1-14 FUBAR(後編)
外界の明るさに目が慣れ、錆びついた鉄扉の向こう側にあった"それ"が視界に入る。ウィルは一瞬、先を急ぐことを忘れて立ち止まり、ただ巨大な"それ"を見上げていた。
まず目に飛び込んできたのは、逆関節型の巨大な脚部。堅牢なフレームに組み込まれた電気モーター。砂漠迷彩色の装甲の隙間から顔を覗かせる、鏡のように磨き上げられたギアとシリンダー。視線を上に向ければ、その先には胴部ユニットと、そこから伸びたマニピュレータ。背中を向けているので顔は見えない。巨人の右手には恐るべき破壊力で知られるエスタンジア軍の特殊兵器、電磁投射砲が握られている。背面のグリルとエグゾーストパイプは排熱でゆらぎ、いかにも高出力を思わせるエンジンのアイドル音を轟かせていた。機体名だろうか、腰部リアアーマーにはエスタンジア特有の威圧的なブラックレター体で記された「Wolfgang」の文字。
今まで、どこの戦場でも見たことのない型の機体だった。逆光に照らされた全高10メートルの威容は、ある種の神々しさすら感じさせた。
「逃げ出したり、逆らおうとしたりなど考えないほうが身のためだぞ。後方に控えている12.8cm砲と、エスタンジア軍の誇る最新鋭ウォーカー『ヴォルフガング』の戦闘性能をその身で味わいたくなければな」
眼前に広がる広場には、頭部の拡声器から野太い声を響かせる「ヴォルフガング」と、2機の随伴機「ラインゴルト」──こちらも堅牢な装甲に身を固めた油断ならない相手だ──、そして彼らに降伏し跪いた2機の味方機が所狭しとひしめき合っていた。排気ガスの匂いが鼻を突く。
幸いなことに、ウォーカーの視界は悪い。ウォーカー乗りがしばしば装甲板に守られた安全な機内から身を乗り出して、双眼鏡や測距儀を使った原始的な索敵を行う必要に迫られるのはそのためだ。だが市街戦用のゲリラ掃討兵器として生み出されたウォーカーにとって、生身の歩兵というのは餌でしかない。重機関銃、火炎放射器、跳躍散弾投射機──ダイナマイトを背負って足元をうろついている姿が万一視界に入れば、敵ウォーカーの全身に満載された対人兵器のいずれかが火を噴き、小さな傭兵を速やかに、お世辞にも人道的とは言えない類の死に導くだろう。
敵機のカメラスコープや覗視孔の向きを意識して死角に飛び込み、ウォーカー達の脚の間を縫うようにして先を急ぐ。精錬塔は目の前。あとはエスタンジア軍の3機全てを巻き込む倒壊角度を計算し、小さなサプライズ・ギフトを仕掛け、安全圏に脱出するだけだ。
(先輩の合図でまずは小規模な爆発を1回。敵が怯んだ隙に僚機を退避させて、あとは残りの爆薬で瓦礫の雨を降らせる……)
勝利の方程式は既に出来上がっている。エスタンジア軍機さえ沈めてしまえば、残るは外野を守る野盗だけ。そうなれば後は消化試合だ。前衛にして索敵手段であるウォーカー隊を失えば、エスタンジアの砲兵隊もこちらに手出しすることはできなくなるだろう。だが勝利を確信するのはまだ早い──戦場というものは、常に不確定要素に溢れているのだ。
はるか後方をふと見やると、鉱山外縁のスーパージャグは武器を手にしたままその場に佇み、カメラセンサーを左右にせわしなく動かしていた。
「そのライフルを捨てろ、今すぐだ」
谷底から睨み上げるヴォルフガングの乗員が、苛立ちを隠そうともしない声色で命令する。判断に困っているのだろうか、アレクシスの駆るスーパージャグは動きを見せない。
