1-12 FUBAR(前編)
「エスタンジア……!」
アレクシスは息を呑んだ。しばしば「2人兄弟の棺桶」と揶揄される、ウォーカーの狭いコクピット。その外壁を成す10センチの装甲板と、マニピュレータに握られた57mmライフルだけが、想定外の、招かれざる客の来訪によりパニックを起こしそうになる彼の精神を寸前のところでつなぎとめていた。
「話が違う! なんで正規軍がこんなところに……!」
「敵はただの野盗のはずじゃ……」
僚機達が戸惑うのも無理はない。正規軍のウォーカー部隊とは、おおよそアレクシス達のような傭兵が敵う相手ではない。彼らは、兵器工場の門を出たばかりの新品のウォーカーに乗れる。傭兵のようにどこで何に使われていたかも分からないような中古品を共食い整備で直して乗る必要もなければ、燃料費や弾薬代で赤字になる心配をすることもない。さらに言うなら、パイロットはいずれも正規の戦闘訓練を受けたプロフェッショナルだ。その訓練費用にしたって、パイロット自身は一銭も払う必要がない。正規兵というのは税金と戦時公債という永久機関で動くスーパーロボットのようなものであって、傭兵にとっては喧嘩を売るべき相手ではない。一方的に嬲り殺されるだけだ。
「ここにいる野盗達は我々の"業務委託先"でな、お前達を誘い出すためにオトリを演じてもらった」
隊長格と思しき、魔獣のような逆関節の脚部を持った第3世代機は野太い声を拡声器越しに響かせつつ、崖を下って谷底のサンドスコーチャー達へと足を進めた。その両脇には2機の「ラインゴルト」型第2世代ウォーカーが、屈強なボディガードのように離れることなく追従している。アレクシスとウィルのスーパージャグは廃倉庫に身を潜めたまま、57mmライフルに搭載された照準用カメラを使い、最大望遠で敵味方の動きを俯瞰していた。
「厄介なことになりましたね」
運転手席のウィルがフクロウのように振り向き、蚊の鳴くような小声で囁く。
「厄介どころじゃねえ」
戦場で正規軍と敵同士として遭遇する、などということは相当なレアケースだ。とはいえ、賢い傭兵はいつでも正規軍のご機嫌を取る方法や、万一戦闘に陥りそうになった場合の逃走策を準備している。それができない奴から順番に死ぬのだ。
「先輩、どうやって逃げます? それから、谷底の僚機の救出もしないと」
敵情視察と下準備を重ね、勝てる採算が出てから仕掛けるのが戦闘の基本。自殺願望でもない限り、それが出来ない相手との交戦は避けるべきだ。しかし、そうは思わない人間がこの場に一人いた。
言うまでもない。
「逃げる? バカ言え、俺はやるぞ!」
アレクシス・ヘインズである。
アレクシスには後がない。今日ここで倒すべき敵を倒せなければ、待っているものはただ一つ──内地に帰って、スリルとは無縁の真っ当な会社に入り、のうのうと過ごした末、70になって肺炎で死ぬ人生。そんなものは、アレクシス・ヘインズの望む生き方ではない。ずっとここにいたいのだ。そのためには、勝って帰る以外に選択肢はない。それがいかに無謀な賭けだとしても。
「えぇ────っ!?」
普段滅多に声を荒げることのないウィルが、ジャングルの怪鳥のような素っ頓狂な叫びを上げる。
「さ、流石に無茶です! 死んじゃいますって!」
「じゃあお前はなんだ! 負けて帰って、傭兵を辞めてトーキョーでエビの輸入の仕事に戻る方がマシだってのか!」
両足でウィルの肩をガンガンと蹴飛ばし、「全速前進」の合図を繰り返しながら反駁する。
「ここで死ぬよりはまだマシです!」
「カタギに戻るなんて死んだも同じだ!」
眼前のメインモニタには、包囲されたスリーサム・ジョージとサンドスコーチャーが武器を捨て、両手を上げてひざまずく姿が映し出されていた。圧倒的に不利な戦況を示すモニタを歯噛みしながら睨みつけていると、不意に敵の1機──謎の第3世代ウォーカーの、不気味に光るモノアイカメラと目が合った。
「そこのお前! 何を騒いでいる、隠れていないで出てこい!」
