1-15 幕間(3)
「……答せよ──ザザッ……マン曹長──」
青い機内灯が明滅する。千切れた電気配線から散る火花と、ヘッドセット越しに届くノイズだらけの通信音声。雑音が鼓膜に届くたび、ウード・ホフマンのシナプスに再び火が灯り、意識が徐々に覚醒する。
野戦迷彩色のWCスーツに身を包んだ男は、パイロットシートに備え付けられたハーネスによって、まるで操り手を失ったマリオネットのように力なく吊り下げられていた。つまり、男のウォーカーはうつ伏せに倒れ伏しているということだ。男の正面──重力方向からすると、彼の真下──に鎮座する液晶ディスプレイは強い衝撃で大破し、油を溶いたようなサイケデリックな模様を映し出すだけの前衛的オブジェと成り果てている。その脇のサブスクリーンには、ブルースクリーンに赤いゴシック体で機体各部の異常を示すダイアログがびっしりと表示されていた。乗機は瓦礫の下敷きになっているようで、どの覗視孔やペリスコープからも、機外の様子を伺うことはできない。
「くっ……」
敵は、恐らく撤退したのだろう。先程までと打って変わって静まり返った機内で、ホフマン曹長は独り拳を握り締めていた。エスタンジアの技術の粋を集め、禁忌のデジタル制御技術まで利用して開発された最新鋭機「ヴォルフガング」、そして過酷な戦場を生き抜いてきた自らの経験があってなお、一瞬の慢心が敗北を招く。誇り高きエスタンジア国防軍の兵士が、ろくな戦闘訓練も受けていないであろう寄せ集めのローラシア傭兵に敗れるなど、許しがたい醜態だ。
「──曹長。ウード・ホフマン曹長、応答願う」
壊れかけた通信装置から響く声は彼の上官、シュスター少佐のものだった。今日ほど、少佐からの通信に出たくないと思った日はない。少佐とは旧知の仲だが、エスタンジアは信賞必罰の組織。野良犬ごときに敗北を喫し、貴重な第3世代ウォーカーを失ったなどと報告すれば、決していい顔はされないだろう。
「……はい、こちらホフマン」
マイクのスイッチを入れ、暗澹たる心持ちで返答。
「廃鉱山での作戦は失敗に終わりました。中量級ウォーカーを少なくとも2機損失し、現地協力者も多大な損害を受けています」
こんな報告をしなければならない自分が憂鬱だ。しかし、少佐からの返答は意外なものだった。
「いや、君は十分に役目を果たしてくれた。曹長の任務は陽動だっただろう?」
シュスター少佐の声は喜びに弾んでいた。通信機越しの酷い音質でもはっきりと分かるほどに。
「曹長の隊が時間を稼いでいる間に本隊がブロークンヒル市街に進攻、最重要目標の回収に成功した。陛下もきっとお喜びになろう」
「ロイセウィッチ博士の身柄を確保できたのですか?」
思わぬ朗報に思わず聞き返す。
「博士は依然として行方不明だが、博士の"作品"が我々の手元にあれば十分だ。世界は確実に、あるべき方向に向かって一歩前進するだろう」
通信機の向こうで、少佐は演説のような声色でそう言い切った。と、次の瞬間彼は「シュスター少佐」から、素の「ゲッツ」へとその態度を変え、
「……ふふっ、褒美が出るぞ!」
と、心底嬉しそうに語るのだった。
「そちらに回収班を向かわせた。合流の後、ポイントBに向かえ」
「了解しました」
と口では返答したものの、ホフマン曹長の胸中には疑問符が渦巻いていた。少佐をここまで喜ばせるものとは何なのか。この辺鄙な田舎町に、これだけの犠牲を払ってまで手に入れるべき「何か」が眠っているとは想像できない。無精ヒゲを弄ぶと、頬から流れた血が指先にべったりと付着した。
しかし、瓦礫の下で考え込んでいても仕方ない。まずは少佐と合流することが先決だ。止めていたエンジンに再び火を入れ、手元のコンソールパネルからシステムを再起動する。機体が息を吹き返す。続けてホフマンはマクロコマンド──旧世界の電子技術が産んだ忌むべき言葉だ──を入力し、自機に姿勢の立て直しを命じた。
露天掘り鉱山の最下層。あらゆる建造物が瓦礫と化し、動くものは残骸の隙間から立ち上る黒煙だけ。ひときわうず高く積まれた瓦礫の山の奥底から、ヴォルフガングが起き上がる。コンクリートをその背で押しのけ、ゆっくりと、よろめきながらも、鋼鉄の巨兵は再び大地に立った。
周囲に敵の気配はない。胸部前面のハッチを開放すると、オーストラリア特有の乾いた風が機内に吹き込んだ。夕陽に照らされる真紅の空。その彼方から、友軍偵察機のプロペラ音がこだまする。
部隊は程なくブロークンヒルを離れ、次の戦場に向かうことになるだろう。アレクシス・ヘインズと名乗った、あのローラシア傭兵と再び相見える時は来るだろうか。次なる戦いの予感を肌で感じつつ、ホフマンはただ大荒原に沈む夕陽を見据えていた。
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #3
ローラシア傭兵
千万無量の軍勢にして、支配に抗う者。エスタンジア政府の手で歪められ、作り変えられようとしている世界で、彼らはウォーカーの拳に怒りを込めて、今この瞬間も圧政への抵抗を続けている。ローラシア連邦にも正規軍は存在するが、連邦の守りを担う主力は最大兵力である傭兵達をおいて他にない。
十分な訓練を積み、正規品のウォーカーを受領してから前線に送り出されるエスタンジア兵とは異なり、彼らは機体・パイロットともに寄せ集めの集団である。総意として「ローラシア連邦政府のため」に動いているのは確かだが、彼らは一枚岩の組織ではなく、無数の小規模な傭兵団に分かれ、それぞれが独自の指揮系統を持って行動している。そのため彼らは時として、利害や思想の対立から同じローラシア傭兵同士で抗争を繰り広げることすらあるのだ。
一本柱の組織構造を持たない武装集団であることのメリットは、彼らが得意とする泥沼の乱戦で発揮される。同じ目標の下で集った傭兵達には、明確な指揮官が存在しない。あるのは、成すべき目標という共通認識だけだ。さながら獲物を襲う肉食恐竜の群れのように、彼らは部隊内の誰が倒れようとも進撃を止めず、目の前の敵を喰らい尽くすまで戦い続ける。出処不明の歩行兵器と、出処不明の戦士達の進軍を止める方法があるとすれば、それは最後の一兵まで殺し尽くすことだけだ。今は散発的に野盗やエスタンジア系諸勢力との小競り合いを続けているに過ぎないローラシア傭兵だが、もし十分な戦力が一堂に会し、エスタンジア打倒という最大の目標のために団結することがあれば、世界の勢力図は瞬く間に塗り替えられることとなるだろう。
争いの絶えないこの世界で、傭兵は最も簡単に就くことができる職業の一つだ。健康な身体さえあれば、あとは最寄りのリクルーターに話をつけて書類にサインするだけでいい。自前のウォーカーを持っていれば優遇されるが、別に無くたって構わない。最初はトラック運転手やウォーカー随伴歩兵として経験と資金を稼げばいいのだ。最初の2、3年ほどを死なずに乗り切れたなら、手元には中古ウォーカーと武器一式を買い揃えられるだけのカネが貯まっているだろう。