「……いいだろう、なら我々にも考えがある」
ヴォルフガングが随伴機に向き直り、モノアイカメラからの発光信号で合図を送る。2機のラインゴルトは手にしていた火砲を背部にマウントすると、拳法家のような所作で右腕を突き出した。箱型の前腕部カバーが立体パズルのように展開し、その中から現れたのは鈍い輝きを放つ金属の螺旋──重ウォーカーの装甲すら貫徹する白兵戦用ドリルだ。腕部内蔵の補助エンジンが唸りを上げる。そして生理的恐怖を煽る風切音とともに高速回転する得物を携えたまま、彼らは処刑人のように、サンドスコーチャーとスリーサム・ジョージの背後に立ったのだ。
「アレクシス・ヘインズと言ったな。我々に協力する気になるまで、お前の仲間を丁重にもてなしてやろう!」
精錬塔の物陰で発破準備を進めていたウィルの手が止まる。偶然同じ任務に志願しただけの間柄とはいえ、目の前で仲間が死ぬのを見ている訳にはいかない。こればかりは、アレクシスだって同じ考えのはずだ。爆薬設置の手を早めつつ、ウィルはしきりに後方を気にかけ、相棒が何らかのサインを送ってくるのを待つ。
「分かった、分かった! これでいいだろ!」
そう言うとスーパージャグは57mm砲をそっと足元に置き、それからゆっくりと両手を持ち上げていく。そう、それは投降を示すジェスチャー……いや、違う。ウィルの、サンドスコーチャー達の、そしてエスタンジア兵の目に飛び込んできたのは、天高く突き立てられた──中指である!
「貴様!!」
そう、これこそ事前に取り決めておいた「直ちに起爆せよ」の合図。だが。
(そ、そんな事言われてもまだ何も準備が……!)
手元には未設置のダイナマイトの山。ここに来るまでに仕掛けた爆薬はいずれも、敵ウォーカーから大きく離れている。しかし、ここでアクションを起こさなければ、自分以外の全員が死ぬことになる。
(──ええい!)
至善の策が実行できなければ、次善の策に移るのみ。ここに来るまでに仕掛けてきたダイナマイトは、他にいくらでもある。ウィルは手元に置いてある無数の電気雷管のスイッチから一つを選び取り、右の手のひらに強い意思を込めてスイッチを握り込んだ。
爆音が大気を揺るがす。ウィルが通ってきた道の一点から土煙が上がり、古い資材置き場の建物が音を立てて崩れ落ちる。
「なんだ!?」
敵機の注意が逸れたその瞬間を、囚われのスリーサム・ジョージは見逃さなかった。
「今だ!」
スリーサム・ジョージの巨体が立ち上がる。直後、その後ろに立っていたラインゴルトの顔面目掛けて強烈な裏拳が叩き込まれ、頭部装甲カバーを、そしてその中の望遠ペリスコープや対人機銃を粉砕した。
「ぐわっ……!」
「ようし、反撃の時間だ!」
続いて動きだしたのはサンドスコーチャー。排気管からアフターファイアを噴き上げ、20mm機関砲の弾幕で牽制しながら全速後退で距離を取る。
「畜生、ナメやがっ……ぐわぁっ!!」
突如再開した戦闘を目の当たりにし、マローダー・ウォーカーの1機が駆け寄る。だが射撃可能な位置にたどり着くより先に、不運な違法改造ウォーカーの足元を橙色の爆炎が呑み込んだ。ウィルの仕掛けた時限発火装置が作動したのだ。クレート一杯のダイナマイトに片脚を吹き飛ばされ、もう片方の脚を軸にしてコマのように回転、デタラメな方向に弾を撒き散らしながら倒れる。
