1-16 異変
アレクシス・ヘインズはその瞬間まで、自分達ローラシア傭兵の勝利を確信していた。ブロークンヒルへの帰路につくウォーカー運搬車の仮眠室で、鼻歌混じりに相棒と喜びを分かち合っていた彼の表情を凍りつかせたのは、階下の運転席から上がった叫び声だった。
「待ち伏せだ!!」
電動ノコギリのような銃声が大気を裂く。車内に飛び込んだ機銃弾が、キャビン内部を狂ったネズミのように跳ね回る。悲鳴混じりの跳弾音が数秒に渡って響き渡った後、全ては祭りの後のように静まり返り、主を失ったトレーラーはゆっくりと停車した。
「な……なんだ? ウィル、無事か!?」
「僕は大丈夫です! でもどうして、ブロークンヒルはこちらの勢力下のはずじゃ……」
二人の仮眠室はトレーラーヘッドの屋根裏に位置していたため、運転席を狙った銃撃から奇跡的に逃れていた。だがこの様子からすると、正面から弾雨を浴びた運転手は勿論のこと、1Fの客室にいた他の仲間も無事ではないだろう。
ベッド脇の床下ハッチを開け、襲撃者に警戒しつつそっと客室に降り立つ。そこで二人が見たものは、あまりに凄惨な光景だった。
「うわっ、ひどい……」
「トマトソースみたいになってやがる」
運転手、ウォーカー整備兵──そして、つい先程までともに戦っていたサンドスコーチャーとスリーサム・ジョージのパイロット達。キャビンにいた人間はみな見るからに死んでいて、動くものといえば破裂したウォーターサーバーから漏れ出る飲料水だけだった。
二人は瞬時に頭を戦闘体勢へ切り替える。敵はどこから見ているか分からない。窓越しに視認されないよう姿勢を低くし、慎重に様子を伺う。
アレクシスは無意識のうちにホルスターからM1911を抜き、その手に固く握り締めていた。全身の筋肉がこわばるのを感じる。いくら戦うことが好きなアレクシスとはいえ、今は戦意よりも疲労感と不安ばかりが先に来る。先の戦闘で全てを出し切り、スーパージャグを失ったこの状況で敵のおかわりがやって来たのだ。いつも通りの自分でいられる方がどうかしている。
「先輩! 来ます」
先に襲撃者の姿を捉えたのはウィルだった。夕空にゆらめく黒点が2つ。回転翼機の羽音が徐々に近付く。
「『Uゲレート』の改良型が2機。機関砲で武装しています」
双眼鏡を覗きつ込みながら報告するウィル。Uゲレートとは、エスタンジア軍の偵察部隊が好んで使う一人乗りの円盤型ジャイロコプターだ。奴らが様子見に来たということは、即ち正規軍の本隊がどこかで攻勢の準備を整えているということに他ならない。
「相手にするには分が悪い。今は隠れてやり過ごそう」
普段滅多に遭遇することのない正規軍が、今日はやけに活発だ。アレクシスは、エスタンジア軍がここに来ている理由を知っている。
「こっちだ、急げ」
キャビンの床下ハッチを乱暴に開き、まだ窓際で警戒態勢を取っていたウィルを呼び寄せる。本来はトレーラーが横転した際の非常脱出ハッチだが、敵に視認されている現状、注意を引かずに車外に出られる方法はこれだけだ。
間もなく陽も沈もうかという大荒原の土は、不気味な冷たさをたたえていた。アレクシスが車体と地面との僅かな隙間に身をねじ込んでいると、頭上から相棒の不安げな声が降ってきた。
「こ、これからどうするんです!?」
「どうにか連中に気付かれないように街まで帰る。無事に着いたら……ナトカを連れて逃げる準備だ。親衛自警団の拠点まで連れて行く」
「彼女を? どうして……」
「さっき戦ったエスタンジア兵の言ったことを信じるなら、連中の狙いはあいつの親父だ。手がかりを追って遅かれ早かれ、ナトカのところにたどり着くだろう」
迫り来るUゲレートの羽音。床下に匍匐し、M1911の薬室に弾が装填されていることを確認しながら返答する。
「ナトカの身が危ない、だけじゃない。ナトカのいる所が戦場になるんだ。エスタンジアってのはいつも『技術か情報をください、ノーと言ったら貴方の死体を漁ります』ってスタンスだからな」
「でも、それってつまり僕達も追われる身になるってことじゃ……」
小さな身体を車体下に難なく滑り込ませながらハッチを閉め、ウィルも愛銃スタームルガーに弾倉を装填する。アレクシスの隣にその身を横たえると、自分を落ち着かせようとしているように何度か荒く深呼吸した。
「追われる身? サイコーじゃねえか」
「……えっ?」
「あいつを安全圏まで連れて行くまで、ヤり甲斐のある敵がおかわり自由で向こうからホイホイ来てくれるぞ。お姫様を守る守護騎士気取りで暴れ放題だ」
何か言いたげな視線を向けるウィルを制し、更に言葉を続ける。
「何より、ナトカの事情とエスタンジアの狙いを知ってるのは俺達だけ。今すぐ俺達がどうにかしないと、何も知らない他人が次々死ぬ事にもなりかねん。だから──」
アレクシスの語気に熱が入り始めたその時である。すぐそこまで近付いていたUゲレートのエンジン音が止まり、ランディングギアが砂を踏みしめる気配を感じて口をつぐむ。続く足音はUゲレートの乗員だろうか。規則正しい、訓練を受けた兵士の歩調で彼らはトレーラーへと押し入る。
「エリアクリア!」
「クリア! 生存者なし、殺害確認7」
「15分後に回収班が到着する。それまでこの場を離れるな」
