1-13 FUBAR(中編)
「よっ、と……」
コンバットブーツの靴底がコンクリートを叩く。スーパージャグの運転手席から機外に滑り降りたウィルは、スーパージャグの腹部ハッチがきちんと閉まったことを確認し、それからゴーグル越しに倉庫内を見渡す。煙幕で空気は牛乳のように濁り、視界は5メートルもあるかどうか。先の砲撃で倉庫の壁は穴だらけだが、この煙の中にいる限り、何をしていても見つかりはしない。床に散乱した、棒状の内容物を一つずつ拾い上げながら、先程発見した木箱へと歩み寄っていく。
赤い警告色でペイントされたその木箱には、白のステンシル文字で「爆発物」の文字が仰々しく踊っている。そう、この鉱山施設が現役で稼働していた際に使われていた、発破用のダイナマイトだ。なるべく劣化していなさそうなものを選り分け、OD色の緊急用ブランケットを風呂敷代わりに詰められるだけ詰めていく。
「エスタンジア国防軍の兵士へ。こちらはローラシア親衛自警団、アレクシス・ヘインズ!」
至近距離から響く拡声器の大音量。足元に散らばるダイナマイトに声が反響し、虫が這うようにジリジリと動き始める。発破に備えて耳栓を詰めてきたのは正解だった。
ウィルはいつ、何をする時であろうと、念入りな下準備を常に欠かさない。不測の事態に対処できるよう、少しでも必要だと思ったものは何でも持っていくのだ。ゴーグル、口元を覆うスカーフ、それから耳栓は既に役に立っている。胸ポケットに挿してきた信号用の発炎筒も、きっと何かの役に立つだろう。あとは腰に提げた22口径の消音拳銃を使う機会が来ないことを祈るだけだ。
「俺達はブロークンヒル当局からの正式な依頼のもと、野盗討伐のためこの鉱山に派遣された! 貴軍の行動を妨害する意思はない!」
アレクシスから告げられた作戦はこうだ。まず、機内に残ったアレクシスがエスタンジア軍に交渉を持ちかけて時間を稼ぎ、その間にウィルは谷底に降りてダイナマイトを設置する。相手に見つからずに首尾よく仕掛け終わったところでそのことをエスタンジア軍に告げ、起爆を盾にして交渉を有利に進める。格上相手に砲火を交えることなく、連中を撤退に追い込めれば万々歳。ここまで来て交渉が決裂するようなら、アレクシスの合図でプランBに移行する──プランBのBは起爆のBだ。
「だから一方的な『投降』に応じるつもりはない──対等な立場での『話し合い』なら乗ってやらなくもないぞ」
劣化したダイナマイトを取り除いた木箱には、小柄なウィルなら何とか入れるほどの空間が出来ていた。爆発物の隙間に身をうずめて蓋を被ったウィルは、手頃なコンクリート片を拾い上げるとスーパージャグのハッチめがけて投げつけた。機内にいるアレクシスと直接会話することはできないので、これがウィルの移動開始を意味する合図となる。
「まずはお互い、自己紹介から始めようじゃないか。俺は名乗ったから次はお前だ」
ウィルが発したサインを受けて、ぎこちない動作でスーパージャグが立ち上がった。運転手席に移動したアレクシスが脚部を操っているのだ。巨人の背中がトタン屋根を突き破る。轟音とともに崩れた倉庫の建材に紛れて、爆発物ボックスに身を隠したウィルは谷底めがけて斜面を滑走し始めた。完璧な偽装だ。よほど近くで見られない限り、まさかこの瓦礫の雪崩に人間が紛れ込んでいるとは誰も気付かないだろう。
(先輩、頼みますよ……!)
