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鉄錆戦機セコハンウォーカー  作者: どくとるフランキ
1. アウトバック・スターツ・ヒア
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1-17 理想と現実

「──なあ」

 あの少女のいない、二人だけの部屋の中。ボロソファに腰掛けたアレクシスは、うなだれた頭を起こそうともせずに切り出した。埃の積もった窓の向こうには、黒いペンキで塗りつぶしたような闇が広がっている。

「……先輩?」

「これからどうする」

 ジャンクヤードの管理小屋からはナトカの姿だけでなく、ナトカが持ち込んだ賢い電話(スマートフォン)をはじめとする電子ガジェットも一つ残さず消え失せていた。そして、街のそこかしこにはエスタンジア軍の歩哨がうろついている──ここから導き出される結論は、一つしかない。

 昼間に戦ったエスタンジア軍のウォーカー部隊は、ブロークンヒルの傭兵を街から引き剥がすための囮だったのだろう。連中は最初からナトカがここにいることを知っていて、手薄になった街に正面から堂々と乗り込んできたのだ。エスタンジアにとっての重要人物であるらしいナトカの父親──科学者アダム・ロイセウィッチに繋がる情報を得るべく、奴らはナトカの身柄を押さえ、ついでとばかりに所持していた旧世界の電子技術遺産を根こそぎ奪っていった。ナトカが今どこで、どんな目に遭わされているのかなど、考えたくもない。

 アレクシスが危険な傭兵稼業を続けている理由は一つ──カッコ良いからだ。いつか来る自分の葬式の場で皆が思い出すのは、ヨボヨボになって食道ガンで死んだアレクシス・ヘインズでも、借金塗れになって公園の木で首を括ったアレクシス・ヘインズでもなく、ウォーカーを棺に壮烈な最期を遂げた、強くて男らしいアレクシス・ヘインズ様であってほしいのだ。そのためには、今ここでエスタンジアに立ち向かわないという選択肢はない。ここで逃げれば負け犬だ。

「街でエスタンジアの連中がデカい顔してて、ナトカがどこかに行っちまったんだ。何か手を打たないと」

「でもどうやって! スーパージャグは瓦礫の下で、代わりの機体だって無いんですよ!」

「ンな事は分かってる!」

 怒りに任せて、拳を机に叩きつける。隅に置かれていた栄養ドリンクの空き瓶が跳び上がり、よろめきながらフローリングに転げ落ちた。

「分かっちゃいるんだが、それでも収まりが付かねえんだ」

 荒ぶる脳細胞を鎮めるために一度大きく深呼吸し、胸ポケットから取り出したチョコバーを食い千切る。──ただ甘いだけ。味がしない。スーパージャグの整備中にナトカと食べたのも、ヴォルフガングとの決戦のさなかにウィルから貰ったのも、同じメーカーのチョコバーだったはずだが、こんなに不味かった覚えはない。

「とにかく、ここで尻尾巻いて逃げるなんてゴメンだ。ウォーカーが無いなら小銃と手榴弾で、それも無ければ石と棒きれを使ってでも俺はやるぞ!」

「先輩!!」

 次に声を荒げたのはウィルの方だった。向かいのソファから身を乗り出し、アレクシスの瞳をじっと覗き込みながら続ける。

「感情に流されて目先の事しか考えられなくなるのは、先輩の悪い癖です」

「なんだと!」

「落ち着いて、僕達がブロークンヒルに戻ってきた理由を思い出してみて下さいよ!」

 そう。二人がここに来た理由は、所属組織からの除名処分を覆すため。スーパージャグを修理して、お偉方を説得するための戦果を上げたら、すぐにでも退散するつもりだった。少なくとも、彼女に会うまでは。

「今はひとまず親衛自警団の拠点に戻るのが先決です。そうすれば僕達はまた原隊に戻って戦えますし、何より『ブロークンヒルが占領された』という情報を持ち帰れるのも僕達だけです」

 正論だ。全くもって正論だ。だがしかし、首を縦に振るわけにはいかない理由が、アレクシスにはある。

「ウィル、考えてみろ。俺達がお偉方に報告上げれば、そりゃ親衛自警団の本隊もブロークンヒル奪還に向けて動いてくれるだろうよ。だがその間、ナトカを捕らえた連中が大人しく待っててくれると思うか?」

 そう言って腰のホルスターに手をかけ、M1911を抜き放つ。スライドを引くと小気味良い金属音とともに、排莢口から真鍮色に輝く.45口径弾が姿を見せた。

「戦える奴にはな、そうじゃない奴らを守ってやる義務があるんだ。そんな俺達が今ここで戦うことをほっぽり出して、ナトカにもしもの事があったりしたら死ぬまで悔やむ事になるぞ」

 今のアレクシスには、戦う以外の選択肢はない。例えその結果、ローラシア国旗が巻かれた箱に入って帰還することになったとしても本望だ。だがウィルの言うことにも一理あるし、何より自分のメンツのための戦いにウィルを巻き込む道理はない。