ラインゴルトの75mm砲が、スリーサム・ジョージの36連迫撃砲が、そしてヴォルフガングの電磁投射機関砲が一斉に火を噴く。谷底は再び、砲声と爆音の轟く地獄のモッシュピットと化した。誰が撃ったとも知れない徹甲弾の破片が足元に突き刺さるのを目の当たりにしたウィルは精錬塔の爆破を諦め、先程通ってきた廃ビルの中へと駆け戻った。ウォーカー戦の只中に、生身でいるのは危険すぎる。
「はぁっ、はぁっ……」
明かりのない事務所の片隅に隠れ、残りの起爆スイッチを手当たり次第に押していく。レバーを握り込む度に、廃ビルの窓ガラスを爆風が叩く。
残りのダイナマイトは全て、起爆準備もそこそこに精錬塔の足元に置いてきてしまった。当初の目標に失敗した以上、今のウィルに取れる行動はただ一つ──エスタンジア軍の3機を、1秒でも長く混乱させることだ。戦場の霧が晴れれば、奴らは容赦なく長距離砲撃を要請してくるだろう。だが忘れてはいけない。ここにいる敵はエスタンジアだけではないのだ。
「いたぞ! ブチ殺せ!!」
闇の向こう側、廊下の奥から怒号が響く。反射的に事務机の裏に身体を隠すと、その直後にライフル弾の雨が頭上を掠めた。生身の野盗による追撃だ。数は、5人を下らないだろう。
手首から先だけを遮蔽物から出し、スタームルガーで応戦するがまるで手応えがない。自衛用の小口径拳銃だけを持って、正面切った撃ち合いに巻き込まれること自体が想定外。このままではジリ貧だ。
「オラ、出てこい! 楽しく殺してやるぜぇ!」
無法者の罵声と絶え間ない銃声、そして窓の向こうで繰り広げられるウォーカー戦の爆音が聴覚を麻痺させる。そしてそんな中で必死に生還手段を模索するウィルは、今最も気付きたくなかった事実に気付いてしまったのだ。
リノリウムの床に伝わる規則的で、特徴的で、そして何より慣れ親しんだ振動──それは、ウォーカーの歩行装置からの地響き。振動は徐々に大きくなる。ウォーカーが来る。ディーゼル・エレクトリック駆動の暴力がやってくる。拳銃一つだけを携えた、丸裸同然のウィルのもとに。
「ひッ……!」
反射的に全身を猫のように丸め、防御態勢を取る。直後、重機関銃の咆哮が廃ビルの大気を震わせた。吹き荒ぶ軍用完全被甲弾の嵐が、窓ガラスを、コンクリート壁を、埃の積もったインテリアを薙ぎ払い、みな平等に瓦礫の山へと変えていく。ウィルにも、ウィルを追い詰めていた野盗にさえ、逃げる猶予は与えられなかった。身体を晒していた野盗達は650発/分の鉛弾を浴びせられ、血煙だけを残してどこかに消えてしまった。
鉄の暴風の中、ウィルは死を覚悟して目を閉じた。銃声が止み、代わって壁が外部から突き崩される音が響く。マニピュレータを使って建物から引きずり出すつもりらしい。トーキョーでの仕事を辞めて傭兵に身をやつして以来、死ぬ覚悟ならいつでも出来ているつもりだった。だがいざその時が来てみると──やはり、怖い。
外壁が完全に崩壊し、巨人の腕がウィルのもとに伸びる。見えてはいないが、気配で分かる。握り潰されるか、はたまた放り投げられるか──しかしその時彼の身体を握ったマニピュレータの感触は、想像していたより遥かに優しいものだった。
「俺だ! 迎えに来たぜ!」
聞き覚えのありすぎる声に目を開く。大穴の開いた壁の向こうにいたのは、アレクシスのスーパージャグ。戦火の只中をくぐり抜け、満身創痍の有様であった。
