増えちまった」
そう言ってアレクシスは姿勢を正し、操縦桿を改めて握り直した。膝立ちになり、巨大な噴進砲をしっかりと構えるソーダ・ポッパー。照準器が捉える先にあるのは基地の片隅、軍用ウォーカーが整然と陳列されたモータープールだ。
「後で、おっちゃんが本当にあのビンタン・スディルマンなのか問い詰めてみないとな。もし本物だったら──俺はサインを貰うぞ。WCスーツの胸ん所に」
ソーダ・ポッパーの砲口が狙う先──ステファンズ・クリーク野戦基地。ブルドーザーで雑に整地された広場に佇むゲイブ・ヒロタ少尉は、砂漠地帯の夜風で冷えた手先を、機密書類を燃やす炎で暖めているところだった。
シュスター少佐の特殊任務のために作られたこの臨時基地は今まさに数週間の短い命を終え、その全てを大荒原の土に還そうとしている。作戦で使用したウォーカーや、この僅かな期間で回収できた技術遺産を輸送機に積み込むべく、投光器の明かりの下、兵士達は休みなく働いている。ヒロタも数十分後には、目の前にある巨大な輸送飛行艇に乗り込み、エスタンジア勢力圏に帰還する手筈になっているのだが、そんな彼の胸中には未だに疑問が渦巻いていた。
「おい曹長、ここまでしてシュスター少佐が欲しがっていた技術遺産ってのは何なんだ」
すぐ隣で書類を火にくべていた男に、ヒロタは率直にその疑問をぶつけた。昼間のシルバートン戦での戦傷を包帯で覆った、ヒゲ面の男の名はウード・ホフマン曹長。シュスター少佐のお気に入り。下士官の癖に自分のことを見下している気さえする、いけ好かない野郎だ。ちょっと他人よりウォーカー戦歴が長いからって、調子に乗りやがって。
「少尉、少佐が欲していた回収物というのは──」
そう言ってホフマン曹長は輸送機の方向を指差したが、その先にそれらしき物体は見当たらない。数人の兵士と、何処かから保護してきたと思しき民間人の少女がいるだけだ。
「──あの女です」
「……は?」
思わずそんな声が出てしまった。彼女はどこからどう見てもただの一般人。それも、間違ってもまだ戦場に関わってはいけないような歳の少女である。
「彼女を回収し、エスタンジア本国まで移送するそうです」
「何がしたいんだ、少佐は」
頭を掻きながら問いかけるが、曹長からの返事はない。ただ何を考えているのか分からない目つきで、虚空を睨んでいるだけだ。
「……何でもない。ヤニ吸ってくる」
知らないなら知らないで、何か一言でも喋ればいいんだ。曹長の態度にうんざりしたヒロタは、ただタバコとライターを手にその場を離れることにした。時間の無駄だ。愛しのマイヤー一等兵なら、こんな時でも「さぁ、なんででしょうねぇ」などと舌ったらずな魅惑のボイスで答えてくれるはずなのに。
思えば今回の作戦に関して、全容を知っているのはシュスター少佐とその他数名の上級士官のみ。ホフマン曹長は少佐の飼い犬だから、奴もきっと何か知っているのだろう。その他大勢の人員は何も知らされず、ただ唯々諾々と少佐の指示に従っているだけだ。亡命希望の科学者を保護するための作戦だと聞かされてはいたが、きっとカバーストーリーに違いない。その程度の作戦なら正規軍を動かすまでもない。
「……あ゛ぁー……やっぱりコレだ」
物陰で紫煙をくゆらせながら、ヒロタは独りごちた。脳を駆け巡るニコチンと、甘ったるい合成バニラフレーバーが、思考の中からあらゆる心配事を押し流してくれる。
だが、そんなタバコの魔力をもってしても消せない恐怖が、ヒロタのニューロンには未だに深く刻み込まれていた。ブロークンヒルのジャンクヤードに突如出現した怪ウォーカー。冷たい鉤爪の感触を思い出すだけで、晩に食った戦闘糧食を戻しそうになる。先程足止めのために出撃したウォーカー部隊は通信途絶、恐らく無事ではないだろう。つまり、あの化け物は今も辺りをうろついている事になる──。
ヒロタは喫いかけのタバコを地面に投げつけると、そんな自身の不安をぶつけるように、ブーツの靴底で何度も踏みしだいた。何より後悔しているのは、あの敵パイロットにステファンズ・クリーク基地のことを教えてしまったことだ。奴に捕らえられた時は、ただ自分をこんな境遇に追いやったシュスター少佐が痛い目を見ればいいという一心で、この基地の場所を伝えたのだ。だがその時のヒロタは、自分もそのステファンズ・クリーク基地に向かう手筈になっている事がすっかり頭から抜けていた。殿が撃破された以上、敵は間違いなくここを目指してくる。こちらの部隊は、敵が近付くより前に輸送機を飛ばしてここを後にするつもりだが、もし敵の足が早ければ、あるいは輸送機の離陸が遅れれば、この基地自体が戦場と化すだろう。シュスター少佐やホフマン曹長、そして名前も知らないモブキャラ共があのウォーカーに襲われるのは別にどうとも思わない。だがこの基地には、戦場に咲く一輪の花にして、ヒロタ専用のエンジェル……マイヤー一等兵がいるのだ。彼女の肌に傷一つでも付けば、それは敵をここまで呼び込んだ自分の責任だ。そうなればヒロタの胸は悲しみに押し潰され──