「よし、なら折衷案といこう」

「……えっ?」

「お前は先に宿の荷物をまとめて、先に拠点に帰ってろ。俺は俺の仕事を済ませて、生きてたら1日以内に追いつく」

 つまり、ウィルを連れずに拳銃一丁で正規軍に挑むのだ。策も無ければ勝算も無いが、今できる事といえばこれしかない。「女子を捨てて戦場から逃げてきたタマ無し野郎」のレッテルを貼られたまま無為に残りの人生を過ごす苦痛を考えれば、鉛弾を食らって死ぬ痛みなど蚊が刺したようなものだ。

「も、もし1日以内に先輩が来なかったら……?」

「そん時は祝賀会でも開くといい。いつもアホな事ばかり思いつく、腐れ縁の兄貴分が居なくなった記念パーティーだ」

「そんな……」

 アレクシスの言葉を受けて、小さな相棒はしばし肩を震わせていた。そしてテーブルに手をつき立ち上がるとついに、胸に溜まり続けた感情のたけをぶつけたのだった。

「先輩はいつも勝手なことばかり言って! そうやって振り回されて、先輩の代わりに殺したり殺されかけたりする身がどれだけ辛いか知ってるんですか!」

 こんなウィルを見るのは初めてだった。アレクシスの知っているウィルは、口で文句は言えどもいつもアレクシスに付き従っていた。今までどんなトラブルに見舞われようと、最終的に物事がうまく行っていたのは全てウィルが陰で努力してくれていたからだ。そんなウィルが、内心ここまで抱え込んでいたとは。

「いや、だから、俺は、お前は無理に付いてこなくていいって、さっき……」

 それだけ言い返すのが精一杯だった。雷を見たチワワのように縮こまるアレクシスに、ウィルはなおも続ける。

「それも先輩のワガママじゃないですか! 先輩はカッコ良く死ねて本望かもしれないですけど、残される僕はどうしろって言うんです!!」

 図星だ。この長年の親友は、アレクシスの心の内を何もかも知っている。だからこそ一言一言が、まるで急降下爆撃のようにアレクシスの胸をえぐるのだ。そしてウィルは次に、こんなことを言い出した。

「戦争なんだから人は死んだり、いなくなったりしますよ。彼女には悪いですが、今の僕達にできることは彼女の犠牲を無駄にしないよう、生きて戦い続ける以外にないんです!」

 つまり──二人が傭兵稼業を続けていくには、ナトカを置いて街を去るしかない、というのだ。その一言が、アレクシスの心の中の、一番触れてはいけないところに触れてしまった。

「テメェ、見殺しになんかできるか!!」

「ひッ!?」

 怯えて頭を抱えるウィル。その瞬間アレクシスは自分がソファから立ち上がり、今まさにM1911のグリップで相棒の頭蓋を打ち据えようとしていることに気付いた。

「……すまん」

 銃を収め、糸の切れたマリオネットの動きでソファに体を沈める。右手に残るチェッカーグリップの刺々しい感触。アレクシスはうなだれたまま、ニスの剥げた床板に向かって言葉をこぼした。

「俺は──しばらくここで身支度をする。お前は先に帰って、しばらく頭を冷やせ」

 口にした自分でも驚くほど、生気に欠けた声だった。部屋を後にするウィルの足音が遠ざかっていっても、顔を上げる気力すら湧かなかった。


 ──そうして、アレクシス・ヘインズは一人ぼっちになった。

 地下坑道での一件以来、思えば失ってばかりいる。あの時はS-334スヴェトリャークを、シルバートンの戦いではスーパージャグを、そしてナトカをも失った。そしてウィルに手を上げてしまった今では、長年の相棒との絆すら消え失せようとしている。

「終わりだな、もう」

 誰一人いなくなった、がらんとした部屋で、アレクシスは誰へともなく呟いた。




 ジャンクヤードの管理室を後にしたウィルはその頃、ウォーカーの残骸の狭間、明かりのない鉄屑の獣道をとぼとぼと歩いていた。

 小さな傭兵はその2年に満たない戦場生活と、前職である商社時代の経験から、一つの法則を学んでいた──この世は、ありとあらゆる不条理に満ちている。それは例えばアレクシスからの無茶な注文であったり、前の日の晩に一緒に飯を食べた傭兵仲間が次の日には死体になっていることだったりする。人生にゲームバランスという言葉は無縁で、運命の女神はどうしようもないサディストで──そんな世界で心を病まないためには、それら全てが自然の摂理だと受け入れるしかない。

 そんな理不尽な運命の女神様によると、どうやら自分には、アレクシスとの別れが迫っているらしい。放っておけばアレクシスは単身、拳銃片手に死出の旅に向かうだろう。無理に連れて帰って彼の命を長らえさせることはできるだろうが、そうしたところで残るのはナトカを救えず、傭兵らしい散り際を飾ることすら出来ずに燃えカスのようになったアレクシスだけだ。どのみち、今まで通り二人で楽しく傭兵生活を送ることなど、できない。