体に掛かるGと振動が収まったことで谷底にたどり着いたことを察したウィルは、誰にも見られていないことを確認し、音もなく木箱から這い出た。どうやら、ちょうど谷底の建物の陰に滑り込んだようだ。これからアレクシスが時間を稼いでいる間に、この谷底をキルゾーンに変えてしまうことがウィルの任務だ。
岩をも砕くダイナマイトも、対戦車地雷や成形炸薬弾といった「本物」の対ウォーカー兵器に比べれば大した威力ではない。本来兵器ですらないものを武器にしてウォーカーに立ち向かうには、その分の不利を知恵で補う必要がある。音と爆風で陽動して隙を作るか、エンジングリルなどの弱点に放り込むか──いや、敵に接近する必要のある作戦は現実的ではない。
あるいは、建物や地形を爆破して敵を生き埋めにするか。これなら実行できそうだ。シルバートン鉱山は試掘が始まって以来ありとあらゆる方法で鉱物資源の採掘が試みられ、最終的に何一つ採算が取れずに廃鉱になった鉱山だ。巨大なエキスカベーターや鉱物精錬用の煙突、鉱夫の宿舎や事務所など、罠を仕掛けるのに最適な建造物が無秩序に乱立している。先の戦闘で倒壊したものを除いても、利用できそうな建物には事欠かない。
ウィルは物陰から顔だけを出し、敵の配置と利用できそうな障害物の位置関係を観察する。まず狙うべきは、エスタンジア軍機のすぐ背後にそびえ立つ精錬塔。これが頭上に崩れ落ちてくれば、正規軍の新型ウォーカーと言えど無事では済まないだろう。
木箱に残っているダイナマイトに時限発火装置を設置する。スーパージャグの機内から持ってきた発炎筒に火をつけて上向きに突き立てただけだが、ちょうど発炎筒が燃え尽きる頃にダイナマイトに火が移る計算だ。敵の居場所からは大きく離れているが、陽動くらいにはなる。
袋詰めした方のダイナマイトを背負い、敵に肉薄するべく立ち上がった、まさにその瞬間であった。
「エスタンジア陸軍第87装甲歩行機大隊、ウード・ホフマン曹長だ!」
ガラスを引っ掻くような強烈なハウリングノイズとともに、敵第3世代ウォーカーの乗員が名乗りを上げた。思わず肩がすくみ、足取りが乱れる。
「我々はエスタンジアの、ひいては全人類の未来のため、ブロークンヒル近郊における技術回収任務、および重要人物の捜索のためにこの地に派遣されている!」
すり鉢状の地形に野太い声が何度も反響し、ウィルの細い身体を骨の芯から揺さぶりかける。頭が痛くなりそうなほどの大音量だ。だが、隠密行動する者にとってこの大声はチャンスでもある。自分が発する物音は完全にかき消され、他人の注意も完全に逸らしてくれる。障害物の陰から陰へ、飛び移るように前進する。
「技術回収? ボロウォーカーしかない田舎町にそんな用事で来たのか。お前達が喜びそうな物なんてないぞ」
わずかに迷いが見える声色から、ウィルは気付いていた。ナトカが持ち歩いていた、スマートフォンとかいう電話コンピュータ。あんなものを持っていると知られたら、エスタンジア軍は喜々としてブロークンヒルに殴り込んでくるだろう。アレクシスはそれをひた隠しにしようとしているのだ。
普段なら、この手の交渉事はウィルの領分だ。何かを叩き壊して解決しない類の仕事をアレクシスに任せておくのは不安すぎる。だがアレクシスは対人コミニュケーションと同じかそれ以上にスニーキングが苦手なのであった。
「ふむ……」
ホフマンと名乗るエスタンジア軍人が意味ありげに呟いた。嫌な予感がする。事態が悪い方向に転がった時のため、通り道の建物や道路脇にダイナマイトを設置しながら進む。電気雷管の起爆スイッチさえ握っていれば、任意のタイミングで爆破可能だ。
「我々の最大の目的はある重要人物の確保だ。エスタンジア本国への亡命を希望していた科学者で──名前をアダム・ロイセウィッチという」
「ロイセウィッチ!?」
アレクシスの驚きの声をインカムマイクが拾い、130デシベルの音量で谷底まで響き渡らせた。
(先輩──!)
相変わらず、思ったことをすぐ口に出してしまうアレクシスである。しかし、流石に今のをアレクシスの落ち度100%と言い切るのは酷だろう。仮に自分がアレクシスの代わりにスーパージャグの機内に残っていたとして、果たして驚きを隠しきれただろうか? 心臓の鼓動が機関砲のように早まるのを感じながら、ウィルは自問した。
ロイセウィッチ、ロイセウィッチ。オーストラリア人にしては珍しい名字。脳裏に浮かぶのはここ数日いつもジャンクヤードの小屋で寝倒しているか、あるいは整備ガレージで機械油まみれになっているかのどちらかだったあの少女の顔だ。ナトカの父親が何かの研究者だったという話は以前聞いたことがある。果たしてロイセウィッチなんて名前の科学者が、オーストラリア大陸全土を見渡してもそう何人もいるだろうか。答えは当然、ノーだ。
放っておけば、エスタンジア軍はいずれブロークンヒルに向かうだろう。あの街に大勢いるローラシア派傭兵とその協力者、そして軍を派遣してまで捜索するほどの人物の行方を知る重要参考人であるナトカを、エスタンジア軍が丁重に扱ってくれるという保証はどこにもない。今ここで止めなくては。
「何か知っているようだな」
声の主であるウォーカー兵はきっと、機内でほくそ笑んでいることだろう。声で分かる。3機のエスタンジア軍機、そして彼らの前にひざまずいたスリーサム・ジョージとサンドスコーチャーを物陰から見やり、ウィルは爆薬設置予定地へと急ぐ。
「武器を捨てて谷底まで来い。それからウォーカーを降りて、お互い『話し合い』とやらを始めようではないか」
(──まずい!)