「──がっハァッ!?」
ヒロタの胸が押し潰された。比喩ではなく、文字通りの意味で。100万人のドラマーが一斉に太鼓を叩いたような大音響とともに衝撃波が全身を殴りつけ、肺の中の空気が全て吐き出される。ヒロタは当初、自分の身に、そしてステファンズ・クリーク基地に何が起きたのか理解できなかったが、火薬臭い熱風に吹かれながら確信する──これは敵の攻撃だ。奴が、あの忌々しい異形のウォーカーが来たのだ。着弾したのは恐らく大型のロケット弾。基地の端、ウォーカー駐機スペースのあった辺りから湧き上がるキノコ雲を睨みながら、ヒロタはその場に崩れ落ちた。
けたたましいサイレンが鳴り響き、ウォーカー隊に緊急出撃の命令が下るまで、2分と掛からなかった。だが駐機場に特大の直撃弾を受けた今、動けるウォーカーはもう残っていないだろう。あるとすれば、駐機場から離れた整備スペースで修理を受けていた機体か、積荷の運搬に使っていた作業用ウォーカーくらいのものだ。整備用クレーンを押し退け、修理中のウォーカー数機がぎこちない足取りで歩き始めた。その中には、あのホフマン曹長の第3世代ウォーカー「ヴォルフガング」の姿もあったが、果たしてあの損傷具合でどれほどの役に立つだろうか。
「大丈夫ですか!? 立ってください!」
軍制式のWCスーツを着た、名も知らぬ兵士がヒロタを抱き起こす。頭痛と耳鳴りに苛まれながら、よろめく足で立ち上がる。
「予定を早めて輸送機を飛ばすそうです。士官殿も早く乗ってください!」
肩に手を回し、兵士がヒロタを促す。だがヒロタは、最後に残された僅かばかりのプライドをもってそれを拒んだ。
「お前、ウォーカーの操縦は出来るか?」
「……えっ?」
「俺の機体の運転手をやってくれ。輸送機を守って、あの邪魔者を片付けるぞ」
そう言ってヒロタが指差したのは、不要な施設の解体や資材の搬入作業に使われていた旧型ウォーカー「プロテクトラート」。この基地に残っている無傷の機体は、恐らくこの1機だけだろう。
「待ってください、あんな作業用の旧型機で戦うって言うんですか!?」
「いいか、敵は単騎、それも恐らく今までの連戦で消耗してる。とどめを刺すには今しかない」
ヒロタはじっと兵士の目を見つめ、肩を掴んで言い聞かせた。勿論、あの敵の恐ろしさはヒロタ自身が身をもって知っている。だが、今は弱音を吐いている場合ではない。後悔なら死んでからすれば良いのだ。
「早く乗れ、敵は待ってはくれないぞ! エスタンジア国防軍の恐ろしさを、傭兵どもにじっくり味わわせてやるんだ」
カビ臭い旧型機の砲手席に着座し、オイルで粘つく操縦桿を握りしめると、強い決意がヒロタの胸を満たした。腹の底が読めないシュスター少佐も、壊れかけの第3世代機で出撃したホフマン曹長も、指を咥えて見ているがいい。奴を倒すのはこのゲイブ・ヒロタ様だ。奴を地獄の業火で焼き払い、勝利の栄光を愛しのレナーテ・マイヤー一等兵に捧げるのだ。
ウォーカー名鑑#11
トーマ&トーマ機械製作所 特殊歩行機材101番 軽戦闘歩行機プロテクトラート
第2世代黎明期に作られた、エスタンジア製の旧型軽量級ウォーカー。登場した当初は非常に画期的かつ強力な機体として名を馳せたが、陳腐化した今では戦闘用として用いられることはまず無い。現在の主な任務は訓練用の練習機、あるいは荷役作業や建設作業である。
この機体は世界初の実用的な第2世代ウォーカーであり、初めて前線に姿を現した際には、3人乗りの鈍重な第1世代ウォーカーしか保有していなかったローラシア軍を驚愕させた。ローラシア側は鹵獲したプロテクトラートを基に独自の第2世代ウォーカーを開発し、またエスタンジア製のウォーカーはいずれもこの機体の基礎構造を踏襲して設計されているため、現在のウォーカーは全てこの機体の子孫にあたるといえる。
骨のように細い手足、視認機器の小型化が進んでいなかったゆえの大きな頭部などの外見的特徴から、本機は現在のエスタンジア軍主力機である「ケーファーII」や「ラインゴルト」と比べると頼りない印象を与える。だが本機の敏捷性やマニピュレータの作業精度などは現在でも高く評価されており、直接戦闘任務以外でなら十分実用に耐える機体である。開発から30年近くが経過した機体ながら、本機が完全に引退するのはまだまだ先のことになるだろう。
全高: 8.5m
全備重量: 約16.2トン
発動機: トゥーレTM30 空冷星形14気筒ガソリンエンジン
最高速度: 37km/h
装甲: 浸炭硬化装甲、最大20mm
固定武装: MG M60(a) 7.62mm機銃x1 (胸部ボールマウント銃座)
回転式コンクリートカッターx2 (両腕部に内蔵)
煙幕発生装置 (排気管に内蔵)
携行武装: ZbPK19 L/21 3.7cm対戦車砲x1
乗員: 2名