 確かに、アレクシスの無茶振りはウィルを何度となく死地に追いやってきたし、そんな相棒に嫌気が差したことだって今日が初めてではない。それでも、こんな終わり方でウォーカー乗りとしてのキャリアを閉じていいとは、ウィルも思っていない。いつもアクションヒーロー気取りで暴れるアレクシスの傍にいることで、自分もサイドキックとして彼の物語の一部になる。エスタンジアと戦うことで、ほんの少しでも世界を変えていける。それが本当は楽しかったのだ。

 ウィルがかつていた世界は、あらゆる数字に満ちていた。偏差値、内申点、IPスコア、内定数、売上目標──いい成績を取っていい大学に入って、大企業に入社してカネを稼ぐことが人生の全てだと、子供の頃から教えられてきた。親に言われるまま入った日本の貿易会社。人が撃たれたなんてニュースにもならないような国から海産物を輸入して、末端価格を何倍にも釣り上げてトーキョーの美食家達に届くよう売り付けるのだ。そんな生活を続けていた彼にとって、アレクシスは数字の世界の外側からやってきた異邦人。世界は自分が思うほどつまらないものではないと教えてくれたのは、他ならないアレクシスだった。

 どうにか、彼を救いたい。ウォーカーに乗ってエスタンジアと戦い、ナトカを救い出すことで、アレクシスの心をも救うのだ。だがそのためには、まずウォーカーが無ければ話にならない。スーパージャグは瓦礫の下。一体どうすれば──


「よう、小っこいの」


 混濁していく思考を、しわがれた声が遮った。ガラクタの隙間を縫って現れたのは、このジャンクヤードの管理人──アレクシスが言うところの「おっちゃん」であった。

「こんな時間にどうした? ナトカの件か、それともアレクシスの奴と喧嘩でもしたかの」

「……両方です」

 伏し目がちに答えるウィル。浅黒い肌をした管理人は、いつもと変わらない、気の抜けた口調で尋ねる。

「アレクシスはどこにおる?」

「まだ……管理小屋にいます」

「おお、それはよかった。あいつの事だから、ヤケになって暴れてなどおらんかと心配しとった」

 そう言って管理人は懐からタバコのパックを取り出して勧めてきた。ウィルが首を横に振ると、代わりに自分で吸い始める。ジッポライターの小さな火が、闇夜の中から二人の姿を照らし出し始めた。

「ワシが来たのは、お前達に見てもらいたいものがあるからじゃ」

 白い煙をくゆらせながら、「おっちゃん」──本名は知らない──はそう話を切り出した。

「僕に見てほしいもの?」

「話は後じゃ。さ、(はよ)う来い」

 残骸の山の上を飛び跳ねるようにして、管理人はジャンクヤードの奥へと消えていこうとする。崩れる鉄屑に足をもつれさせながら、ウィルは迷うことなくその背中を追った。その先に、この状況を打開できるワイルドカードが眠っていると信じて。

「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #3

 ローラシア親衛自警団


 ローラシア連邦の樹立以前、エスタンジア軍の侵略にゲリラ戦で抵抗し続けた反政府組織を母胎に持つ由緒正しい傭兵組織。ローラシア系の傭兵組織といえば規模も練度もまちまち、玉石混交といった有様であるが、この親衛自警団だけは別格。世界5箇所の支部と無数の前線基地を運営し、ベテラン揃いの優秀なウォーカー兵を各地の戦場に派遣し続けている最大規模の組織である。幹部は熱狂的なまでのローラシア現政権支持者で固められており、政府とのつながりも深い。

 戦闘による損耗を補い続けるために「来る者は拒まず」のスタンスで運営されていることが多い一般的な傭兵組織と異なり、この組織と契約を結ぶには厳しい審査を乗り越える必要がある。具体的には3年以上の実戦経験があり、自分のウォーカーを所持していることが最低条件。加えて戦歴や戦闘技能、ローラシア政府への忠誠心などが書類審査と面接、模擬戦までも交えた選考によって試されることとなる。この厳しい契約条件こそが、所属する傭兵の犠牲を最小限に抑え、安定した組織体勢で戦い続けるための秘訣なのだ。ローラシア傭兵達の間では親衛自警団に所属することが一種のステータスシンボルとなっているほか、正規軍からはしばしば開発中の新兵器の実戦テストを依頼されることもあるという。

 因みにアレクシス達も親衛自警団所属の傭兵だが、実は上記の契約条件はほとんど満たしておらず、それどころか正規手順での契約審査すら受けていない。大規模な会戦でオーストラリア支部が多数の戦死者を出した直後、数合わせの臨時要員として滑り込むように契約をもぎ取ったのだ。その後もしぶとく居座り続けており、それなりの戦果も上げていたが、当然上層部からは快く思われていなかったらしい。

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