1-19 ソーダ・ポッパー
所はブロークンヒル市街地入り口の検問所。時刻は、間も無く午後11時を回ろうとしていた。真夏とはいえ、砂漠地帯の夜は半袖でうろつくには少々肌寒い。長袖のジャケットを着て来なかったことを少し後悔しながら、ヒロタ少尉はエスタンジア軍配給品の安タバコを燻らせていた。
「少尉殿……こんな辺鄙な町をわざわざ占領するなんて、シュスター少佐殿はどんな心積もりでありましょうかね?」
路肩に停められた二足歩行バイクに寄りかかり、三つ編みを夜風になびかせながらそう尋ねるのはマイヤー一等兵。その顔にまだあどけなさを残す彼女は、つい先日ヒロタの隊に配属されたばかりの新人だ。
「知らん。だが命令は命令だ」
ヒロタはぶっきらぼうな声色でそう吐き捨てると、視線を街の中心にそびえる時計塔に移した。新兵ばかりをかき集めた歩兵小隊を率いて田舎町の警備任務に当たるなんてことは、ヒロタ自身もしたくない。
「少佐が何を目当てにしてるのかは知らんが、そのブツの回収さえ終わりゃ二度と来ないだろうよ、こんな町」
士官学校での厳しい試験と、実戦さながらのウォーカー搭乗訓練に耐えてきたのは、こんな窓際族じみた任務に就くためではなかったはずだ。士官学校の同期と賭け麻雀をしていたのがバレたか、はたまた酒の席でシュスター少佐の陰口を叩いていたのが本人の耳に届いたか。ともあれ今、栄光に満ちたエリートコースを歩んでいたはずのヒロタは、ひよっ子20人を引き連れ、遠足じみた任務に就かされている。彼らは今頃自動小銃を背負って町中に散らばっており、いつ命令を無視して問題を起こすか分かったものではない。そんな時に責任を負わされるのは小隊長であるヒロタ自身。およそ華とは無縁の二線級の仕事だ。
──いや待て、華ならここにあるじゃないか。そんな思考が脳裏をよぎり、ヒロタは一人ほくそ笑んだ。
「……少尉殿、自分の顔に何か付いているでありますか?」
「い、いや、何でもない。ただの思い出し笑いだ」
マイヤーの宝石のような瞳に覗き込まれ、あまりのまばゆさに目をそらす。
ここだけの話──ヒロタは彼女に、単なる部下として以上の好意を抱いている。穢れを知らない子供のような顔立ちに、野戦服の上からでもはっきりと分かるほどに存在を主張する豊満なバスト。野の花のように素朴な愛らしさを丸眼鏡と三つ編みが最高のスパイスとなって引き立たせている。そんな彼女の魅力は戦火の只中にあってなお色褪せることなく、見る者全てを恋に落とすような輝きを放ち続けるのだ。
まさしく、高潔なエスタンジアのエリートたる自分に相応しい女性だ。不思議そうに顔を近付けるマイヤーの前で平静を装いつつ、不審に思われない程度の絶妙な肺活量で彼女の髪の香りを堪能しながら、ヒロタは笑みをこらえるのに必死だった。自由恋愛などという旧世界の文化が絶えて久しいエスタンジアだが、強い遺伝子を持った軍人同士となれば話は別だ。彼女に振り向いてもらうために、誰もが羨むような大戦果を挙げなければ。ローラシアの犬どもの血溜まりの中、燃え盛る瓦礫の山を手土産にマイヤー一等兵に求婚し、そして彼女と遺伝的に結合するフィナーレを迎えるのだ。
「あ、すみません少尉殿……少し用を足してくるであります」
マイヤーはそう言ってうやうやしく敬礼すると、独り路地の暗がりに消えていった。話し相手、兼、目の保養要員を失って手持ち無沙汰になったヒロタは、そろそろ11時丁度の定時報告の時間であることを思い出した。歩行バイクの荷台に積まれた無線機の受話器を取り、町を巡回している分隊に連絡を入れる。
「A分隊、状況を報告せよ」
近郊のシルバートン鉱山で陽動作戦が展開され、ここブロークンヒルを拠点にする傭兵は既に反撃能力を失っていると聞いている。分隊を任せている伍長もきっと、アクビ混じりに「異常なし」と一言述べるだけだろう。しかし──通信機の向こう側から聞こえてきた声を耳にした瞬間、ヒロタの目は衝撃に見開かれることとなる。
「畜生、こいつ一体どこから……!?」
ノイズ混じりの切迫しきった声色と、その背後から聞こえる巨大な機械の駆動音。明らかに何かがおかしい。
「おい、応答しろ。A分隊、何があった!」
ヒロタが呼びかけると、分隊長は今にも泣き出しそうなパニック状態で、
「こちらA分隊! し、所属不明のウォーカー1機が出現! 至急援護を……」
とだけ伝えてきた。しかし彼がそれ以上の言葉を紡ぐことはできず、代わって機関砲の爆音がスピーカー越しにヒロタの耳を襲った。