「先輩!」
「早く乗れ! 話はそれからだ」
鋼鉄の手のひらに迎え入れられるようにして、最大装甲厚10センチの鋼の胎内へ。パイロットシートに腰掛けてハッチを締めると、まるで自宅に帰ってきたような安心感がこみ上げてきた。やはり、生身での銃撃戦よりもこっちの方が性に合っている。
「ここに来るまでにだいぶ撃たれた。第1エンジンは停止、第2エンジンと左膝のサーボもヤバい」
アレクシスの指示通りに手元のレバーを操作し、180度回頭。爆破し損ねた精錬塔を運転手用モニタの眼前に捉えつつ、ウィルは歯噛みした。自分の至らなさでアレクシスを危険に晒してしまったという口惜しさだ。塔の周囲では敵味方が入り乱れ、さながら酒場の乱闘じみた混沌の白兵戦を演じている。
と、その時である。一瞬、ウィルのモニタに黒い影がちらついた、気がした。直後、巨大な何かが機体に激突し、凄まじい衝撃が二人を襲う。
「おのれ、傭兵風情が!」
音割れした拡声器越しの罵声。スーパージャグのカメラセンサーは、今度こそその影の正体を捉えた。エスタンジア軍の新型ウォーカー「ヴォルフガング」。モノアイカメラを爛々と輝かせる異形の第3世代機が、二人の目の前に立ちはだかる。
「勝てない戦を挑んだことを後悔しながら、この『ヴォルフガング』の錆となるがいい!」
手を伸ばせば届く距離。57mm砲を使うには近すぎる。そして、眼前の敵が携える得物。それは。
「まずい! チェーンソーだ!!」
ヴォルフガングの右前腕部から展開したチェーンソーが横薙ぎに振るわれ、スーパージャグの脇腹に突き刺さる。装甲を削り取る振動がコクピットを襲い、壁面の計器やリベットがポップコーンのように弾け飛んでゆく。白兵戦用の装備を持たないスーパージャグには、ただもがく事しかできない。
「ぐぁっ、ウ、ウィル! 爆弾はどうした!?」
「せ、精錬塔の下です!! 向かって右下、遮蔽物の裏!」
金属加工工場じみた切削音に負けじと声を張り上げる。喉から血が出そうだ。だがそんなことはどうでもいい。今目の前の敵を何とかしなければ、二人の余命はあと10秒。全身爆裂の異状死体として国に帰ることになってしまう。
「よし! ウィル、勝つぞ! こいつをブチのめして、晩飯はとびっきりのカンガルー肉だ!」
その時ウィルは、相棒が何をしようとしているのか全く見当がつかなかった。火花散る鋼鉄の棺桶の中、振り返ると──アレクシス・ヘインズは、白い歯を剥き出しにし、獰猛な笑みを浮かべていた。この表情には見覚えがある。最後の一手、会心の一撃を叩き込むときの顔だ。
「脚部、全関節ロックだ! チャンスは1回、外したくない!」
「も、もし外したら!?」
「決まってんだろ、あの世に行くんだよ!!」
生きて帰る。二人の意思が一つになる。乗員用ハッチに深々と食い込む刃をも厭わず、スーパージャグは鋼鉄の拳を突き出した。手甲部の装甲カバーが展開し、2連装の小さな砲身が突き出る。対人・対非装甲目標用の榴散弾投射機だ。
「対人兵器? そんな豆鉄砲で何が……」
ヴォルフガングのパイロットが、余裕綽々に言い放つ。だが、彼は気付いていなかった。もしアレクシスの本当の狙いに気付いていたなら、チェーンソーを振るう手を止めてでも全力で発射を妨害したことだろう。スーパージャグの狙いはヴォルフガング本体ではない──その背後の精錬塔基部、設置途中で放置されたダイナマイトの山だ!