酷い音割れとともに、敵ウォーカーの拡声器が唸る。明らかにこちらに向けて発せられた、エスタンジア訛りの怒号を耳にし、アレクシスは手元のコンソールパネルを殴りつけた。
(見つかった!? 何故だ──)
そんな疑問が一瞬脳裏をよぎったが、それを声に出す前に気付いてしまった。原因は、いつの間にかオンになっていたインカムマイクと拡声器のスイッチ。先程のウィルとの会話──いや、会話ともつかない怒鳴り合いは、全て機外に筒抜けだったのだ。バレて当然だ。
「あぁ畜生、また俺のせいか! 畜生!!」
アレクシスは全兵装の安全装置を解除し、ウィルの肩をさらにブーツで蹴り込みながら吠えた。何度となく「全速前進」のサインを出しているが、機体はぴくりとも動かない。
「落ち着いてください先輩!! 痛い、痛いです!!」
「落ち着いてなんかいらふぇむが」
その瞬間、アレクシスの口内に濃厚な甘味が広がり、カカオの香りが鼻孔を満たした。あまりに突然のことだったので、2秒ほど思考が停止する。見ると、アレクシスの両脚の間からウィルの細い右腕が伸び、子供のような手に掴まれたチョコレートバーがアレクシスの口に突き刺さっていた。
「……どうです、少しは落ち着きましたか?」
呆気にとられたまま、ゆっくりと咀嚼。ミルクチョコレートとピーナッツヌガーが織りなすハーモニー。250キロカロリーのエネルギーと少量のカフェインが全身に行き渡り、モヤがかかったようだった思考が少しずつクリアになってきた。
「大丈夫ですよ先輩、きっと何か打つ手があるはずです……!」
ウィルの励ましの言葉が胸にしみる。肩に深々と食い込んだブーツの靴底をそっと引き離し、砲手席足元にあるフットレストに移す。
「ああ。その、はっきはふまんふぁっふぁ」
「……食べ終わってから話してください」
ピーナッツを噛み砕き、ヌガーを奥歯に貼りつかせながら、アレクシスは改めて脳内戦況図を整理し始める。敵勢力、エスタンジア正規軍ウォーカー3機、およびマローダー・ウォーカー3機。そしてどうやら、敵はどこかに砲兵部隊を展開させているらしい。先程撃墜された偵察機の様子からすると、恐らく大口径の高射砲だろう。
対空兵器による対地攻撃は、ウォーカー乗りにとっては脅威以外の何者でもない。高度数千メートルを飛行する航空機を正確に撃ち抜く、猛烈な砲口初速を持った大口径砲。威力も精度もウォーカー用の携行武器を遥かに上回る。これから谷底のエスタンジア機に攻撃を仕掛けたとしても、一撃で敵を仕留めきらなければ、その砲が今度はこちらに向けられることになるだろう。それだけは、何としてでも避けなければならない。
「今動けるのはこの機体だけ……この機体だけで、谷底の敵を、一撃で全滅させるには……」
チョコバーを咥えたまま、腕を組み思索を巡らせる。最初から鉱山施設に居た雑魚はともかく、砲兵部隊との連絡手段を持っているエスタンジア軍の3機だけは初撃で行動不能に追い込んでおきたい。無謀にも思えるが、問題はできるかどうかではない。やるか、やられるかだ。
と、次の瞬間である。雷鳴のような衝撃音。スーパージャグが隠れた倉庫のすぐ脇の大地がカーペットのようにめくれ上がり、吹き飛ばされた石礫が散弾のように次々と壁を貫通した。ウォーカーに乗っていなければ、今頃二人は人体の原型を留めてはいられなかっただろう。120mmかそれ以上の高射砲による水平射撃だ。爆風に煽られるスーパージャグの機内で、声にならない悲鳴を上げながら二人は確信していた。これこそが敵の切り札だ。
「今のは警告射撃だ。次は直撃させるぞ」
半壊した倉庫に、投降を促すエスタンジア兵の声が響く。今の衝撃で壊れたのか、57mm砲の照準用カメラスコープはオフラインとなり、機内のメインモニタには代わってスーパージャグ自身のカメラフィードが映し出されていた。
「まずいな……」
スイスチーズと化したプレハブの壁だけを映し続けるモニタを前に、アレクシスは呟いた。もう終わりかもしれない。頭の中でそんな声が聞こえるが、アレクシスはその度に声の主を叩き殺し、勝利への手がかりがどこかに転がっていないかともがき続ける。今までもそうして戦い抜いてきたのだから。