思わず駆け足になり、事務所だったと思しき廃ビルを突っ切ってショートカットを図る。だが、扉を蹴り開けて薄暗い室内に飛び込んだ直後、ウィルは自らの迂闊さを悔いることになる。
「ん? ……誰だテメェ!」
「しまっ……!」
マローダー・ウォーカーのダンスを生身で見ていたギャラリーのことを忘れていた。扉の反対側で目を丸くしていたのは、野盗特有の威圧的なファッションに身を固めた男。被ったキャップには「SWAG」の4文字がこれ見よがしに躍り、身体を動かすたびに首から提げた金色のチェーンが音を立てた。
「隠れんぼのつもりかチビ助ぇ? 俺と遊ぶか、あン?」
男は肩を大きく揺らしながらウィルに詰め寄り、曲芸師のような手つきでバタフライナイフを振り回す。
「俺を地元の連中が何て呼んだか知ってるか? 知らねえだろ、『ケアンズの切り裂き魔』だ覚えとけ」
華麗なナイフテクニックを披露しつつ、男は既に勝ち誇った様子で、仲間を呼ぶことすらせずに歩を進める。ウィルはじっとその場に身構え、敵の姿をじっと見据えていた。
「俺様はナイフ一つで会う奴みんなブッ殺してきたのさ。男も女も大人も子供も関係ねぇ。ここの刃のところに数が刻んであるだろ? 見えるか? 22だ。オメェが23人目になるんだ。ジャパニーズ・ツナ・サシミみてえにカッ捌いて叩っ切って、肉を冷凍してオメェの仲間のところに送っブボぁ」
男が得意の長台詞を吐ききることはできなかった。胸に2発と頭に1発。射撃教本通りの理想的なモザンビーク・ドリルを叩き込まれ、糸の切れた操り人形のように倒れる。ウィルが抜き放ったスタームルガー・アンフィビアン・ピストルの銃口からは、白い煙が立ち上っていた。
野盗というのは恐ろしげなイメージに反して、存外戦いを好まない連中である。格下の相手だけに的を絞り、恫喝と虚勢を駆使してカネやモノを巻き上げる。武器は単なる脅しの道具だ。だが今回は相手が悪かった。傭兵は野盗とは違う。生身であろうとウォーカーに乗っていようと、傭兵が武器を抜く理由は一つ──相手を殺すために他ならない。
(……急ごう)
死体を隠している余裕はない。動かなくなった男を踏み越え、その向こう側の出口を目指す。銃に組み込まれたサプレッサーのお陰で、外の敵に気付かれることはないはずだ。扉を開け放った瞬間、暗がりに慣れた瞳を南半球の直射日光が襲い、思わず目を細める。
ウォーカー名鑑#9
トゥーレ技術廠 試作機材番号3002 試製駆逐歩行機ヴォルフガング(ウード・ホフマン機)
エスタンジア軍が現在急ピッチで開発を進めている中量級第三世代ウォーカー。ローラシア軍の最新鋭機である「S-334スヴェトリャーク」を鹵獲・分析して得られた知見が設計の各所に盛り込まれている。外見も内部機構もローラシア系機体の影響を強く受けているが、通常の脚部よりも越壕能力や跳躍力に優れた逆関節型の脚部を採用するなどエスタンジア独自の改良が施されており、総合的な完成度ではローラシアのどの機体よりも優れているとまで噂されている。
エスタンジア軍は本機の開発が始まるまで、第三世代ウォーカー用の電子制御歩行システムに関するノウハウを一切持ち合わせていなかったが、ローラシアからの鹵獲機を研究したことと、エスタンジア軍が技術回収任務で大量に入手した旧世界製のゲーム機基盤を姿勢制御用プロセッサとして組み込んだことで工期の大幅短縮を実現した。科学技術の回収と保護を主任務とするエスタンジア軍が旧世界の電子機器をそのまま兵器に搭載するのは異例の事態であり、ローラシア軍が次々と実戦投入してくる第三世代ウォーカーに対する焦りが見て取れる。
現在のところ試作機・先行量産機が計30機ほど完成しており、一部は試験的に実戦部隊に配備されている。今後、実際の戦闘で得られたデータを機体設計にフィードバックし、半年以内に制式量産型の生産を開始する予定である。
なお機体名称は本機の設計主任であったウォーカー工学の権威、ヴォルフガング・シュバイツァー博士に因む。博士は本機の試験歩行中にローラシア傭兵によって暗殺されたが、同僚や部下が遺志を継いで開発したこの機体に名前が冠されたことにより、博士の名誉は永遠のものとなった。
全高: 9.8m
全備重量: 約23.8トン
発動機: トゥーレTM960T 液冷V型12気筒ガソリンエンジン
最高速度: 67km/h
装甲: 均質圧延装甲、最大55mm
固定武装: MG2042 7.92mm機銃x1(側頭部)
トーマ&トーマ KS-60 伐開用チェーンソーx1(左前腕部、折り畳み式)
携行武装: KSMK108 30mm電磁投射機関砲x1
ラケーテンファウスト140 携行噴進弾投射機x2
乗員: 1名