エスタンジア訛りの声と、銃や装具が立てるカチャカチャという金属音が床上から響く。ウォーカーが、ウォーカーさえあればこんな奴ら。生身の歩兵数人相手に、這いつくばって隠れていることしか出来ない現実に、アレクシスは歯噛みした。このトレーラーの荷台には2機のウォーカー──サンドスコーチャーとスリーサム・ジョージが積まれているはずだが、それを取りに行くほどアレクシスも無謀ではない。コクピットを開けようともたついている間に、背中から撃たれて死ぬのがオチだ。二人はただじっと気配を殺し、敵が早く立ち去ってくれることだけを願った。
アレクシス達がトレーラーの床下から這い出る頃には、辺りにはもう夜の帳が下りていた。星のない、曇天の夜空。明かり一つない大荒原の夜。WCスーツの胸から提げたアングルライトだけが頼りだった。
あれから程なくして、トラックと軍用4WD数台に乗ったエスタンジア兵の一団が現れ、トレーラーを取り囲んだ。二人が車体下で息を潜めている間、彼らは通信記録を漁ったり、荷台に積まれたウォーカーをどこかへ回収したりしていたが、数十分の後に撤収。後には無数の軍用車両の轍と、大荒原の真ん中に擱座したトレーラーだけが残された。彼らが去った後のトレーラーはまるで夜逃げ跡のようにがらんとしていたが、伝令用に積載されていたオートバイだけは取らずにいてくれたお陰で、二人は辛くもブロークンヒルへの帰還を果たすことができた。
ブロークンヒルの街明かりは、疲弊した傭兵達を何も言わずに迎えてくれる。煉瓦造の時計塔も、アージェント大通りの街並みも、ここでは何も変わらない。しかし、そんな19世紀から続く光景を別とすれば、この街の様子は大きく様変わりしていた。
街の入り口にはエスタンジア軍の制服を着た歩哨が立っていた。街に入るためには物陰で私服に着替え、戦災から逃れてきた避難民だと身分を誤魔化す必要があった。
この街に来て最初に立ち寄ったウォーカー市場。普段なら、夜戦や長距離行軍に備える傭兵達でこの時間もごった返しているはずだが、今日に限っては人っ子一人見当たらなかった。それどころか、売り物のウォーカーや搭載兵装の類まで一つ残らず片付けられていて、まるで武器市場など最初からなかったかのような、もぬけの殻と化した店舗群だけが立ち並んでいた。
何かがおかしい。
そんな予感に駆られた二人が真っ先に向かったのは、スーパージャグの整備で世話になったジャンクヤード。もちろん、彼女の安否を知るためだ。
「ナトカ!!」
コンバットブーツの靴底で、古びたドアを蹴り開ける。いつぞやに、ナトカとおっちゃんを交えた4人で作戦会議を開催したボロ小屋だ。辺りはとっくに陽が落ちているというのに、扉の向こうにはただ闇だけが広がっていた。
「ナトカ、いるんだろ!? 起きろ、出てきてくれ!」
声を張り上げつつ、手探りで電灯のスイッチを入れる。切れかけの電球が灯り、破れソファとポンコツオーディオが鎮座するお馴染みのインテリアが照らし出された。しかしアレクシスの呼びかけに対する返事はない。
いつもベッド代わりにしていたソファの上も、スーパージャグのガレージも、屋外の仮設トイレも探してみたが、彼女の姿を見つけることはできなかった。
「──嘘だろ」
背中に嫌な汗が滲む。視界がわなわなと震える。アレクシスは全身の筋肉を弛緩させ、古いソファにへたり込んだ。
静かな夜。いつもの部屋、嗅ぎ慣れた埃っぽい空気の匂い。だがそこに彼女の姿は、ない。
切れかけた電球が、ジリジリと音を立てていた。
ウォーカー名鑑番外編 #5
ホイネブルク航空機製造 Uf-XIII型偵察オートジャイロ "Uゲレート"
エスタンジア軍やエスタンジア派傭兵が偵察・観測・ゲリラ作戦などに多用する小型ジャイロ機。円盤状の機体に内蔵された回転翼で揚力を得て上昇、機体下部に搭載されたジェットエンジンで前進する。
最初のUゲレートは世界統一戦争初期に、エスタンジア海軍の弾着観測機として開発された。離着陸の場所を選ばない利点や前線での取り回しの良さなどが兵士達から好評だったことから、統一戦争終結後も似た構造の円盤機が様々なメーカーによって製造されている。「Uゲレート」は単一機種を指す名称ではなく、そうしたエスタンジア系の円盤型ジャイロに与えられる総称である。
Uゲレート自体にはそれほど重武装が施されている訳ではないため、正面切っての戦闘ではそう大した脅威にはならない。しかし、この兵器の真価はウォーカーや長距離砲など、他の兵科との連携によって発揮される。またUゲレートはその隠密性を活かして防衛線をかいくぐり、無防備な後方部隊や補給線に奇襲を仕掛けることでも知られている。ローラシア傭兵にとっては、本機以上に頭の痛い存在はないだろう。
全長: 10.8m
全幅: 10.8m
全備重量: 990kg
発動機: HMW 190-003R ターボジェットエンジン
最高速度: 120km/h
固定武装: MG M2(a) 12.7mm機銃x1(機体正面下部)
MG2042 7.92mm機銃x1(後部銃座、機銃手/航法士搭乗時のみ使用可)
60kg航空爆弾または爆雷x1(一人乗り時のみ搭載可)
乗員: 1~2名