「うわあッ! 撃ってきたぞ、逃げろ!!」
そして通信機が固い地面に転がる音が響き、分隊長からそれ以上の連絡はなかった。──どうやら、通信機を投げ捨てて逃げ出したらしい。
そして、歩兵分隊を襲う更なる発砲音。通信機からの音割れした爆音と、町のどこか遠くからこだまする地鳴りのような砲声が同時に届き、ステレオ音響のように鼓膜を揺らす。
「クソッ、敵は夕方の戦闘で全滅したんじゃなかったのか!? 恨むぞ、あのポンコツ少佐め」
乱暴に受話器を戻し、喫いかけのタバコを投げ捨てながら、ヒロタは舌打ちした。ブロークンヒルに展開している歩兵部隊の装備は小銃や短機関銃のみ。強固な装甲に身を固めたウォーカーに対抗できるような火器は持たせていない──ヒロタの歩行バイクに積まれた対戦車ロケットを別にすれば。
ヒロタはすぐさま歩行バイクに跨り、エンジンに火を入れると戦闘音のする方向に向けて駆け出した。ハンドルを握るヒロタの胸中は上司であるシュスター少佐への恨み節で充満していたが、ふとあることを思い返してニヤリと笑う──そう、これはチャンスなのだ。アフリカの先住民族がライオンを狩るのと同じように、歩兵部隊にとって「生身でウォーカーを倒す」ということには特別な意味がある。対戦車火器だけで鋼鉄の巨兵を屠る勇姿はまさに全兵士、いや全人類の憧れ。そんな姿を目の当たりにすればどんな女もコロリと落ちる。きっとマイヤー一等兵も心と股を開いてくれるに違いないのだ。フリッツヘルメットを深々と被り、疾駆する車体に身を揺らしながら、ヒロタは独りほくそ笑んだ。
ヒロタの運転する「エミュラート」型歩行バイクの足が止まる。戦闘音を追ってたどり着いたのは、町外れに位置するジャンクヤード。サドルに跨ったまま、目立たない物陰に歩行バイクをかがませ、眼前にそびえ立つ巨大な敵の姿を死角から観察する。
砂漠迷彩色の装甲に達筆な筆記体で「ソーダ・ポッパー」と刻まれたその機体は、今までヒロタが戦場で見てきたどのウォーカーよりも歪で禍々しい、まさに異様としか言いようのない風態をしていた。片腕は建設作業用の巨大なクローに換装され、裁断された自動車や建機のパーツが増加装甲代わりに貼り付けられた、左右非対称の異形の姿は、まさに荒々しい憤怒の塊。正規軍の戦闘用ウォーカーとも、過剰装飾が施されたマローダー・ウォーカーとも違う、底の知れない不気味な闘気を放っている。なんなんだ、こいつは。
「し……少尉! 少尉っ!」
歩行バイクの足元に駆け寄ってくる人影に気付き、視線を下ろす。喧嘩に負けた野良猫のような足取りでやって来たのは、先程無線連絡をくれた分隊長だ。
「無事か! 被害は!?」
「負傷者3名、いずれも軽傷です。しかし兵員輸送車1両と高機動車3両を失い、このままでは持ちません!」
憔悴した様子で戦況を報告する分隊長を見下ろしながらヒロタは荷台に手を伸ばし、対戦車ロケット投射機を見せつけるように取り出した。
「この俺が来たからには安心だ! さぁ乗れ、お前にはこの武器を使ってもらう」
歩行バイクに着座姿勢を取らせ、分隊長を後部座席に促す。ロケットの安全装置が解除される音を耳にして、ヒロタは荒く息を吐いた。
「行くぞ、しっかり掴まってろ!」
歩行バイクが再び立ち上がり、直4エンジンが闇夜に吼える。ロケット弾は1発きり。弱点を確実に捉えられるよう、限界まで近づかなければ。ヒロタがスロットルを開くと、二人を乗せた歩行バイクは細い路地を抜け、全速力で突き進む。
目指すは、ジャンクヤードの中央に佇む敵ウォーカーの足元。ウォーカーの歩行装置に大ダメージを与えるには、股間にロケット弾を叩き込むのが一番と決まっている。
「少尉! あ、あそこに!」
分隊長が指差す先にいたのは、彼が指揮していた分隊の歩兵達。ある者は廃棄ウォーカーの陰に、またある者は野外トイレの裏に隠れたまま、まるで嵐に囚われた子ネズミのように縮こまっている。そして彼らを追い詰めた敵ウォーカーは、腰部にマウントした火炎放射器のバレルを宙に振りかざしながらこう罵り立てるのだ。
「まったく、戦い甲斐のない連中だぜ! もっと強い奴はいねえのか!」
勝ち誇った敵は宙に向かって火炎放射器を乱射、着火したナパーム燃料の奔流が夜空に迸る。吹き散らされた火の粉がヒロタ達の方にまで舞い散り、空気がガソリンのドス黒い臭気で満たされる。なす術なく怯える部下達を前に、ヒロタの胸が怒りに燃える──半分は野蛮なローラシア傭兵への怒り、そしてもう半分は軍人らしからぬ情けない姿を晒す部下達への怒りだ。
