1-18 反撃の狼煙
浅黒い肌の管理人に連れられ、ウィルがやって来たのはジャンクヤードの中央。ひときわ高く積み上げられた残骸の山のふもとに二人はいた。
「それで……僕に見せたいものって何なんですか?」
ウィルの脳裏には、つい先程のアレクシスの姿がありありと焼き付けられている。学生以来の長い付き合いの中、喧嘩したことも一度や二度ではないが、あそこまでひどく思い詰めたアレクシスを見るのは初めてだった。どうにか、彼を救いたい。どん詰まりの現実から脱却したい。その一心でウィルは管理人の黒い瞳を覗き込む。
"おっちゃん"は何も語らず、代わりにスクラップの山に向かって決断的な歩みを進める。深いシワの刻まれた両腕で廃棄部品を掻き分けると──そこから出土したものは、エスタンジア軍標準のダークイエローで塗装された装甲の地肌だった。搭乗用の手摺、各部に開けられたピストルポートや覗視孔。ガラクタ山の下から現れたそれがウォーカーのコクピットハッチだと分かるのに、5秒とかからなかった。
そう、それはナトカが乗ってきたという軽量級ウォーカー「ケーファーII」。
「エスタンジアが街に乗り込んできたとき、取られないように隠しておいたんじゃ。あの娘が持ってきた旧世界の秘密道具や薬も、みんなこの中に入れてある」
エスタンジアの法では、旧世界の遺産の隠匿は重罪だ。街をうろついている兵士にもし今の発言を聞かれたら、この老人はその場で街灯に吊るされてしまうだろう。
管理人はウォーカーの脇腹に取り付けられた雑具箱を開くと、小さな薬瓶を取り出した。ラベルのない、錠剤の詰まった小瓶。これもナトカのものだろうか。いつもの管理小屋で同じものを見たような気もするが、これまで気にも留めていなかった。
「エスタンジアが、人間の記憶を操作するときに使う薬剤じゃ」
「……えっ?」
「連中の技術とこの薬があれば、他人の脳を誰にも盗み読みできない機密情報のメモ帳にすることも、やったこともない技能を一瞬で身に付けさせることもできる。過眠という副作用もあるがの」
突然のことで頭がついていかない。エスタンジアが脳改造技術を持っているという噂は聞いたことがあるが、それがなぜオーストラリアの田舎町に。そしてナトカがその薬を持っていたということは──
「それってつまり、彼女が頭の中身に何かされて……」
「そうじゃ。この薬は脳改造を受けた者が自我の維持のために毎日飲む薬じゃから、肌身離さず持っておったんじゃろ」
管理人の声色は、いつもの気の抜けた酔っ払いのような口調ではなくなっていた。その眼光はまるで歴戦の兵士のそれだ。
「ナトカは何かの記憶処理を受けてから逃げ出して、エスタンジア軍はその後を追ってブロークンヒルに攻め込んできた……今推測できるのはそこまでじゃ」
今自分が持っている情報によると、ナトカの父親はエスタンジア派の科学者で、理由は知らないが行方不明になり、正規軍に捜索されているという。これもきっと、管理人が語った話と関連しているのだろう。
「……随分、お詳しいですね」
思わずそんな言葉を漏らすウィル。すると、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「屍体海岸の戦いを知っているか」
ウォーカー乗りなら、知らない訳がない。オーストラリア東海岸、かつてリゾート地として栄えた街を巡って繰り広げられた熾烈な上陸戦。美しかった海は血とオイルでどす黒く染まり、撃破されたウォーカーの残骸が海岸線に沿って山と積み重なったという。
「それがどうかしたんですか?」
ウィルが聞き返すと、徐に口を開いた管理人はこう切り出した。
「あの戦いで敵ウォーカー12機、戦車8両、非装甲目標60両撃破。乗機と運転手を失ってなお、生身のゲリラ戦でエスタンジアを苦しめた伝説の傭兵──ビンタン・スディルマンとはワシのことよ」
全世界が、静止したかに思われた。
「……ええぇ────っ!?」
ウィルの心臓が早鐘のように高鳴る。ビンタン・スディルマンといえば、現代史の教科書に名前が載るほどのビッグネーム。彼の名を知らないなどと言えば、一体どこの洞穴で今まで生きていたんだと心配されるレベルの大物である。そんな伝説の男が、なぜこんな片田舎のジャンク屋に。