ヴォルフガングの背中越しに伸びたスーパージャグの右腕。40mmの砲門からポン、ポンと、花火のような音とともに弾頭が飛び出す。
空中で炸裂した弾頭が、ブドウ粒ほどの小弾頭を撒き散らす。ウォーカーの装甲を穿つには到底足りない、小さな、小さな鉛弾が降り注ぐ。あるものは鉱山の赤土に、そしてまたあるものは──山と積まれた爆発物に向かって突き刺さる。
轟音。
ダイナマイトの山がようやく、自らの役割を果たした。トリニトロトルエンの火柱と土煙が大輪の花を咲かせる。爆風が精錬塔の古い構造材を難なく打ち砕き、瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。組み合った2機のウォーカーが、残骸の濁流に呑まれていく。エスタンジア軍の最新鋭機であるヴォルフガングも度重なるコンクリート塊の衝突に耐えきれず、数歩よろめいた後倒れ伏し、滝のように降り注ぐ瓦礫に埋もれていった。
「イェー! ファックイェー!! 見たかこの野郎っ!!」
気の触れたバーテンダーにシェイクされているかのようなコクピットの中、アレクシスは砲手席のコンソールパネルをバンバンと叩きながら気を吐いた。規格外の重装甲を誇るスーパージャグならともかく、並のウォーカーではこの衝撃に耐えられないだろう。これこそ、アレクシスが見たかった光景。だが、彼の足元に着座するウィルはといえば、
「先輩っ、僕、もう、だ、め」
未だ収まる気配を見せない振動で脳を揺さぶられ、アレクシスの脚の間でボブルヘッド人形のように力なく頭を振っていた。吐き気が襲い、意識が遠のく。
「おい、お前も見ろよ! どっかの映画監督でも見れねえぞ、こんなド迫力映像!」
アレクシスのブーツがガンガンと肩を蹴り込むが、今のウィルにはただうなだれることしかできない。見ろと言われたところで、運転手用のサブカメラはとっくに破壊されていて、モニタに映るのはホワイトノイズだけになっていたのだから。だが外界の情報を完全に絶たれてなお、分かることが一つだけある──自分達は、第3世代ウォーカーを、エスタンジア正規軍の大将首を仕留めたのだ。スーパージャグと自分達は、十分にその役目を果たした。と、次の瞬間。
「へぶっ!!」
機内を襲う衝撃。視界に星が瞬く。特大の建材がスーパージャグの頭上を直撃したのだ。二人の世界が瞬時に暗転する。
──それから、どれほど経っただろうか。
ウィルが再び目を開いたとき、そこはウォーカー運搬車に備え付けられた仮眠室の中だった。仲間の誰かが運転している車両に乗せられているらしい。ベッドに横たわるウィルのすぐ隣には、頭に包帯を巻かれたアレクシスの姿。狭いシングルベッドに二人で寝かされているのだから、窮屈でしょうがない。
枕元の、小窓のカーテンを開ける。大荒原に沈む夕陽と、谷底から黒煙を立ち上らせるシルバートン鉱山が遠ざかっていくのが見えた。
「よう、目が覚めたか。ご機嫌はどうだ? 俺はサイコーだぜ」
どうやら、僕達は勝ったらしい。そう察したのは、隣に寝そべったアレクシスがそう言って良い笑顔を見せるのを目の当たりにした時だ。
「……先輩? あれから僕達……」
「戦闘が終わって救出されるまで、二人でずっと機内でくたばってた。でもあの一撃で戦局が一気に傾いて、後は僚機が全部片付けてくれたってさ」
アレクシス曰く、部隊全体での最終的な戦果はマローダー・ウォーカー3機、エスタンジア軍ウォーカー2機撃破。そのうち2機がスーパージャグによる単独撃破として認められるそうだ。その中には、精錬塔の爆発に巻き込まれていった、あの第3世代機も含まれている。大戦果だ。こちらを狙っていた砲兵部隊も含めて、残りの敵は壊走していったのだという。
「スーパージャグは……?」
ベッドから半身を起こすと、こめかみをズキリと鈍い痛みが襲った。思いの外、体力気力を消耗してしまったらしい。もう少し、横になっていた方がよさそうだ。
「瓦礫に埋もれて回収困難。また後日、装甲回収車で拾いに行くことになりそうだ」