「──先輩! あれ!」
その声はまさに希望の光だった。不意に口を開いたウィルが指差す先。ノイズ混じりの白黒映像、倉庫の片隅にそれはあった。何の変哲もない、古ぼけた木箱。今しがたの砲撃で蓋が外れ、中身が床にこぼれ落ちている。とても見覚えのある、そして、使い方次第では膠着した戦況を打開できるかもしれないアイテムが。
「こいつは使えるぞ!」
アレクシスは手を叩いて喜びながら、ある特別な感覚を抱いていた。盲人が初めて目を開いた瞬間のような、或いは7年間土の中を這い回っていたセミの幼虫が、夏の夜空に自分の羽根で飛び立った瞬間のような、そんな感覚である。名案が浮かび、勝利への道筋が見えたその時しか味わえない、ドーパミンとアドレナリンの危険なカクテル。これこそ戦場の醍醐味だ。
足元の相棒を呼び寄せ、手短に作戦を耳打ちするとアレクシスはコンソールパネルに向き直り、普段あまり触らない辺りのスイッチをパチパチと操作する。スーパージャグの背部に内蔵された発煙装置を起動したのだ。たちまちディーゼル燃料がツインV12の排気管に流れ込み、濃密な煙幕となって機体を包み隠す。
「おい貴様、何を企んでいる! 早く投降しろ!」
「あー、さっきの衝撃でエンジンが故障したらしい! 当方に交戦の意思はない、消火するまで少し待ってくれないか!」
拡声器の電源を入れ、もっともらしい嘘を120デシベルの音量で谷底の敵まで響かせる。足元ではウィルが身支度を終え、今まさに運転手用ハッチを開けようとしているところだった。
「頼んだぞ、時間稼ぎは俺に任せろ」
防煙用に口元をスカーフで覆い、ゴーグルで目を防護した完全装備のウィルに声を掛ける。アレクシスの小さな相棒は、無言のサムズアップでそれに答えた。開け放たれた運転手用ハッチから白煙が機内になだれ込み、思わずむせ返るアレクシス。煙幕に紛れ、いつしか相棒の姿は運転手席から完全に消えていた。
ウォーカー名鑑#8
トーマ&トーマ機械製作所 特殊歩行機材212番 装甲戦闘歩行機ラインゴルト
無骨な箱型の機体形状が特徴のエスタンジア製中量級第2世代ウォーカー。重量級機と見間違えるほどの大型機であり、実際本機と遭遇したローラシア正規軍は当初この機体を重量級機と誤認していた。見た目に違わぬ重装甲の機体だが、重量バランスに優れた巧みな機体設計により、外見からは想像もつかない軽快さで戦場を駆ける。
本機は当初、軽量・重武装だが防御力に難のある「ケーファーII」を補佐する突破支援機として開発されたが、現在ではケーファーと並んでエスタンジア軍の主力機の一つとして運用されている。エスタンジア製ウォーカーとしては特に走攻守のバランスに優れており、中戦車並の装甲と火力を二足歩行ならではの走破性で迅速に展開できることから、従来エスタンジア陸軍の主力として扱われていた戦車は徐々にこの機体によって代替されつつある。
直方体を組み合わせたようなボディは生産性や整備性に優れており、たとえ撃破されても破損した箇所のみをブロック単位で交換することで即座に前線に復帰することが可能。さらに手足を折りたたむことで完全なキューブ状に変形でき、戦地までの輸送も簡便。最前線の兵士の意見を取り入れた、配慮の行き届いた設計がパイロットや整備兵から高く評価されているが、中古での流通量の少なさや拡張性の乏しさから傭兵の間ではあまり人気がない。
全高: 12.7m
全備重量: 約33.2トン
発動機: ゴイアニア工廠統制90型 液冷V型10気筒ガソリンエンジン
最高速度: 42km/h
装甲: 浸炭硬化装甲、最大95mm
固定武装: MG M2(a) 重機関銃x2(胸部、側頭部に各1丁)
対人跳躍散弾投射機x6(両肩上面)
対装甲タングステンドリルx1(右前腕部、使用時のみ展開)
携行武装: ZbPK40 75mm対戦車砲
M2124 収束破片手榴弾x4
乗員: 2名