「今のワシはもう戦える体じゃあないが、エスタンジアを倒すという決意だけは今でも燃え続けとる。本当の事を言うとな、ナトカを匿っておったのもそのためなんじゃ」
"おっちゃん"──いや、ビンタン・スディルマンは二人にしか聞こえない囁き声で、しかし確固たる戦意を言葉に乗せて、なおも続ける。
「いいか、今すぐアレクシスと一緒にナトカを連れ戻してこい。そしてあの子を連れて、ワシの協力者──"呪術医"のクロエ・アリサカに会いに行け」
「えっ!? でも、どうやって……!」
誰も彼も、無理難題ばかりを押し付けるもんだ。半ば恐慌状態に陥りつつあるウィルの脳裏で、小さじ一杯ほど残されていた理性がそう呟いた。死にたがりのアレクシスの次は、突然のカミングアウトと同時に無謀な救出任務を押し付ける伝説の傭兵の登場である。
勿論、ナトカをこのまま放っておけないという気持ちはウィルも同じだ。だが勇気と蛮勇は違う。いつでも派手な散り際を飾る機会を伺っているアレクシスと違って、ウィルはまだそれなりに現世への未練を残している。先週読んだコミックの続きも気になるし、親衛自警団の件が片付いたら食べようと思って買ったブラウニーだってまだ冷蔵庫に残ったままだ。
「スーパージャグが無くたって、お前達にならできる! ほら、機体ならここにある」
そう言って浅黒い腕を振るうと、ウォーカーの上に積み上げられたガラクタがさらに崩れ落ち、機体番号が刻まれた装甲ハッチが姿を見せた。
「でっでも、僕エスタンジアの機体なんて乗ったこと一度も……」
骨太の腕を背中に回され、ウィルは勧められるまま運転手席に座るより他なかった。電子機器の一切を排除した、無骨なエスタンジア式のコクピット。エンジンキーを回すと青い機内灯がともり、アナログメータと電線管が密生する鋼のジャングルが照らし出された。
「インターフェースが違うだけで、原理はどこ製の機体でも一緒じゃ! そこの赤いボタンで自動起立、足元左右のレバーで前進後退と方向転換! あとは使えば分かる」
機内を覗き込むビンタンは最低限の操作説明を終えると無言で敬礼し、装甲板の向こう側に消えていった。──もう、こうなったらやるしかない。エスタンジア語で書かれたコンパネの情報をフィーリングで読み解く限り、武器弾薬だけは十分すぎるほどある。あとはいかに戦うかだ。ウィルは覚悟を決め、教えられた赤いボタンに意思を込めた。
二人が小さな反攻戦の狼煙を上げ始めていたその頃。ジャンクヤードの管理小屋ではアレクシスが一人、黙々と死出の旅への準備を整えていた。
「初めての報酬で買ったM1911(ガバメント)に、いつもの戦闘服……最後の旅支度にゃ十分だ」
私服を脱ぎ捨て、ローラシア軍放出品のWCスーツに袖を通す。真鍮のファスナーを閉じると、劣化した耐水耐油生地の化学臭が鼻をついた。ウォーカー乗員御用達のこの高機能ツナギが「便所服」と渾名されているのは、どうやら単なる言葉遊びだけではなさそうだ。
拳銃の予備弾倉、コンバットナイフ、対ウォーカー用の粘着爆薬。持てるだけの殺しの道具を全身のポーチに詰め込んでいく。これだけ全ての火薬量を集めても、スーパージャグの57mmライフル1マガジン分の発射薬にも満たないだろう。こんな特攻まがいの戦法でエスタンジア軍に太刀打ちできるとは、アレクシス自身も考えていない。だが、それでもやらなければいけない理由が、アレクシスにはある。
死は、怖くない。だがアレクシスが死を恐れないのは、決して勇敢だからではない。死ぬことよりも恐ろしいのは何かを知っているからだ。それは即ち、自分が何のために生きているのかも分からないまま、自分の本心ではないことをやり続けて死を先延ばしにする人生を送ることだ。弾が当たって死ぬのは一瞬だが、この苦しみは一生続く。