対するアレクシスはというと、早くも元気を取り戻したようだ。ベッドから飛び起き、頭の包帯を解いたかと思うとカウボーイの投げ縄のように振り回し始めた。
「さぁ、宿に帰ったら報告書をまとめて、それから明日の荷造りだ。正規軍の連中をヤったなんて聞かされて、親衛自警団のお偉いオッサン達がどんな顔するか楽しみだ」
そう言って満面の笑みを浮かべる。これこそ、いつものアレクシスだ。ウィルは内心、安堵していた。彼がこうして笑っているときには、悪いことは早々起こるものではない。そういうことになっているのだ。
今日の戦果は、スーパージャグ1機で勝ち取ったものではない。スリーサム・ジョージとサンドスコーチャー──そして撃墜された偵察機を含めてもいい──の協力があってこその勝利である。
そして何より今の二人が戦場に立っているのは、一人の影役者が、ここに至るまでの道筋を丹念に舗装してくれたからに他ならない。謎の家出少女、兼、スーパージャグの臨時専属メカニック──ナトカ・ロイセウィッチ。
「帰ったらまず、あの人にお礼を言わないとですね」
「そうだな! お礼に何か買ってやりたいんだが、超大音量目覚ましと激ヤバ眠気覚ましドリンクのどっちがいいと思う?」
(……どっちも普通、あの年頃の女の子が貰って喜ぶものじゃないと思う)
相棒のお土産センスの無さに思うところがないではなかったが、それはそれとして置いておこう。まだ討伐報酬も受け取っていないし、お偉方に提出する書類の工面もしなければならない。家に帰るまでが戦争だ。オーストラリアの地平線に沈む夕陽と、いつになく嬉しそうなアレクシスの横顔を交互に眺めつつ、ウィルは今後の段取りの脳内シミュレーションを開始していた。
「鉄錆戦機セコハンウォーカー」の世界 #2
エスタンジア国防軍
精強にして勇猛果敢。生まれながらの戦闘者である彼らを、ある者は堕落した旧世界文明からの解放者と、またある者は圧制者の尖兵と呼ぶ。
21世紀半ばに突如として現れ、全世界の国家秩序を崩壊させた彼らは、世界統一戦争から半世紀以上が過ぎた今なお地上最強の暴力装置として君臨する。彼らはどこから現れ、この世界をどのような未来に導こうとしているのか──真実を知るのはエスタンジア政府中枢に親しい一握りの人間のみ。彼らの究極の目標は、今もってなお謎のベールに包まれている。
誰の身にとっても明らかなことが一つだけあるとすれば、エスタンジア軍の軍服を着た人間を見かけたら、すぐに荷物をまとめて逃げる用意をした方がいいということだ。純血のエスタンジア人から戦闘に向いた血統だけを遺伝的に選抜し、生を受けた瞬間から血と泥に塗れた任務に身を投じることを運命付けられている正規軍の軍人が、戦場の後方に立つことは決してないのだ。彼らの降り立つ地は程なくして砲火と血潮の坩堝となり、彼らが去った後には敵対者の累々たる屍だけが残される。
陸海空軍の三軍体制を敷き、単独の武装勢力としては最大規模を誇るエスタンジア軍とはいえ、全世界にくまなく監視の目を行き渡らせることはできない。一般的な戦闘や低重要度の技術回収任務、後方支援などはエスタンジア派傭兵をはじめとする現地協力者に委託されることが多い。彼らの手に負えない事態の発生、あるいは何としてでも回収しなければならないテクノロジーが発見された場合、正規軍の兵士達にすぐさま出撃命令が下る。戦略輸送機から、ウォーカー揚陸艇から、あるいは秘密の地下トンネルから精鋭部隊が駆けつけ、あらゆる困難をその軍靴で踏み越えて必ず任務を遂行する。そして作戦目標を達成した後は、追撃を許さぬうちに何処へともなく去っていくのだ。
構成員の練度・運用兵器の性能ともにトップクラスのエスタンジア軍ではあるが、ひとたび戦いに赴けば、敵に与える損害の1/10ほどの犠牲を強いられることになる。より屈強な軍団を作り上げるため、戦死した者の家系はエスタンジア軍人を生み出す遺伝子プールから排除され、血統の近い者は今後決して正規兵候補として選ばれることはない。エスタンジア軍とは即ち最強であることを義務付けられた存在であり、彼らには常に牙を研ぎ続ける以外の選択肢などないのだから。