「……見てろ、このヒロタ様が男の戦いってモンを教えてやる。前進!」
歩行バイクのエンジンをレッドゾーンまで回し、ヒロタは敵の懐に飛び込むべく全速力で駆ける。
「お前の相手はここだぁ! このゲイブ・ヒロタ様が貴様を地獄に送ってやるぞ!!」
高らかに名乗りを上げながら、ヒロタは腰のホルスターから愛銃──ド派手なエングレービングが施された黄金のブラックホーク・リボルバーを抜き放ち、眼前の敵機に.45LC弾の乱打を浴びせた。装甲表面で鉛弾が弾け、ヒロタの存在に気付いた巨体がゆっくりと振り返る。
「よし、振り向かせたぞ! 股下を抜けて、すれ違いざまにロケットを叩き込め」
「了解! エスタンジアに栄光を」
火炎放射器と機関砲の弾幕を華麗なステップで掻い潜りながら、ヒロタの歩行バイクは突き進む。直進しているならともかく、複雑な回避機動を取っている相手に弾など早々当たるものではないのだ。今のヒロタの姿はまさに馬上槍を構えて突撃する勇猛な騎士そのもの。この勇姿を愛しのマイヤー一等兵に見せてやりたいものだ。耳元を掠める弾丸の風切り音を感じつつ、ヒロタは自画自賛した。そしてついに敵ウォーカーの股関節ジョイントを狙える距離にまで近付き、
「今だ、やれ!」
合図とともに後席からロケットランチャーが火を噴き、噴煙と閃光で視界がホワイトアウトする。成形炸薬弾が装甲を穿つ音に確かな手応えを感じた、次の瞬間である。
「があぁっ!?」
硬質な衝撃が全身を襲う。ヒロタはその時、自分の身に何が起きたか咄嗟に理解することができなかった。歩行バイクが敵ウォーカーの股下をくぐり抜けたその瞬間、敵機の巨大なパワークローがヒロタだけを運転席から掠め取ったのだ。油圧駆動の剛腕に締め付けられながら見下ろすと、制御不能になった歩行バイクが後席の分隊長だけを乗せて走り去っていくのが見えた。そして恐るべきことに──ロケットランチャーによる渾身の一撃は、敵機表面に貼られたトタン板を僅かに数枚引き剥がしただけだったのだ!
「お前がボスか? 聞きたいことがあって来た」
ヒロタの身体を軽々と持ち上げながら、巨兵の操縦士が問う。先程の罵声と同じ人物のようだが、さっきとは打って変わって落ち着いた、しかし静かな怒りと戦意を込めた声色だった。歩哨達を殺さずに脅し続けていたのも、ひとえに自分のような士官をおびき寄せるための策だったのかもしれない──文字通り敵の手の中でもがき苦しみながら、ヒロタは自らの迂闊さを恥じた。
「ナトカ・ロイセウィッチの知り合いの者だ。あいつは今どこにいる」
「ナト……すまん、なんだって? 俺はそんな名前聞いたこと──ぐわわわっ!?」
言葉を紡ぎ終えるより先に、パワークローの手首に装備された油圧ピストンが激しく前後に伸縮。本来なら建造物の破壊に使われる高速振動がヒロタの全身を滅茶苦茶に振り回した。
「話したい気分になってきたか」
「ひいッ、やめてくれ、本当に何も知らないんだ!」
振動が止まると同時に再度尋問され、ヒロタは息も絶え絶えに返答した。
「なら知ってそうな奴の居場所を教えろ」
「お、俺の上司はシュスター少佐とかいうイカれ野郎だ……ここから少し行った先、ステファンズ・クリークの野戦飛行場にいるから、とっ捕まえて尋問でも拷問でもすればいい」
声を震わせながら、ヒロタはただそう答えるだけで精一杯だった。敵は答えを聞くなり巨腕の握力を緩め、ヒロタを地上に下ろす心積もりらしい。
しかし、このまま引き下がるヒロタではない。敵に捕まり、情報を吐かされた挙句情けをかけられるなど、誇り高きエスタンジア軍人にあるまじき醜態だ。マイヤー一等兵も幻滅するに違いない。
ヒロタは自由になった右腕を胸のグレネードポーチに伸ばすと、相手に勘付かれないよう細心の注意を払いながら中身を手に取る。握りしめたのは手の平大の円盤──エスタンジア軍開発の対戦車兵器、磁気吸着爆雷である。装甲表面で炸裂することで金属の噴流を作り出し、軽戦車程度なら一発で撃破できるほどの威力を持つ。
怪しまれないように後ろ手に安全ピンを解除したヒロタは、敵ウォーカーが自分を地上に戻すまでじっと機を待つ。そして巨大な腕がヒロタの身体から離れたその瞬間、
「そら、お返しだ! コケにしやがって、地獄に落ちろ野良犬ども!!」
渾身の一発が放たれる。放物線を描いて宙を舞った爆雷は理想のコースで敵の胸部ハッチに貼り付いた。
(今度こそ……殺った!)