ウォーカー乗りになる前──高校を卒業する頃のアレクシスは、まさにそんな苦しみの只中にいた。世界は終わりなき戦争の真っ最中で、オーストラリアや東南アジアでは百戦錬磨の傭兵達が歴史を作っている。なのに、なんで俺はチンケな公立高校で型に嵌められて生きているんだ。そんなフラストレーションからいつしか悪い仲間とつるむようになり、親を、教師を、そして知り合って以来ずっと親友でいてくれたウィルを、何度も泣かせた。行く先のあてもないまま高校を出た後は、ありもしない「ここではないどこか」への逃避を求めて、親のスネを齧りながらクズ同然の空虚な日々を何年も送った。あんな自分には戻りたくない。それくらいなら死んだ方がマシだ。
アレクシスの思考は、いつしかとりとめのない堂々巡りに陥っていた。傭兵生活を支えてくれたおっちゃんに、どこの戦場に行くにも一緒だったウィル。そして、何としても助けたかったナトカの顔が脳裏をちらつく。ここで自分一人が抜け駆けして死んだところで、それこそ自分の弱さから逃げているだけじゃないのか。
「──畜生、俺はどうすればいいんだっ!!」
重圧感に耐えきれず、誰にでもない嘆きの声を上げた、まさにその時だった。ガス・エレクトリック駆動の鋼の福音が耳に入ったのは。
そう、それはジャンクヤードから蘇った、鋼鉄の巨兵の足音。思わず窓辺に駆け寄ると、そこには軽量級ウォーカーにあるまじき重武装を施され、全身これ火器と言わんばかりの威容を誇る「ケーファーII」の姿があった。覚えている。ナトカと初めて会ったあの日の機体だ。胸に書かれた白い筆記体は機体名だろうか。アレクシスの目が確かなら、それは「ソーダ・ポッパー」と読めた。
「誰だ!? 誰が操縦してる!」
不思議と、危険なものだという気はしなかった。錆びた扉を蹴り開けて、そのウォーカーの足元へと駆け寄る。すると、聞こえてきたのは馴染みのある声だった。
「先輩!」
「……ウィル! やっぱりお前か」
いつしかアレクシスの口元は綻び、ひとりでに笑みがこぼれ始めていた。ソーダ・ポッパーはその場にしゃがみ込み、乗れと言わんばかりに右手を差し伸べる。
「──行きましょう!」
拡声器越しにたった一言。それ以上の言葉は不要だった。なぜなら、アレクシスは今ここで返す言葉を、一つしか持ち合わせていなかったからだ。
「おう、行くか!」
星のない闇空の下、アレクシスを機内に迎え入れたソーダ・ポッパーが立ち上がる。二人の戦意に呼応するように排気管がアフターファイアを噴き上げ、全高10メートルの巨体を明々と照らし出した。二人の反撃がいま始まる。
ウォーカー名鑑#10
ノイバウエル・ベルケ 特殊歩行機材141番 軽駆逐歩行機ケーファーII改"ソーダ・ポッパー"
ブロークンヒルのジャンクヤードで、ナトカとビンタンの手で密かに改装されていた機体。ナトカが乗っていたケーファーIIをベースに、ジャンクヤードで手に入る有り合わせのウォーカー部品や兵装、果ては建設機械や乗用車の部品まで流用して作られている。見た目はまさに歩くガラクタといった風体だが、エスタンジア軍の高級機であるケーファーIIをベースにしているため、その姿からは想像もつかない性能を秘めている。
チューニングは単機での継戦能力維持に特化。装甲こそ厚くないものの、二重三重の冗長化が施された駆動系により少々の被弾を物ともせず戦い続けることが可能。さらにケーファーIIの特長であるペイロードの多さを活かし、機体背部には予備の火器を最大4丁まで懸架できるマウントラックを増設。この機体は片腕が格闘用のパワークローに換装されているため、携行火器のリロードなどの細かい動作が不可能になっているが、弾切れになった武装を捨てて次の武装に持ち替えることで他の機体と遜色ない射撃戦能力を維持することができる。
全高: 9.8m
全備重量: 約32.0トン
発動機: トゥーレTM3300R 水冷V型10気筒ガソリンエンジン
最高速度: 40km/h
装甲: 浸炭硬化装甲、最大50mm
固定武装: MG2042 7.92mm対人機銃(胸部上面砲手用ハッチ脇)
フランメンヴェルファー80 火炎放射器(腰部)
3連装白燐発煙弾投射器x2(両肩)
油圧式パワークローx1(左手)
携行武装: 峰和鋼機 25式105mm榴弾砲x1
ザイツェフZSS-30-2 30mm連装機関砲x2
T80フォートクラッカー 280mmロケット弾投射機x1
乗員: 2名