時限信管が作動する5秒後、眼前の敵ウォーカーの胸には深々と貫通孔が穿たれ、薄汚いローラシア傭兵の肉体はバラバラに弾け飛んでコクピット内を彩るだろう。全速力で安全圏まで逃げ出しながら、ヒロタは勝ちを確信していた。例え卑怯な戦法と言われようと、戦場にルールはない。勝てば良かろうなのだ。だが、そんなヒロタが目にしたのは驚愕の光景だった。
「な……何だありゃあ!?」
ジャンクヤードに響く金属の破砕音。振り返ると、敵ウォーカーはパワークローを自らの胸に突き立て、吸着爆雷が貼り付いたハッチ部分の装甲板を引き剥がそうとしているところだった。厚さ50ミリはある装甲ハッチがひしゃげ、2秒と経たずに引き千切られる。巨大な鉤爪に高らかに持ち上げられながら、ヒロタの仕掛けた爆雷はついに起爆。大音響と共にメタルジェットが装甲ハッチを貫いたが、肝心の敵には一切のダメージを与えられなかった。──デタラメだ。全くもってデタラメな野郎だ。
尻餅をついて見上げることしかできないヒロタに背を向けると、敵ウォーカーはずしり、ずしりと地響きを立てながら、町の出口に向かって去っていく。貫通孔の残る装甲板を投げ捨て、マニュピレータで作った特大のファックサインを見せつけながら。身体に残るパワークローの感触、未だに怯えたままの部下達。たった1機のウォーカーが刻み込んだ恐怖の爪痕を前に、ヒロタはただその場に佇んでいる他なかった。
もうじき、騒ぎを聞きつけたマイヤー一等兵もここに駆けつけてくるだろう。敵を見つけて喜び勇んで駆け付けた結果がこの有様とは、何と言って言い訳すればいいか──いや、元を辿ればこれもシュスター少佐と、ホフマン軍曹とかいうイエスマンのせいだ。今しがたの敵ウォーカーにボコボコにされてしまえばいい。帰ったら速攻で転属願を書き上げることを固く心に誓いながら、ヒロタはオーストラリアの夜空を見上げていた。
ウォーカー名鑑番外編 #6
ゴイアニア工廠 歩行機材40番 小型特殊歩行機エミュラート
エスタンジア軍が偵察・伝令・資材運搬などに多用する小型歩行機械で、そのサイズや操縦感覚が似ていることから俗に「歩行バイク」とも呼ばれるタイプの兵器。ウォーカーの走行装置をそのまま小型化したような精密な構造から、エスタンジアの技術力の高さが伺える。
この機体は本来、小型簡便かつ走破性に優れた偵察車両として、山岳猟兵などの特殊部隊向けに開発された。使い勝手の良さが好評だったことから後に通常の部隊にも配備されるようになったが、従来の偵察用オートバイの10倍以上とも言われるコストや生産性・整備性の悪さなどが災いし、現在でもあまり普及しているとは言い難い。
なお、こうした大小様々な歩行兵器を開発・運用しているのはエスタンジア側のみであり、ローラシアにはウォーカーより小型の歩行兵器は存在しない。普通の地形なら従来型のバイクさえあれば事足りるし、車両が入れないような難地形は徒歩で踏破すればよいのだ。
全長: 3.0m
全高: 3.5m
全備重量: 1.5トン
発動機: ゴイアニア工廠統制40型 直列4気筒ガソリンエンジン
最高速度: 65km/h
固定武装: なし
乗員: 1~2名




