1-9 幕間(1)
赤茶けた大地と青い空の狭間を、最大搭載量120トンの巨鳥が行く。8発の4000馬力級エンジンから唸りを上げて、護衛機も付けずに悠然と。胴体側面にペイントされた幾何学的な国籍マークは、この機体がエスタンジア正規軍所属であることを示している。
与圧空調装置を完備したキャビンには古風にして威圧的な士官服に身を包んだ将校と、フィールドグレーのWCスーツを纏ったウォーカー搭乗員が合わせて15名程、さながらタイプライターのキーのように整然と着座している。彼らは、エスタンジア軍機械化部隊の兵士と指揮官だ。生まれる前から遺伝的に選別され、選抜育種と過酷な訓練によって生み出された戦士のサラブレッド、あるいは人の姿をした全自動殺人装置。生半可な練度のローラシア傭兵なら、彼らの姿を戦場で一目見ただけで自らの死を悟ることだろう。
張り詰めた空気の漂うキャビンの窓際最前列。並み居る軍人達の中でも一際鋭い眼光を放つその青年将校は、兵卒用のWCスーツに士官用の制帽と階級章、額にはローラシアから鹵獲した砂漠戦用ゴーグルという奇妙なコーディネートを気にする風でもなく、ただ丸窓から荒涼たるオーストラリアの大地を俯瞰していた。彼のWCスーツの胸元には「ゲッツ・シュスター」と刺繍されている。
「例の、亡命希望の科学者との連絡は取れているのか」
隣席に座った、無精ヒゲの下士官に問いかける。その男は「はっ、シュスター少佐」とうやうやしく背筋を伸ばしてみせた後、渋い顔をしながらこう切り出した。
「アダム・ロイセウィッチ博士とは、ここ数日完全に連絡が途絶えています。恐らくローラシアの妨害工作に遭っているものかと」
「なぜ分かる? 博士が死んでいないという論拠はあるのだろうな」
軍刀の切っ先のような視線を向けられ、下士官の額に冷や汗が浮かんだ。
「も、もちろんです少佐。博士が消息を絶って以降、この地域では断続的に奇妙な電子信号が観測されています。恐らく博士が研究用に所持していた、旧世界の通信機材から発せられたものです」
「スマートフォン、と言ったか」
この情報はアタリだ。シュスターはそう確信してほくそ笑んだ。エスタンジアによる世界統治の時代が訪れる以前に作られた、電話機能付き超高性能可搬電子計算機。そんなものを未だに所持している人間が、オーストラリア南東部だけで2人以上いるとは到底考えられない。
「はっ。信号の発信源は……」
そう言いながらヒゲの下士官は懐に手を入れ、取り出した地図を広げる。一面に広がる荒野にポツポツと町の名前が記されただけの、情報量の少ない地図を膝に乗せ、その一角を指で丸く囲う。
「この範囲にあると、先程諜報部隊から連絡がありました」
男の角ばった指の向く先には、「ブロークンヒル」という町の名前が記されていた。
「よし、直ちに現地協力者に打電だ。付近のローラシア派勢力の抵抗力を削ぎ、重要人物Dr.ロイセウィッチを回収する」
下士官の膝の上の地図を掌でバンと叩いたシュスターは、演説のように決断的な声色でそう宣言した。
「全輸送機が集合地点に到着した後、我々は隊を2つに分けて別行動を取る。片方は現地協力者とともに敵勢力を攻撃、その間にもう片方の班で重要人物を捜索する。ホフマン曹長には『アレ』に乗ってローラシアの犬どもを蹴散らしてもらおうか」
「了解であります。このウード・ホフマン曹長、偉大なる祖国の最終勝利のため、ウォーカーの戦闘室を棺とする覚悟で粉骨砕身……」
「やる気があるのは結構なことだ。それより、見てくれたまえ」
曹長の所信表明を遮ったシュスター少佐は、反対を向いて丸窓の奥に目線を向ける。大荒原の赤銅色と空の群青色、そしてその2色の境界線上を彩る、白く煙った大気の層。およそ地球上の光景とは思えない不毛の地だが、こうして空から眺めるとどこか幻想的な印象すら抱かせる。
「ここから見渡せる全て……いや、地平線の反対側やその向こうまで、すぐに我々のものになる。博士の回収に成功すればな。ローラシアの連中などひと捻りだ」
シュスターはそう言って窓の向こうに嗜虐的な笑みを浮かべた後、今度はホフマン曹長の方に向き直り、
「期待しているぞ曹長。成功の暁には、戦果相応の見返りを約束しよう。何が欲しい? 地位か、金か、それとも新型ウォーカーの優先配備か」
爬虫類のような笑顔を一切崩さないままそう尋ねた。曹長は少し答えに詰まった様子でヒゲをつまんでいたが、やがて「ひらめいた」とばかりに手を叩く。
「なら自分は、ローラシアのいない世界を所望いたしましょう」
その回答を聞いたシュスターは少しの間肩を震わせてこらえていたが、やがて整った口元から笑いがこぼれた。
「は、ははは! いい心がけだ曹長! 君は将来、いい指揮官になるぞ!」
シュスターは先程まで顔面に貼り付いていたものとは違う、心からの笑いを湛えながら、曹長の肩を何度も叩いた。
「待っていろ、Dr.アダム・ロイセウィッチ! 私にはこれほど優秀な部下がいるのだ、何があろうと必ず連れ帰ってみせるぞ」
天空より大荒原を見下ろしつつ、シュスターは吼えた。眼下の大地とそこに住む人々は、頭上から迫り来る脅威にまだ気付いていない。
ウォーカー名鑑番外編 #4
ホイネブルク航空機製造 Hf325リーゼンシュテルン
エスタンジア正規軍の象徴とも言われる超大型の戦略輸送機。完全武装のウォーカー1個小隊とその乗員をトレーラーなどとは比較にならない迅速さで輸送・展開できる本機は、その高性能から長年にわたってローラシアやその前身である反エスタンジア系武装勢力を苦しめ続けてきた。
世界統一戦争末期に開発された機体であり、機体構造自体は敗戦直前の旧アメリカ合衆国で量産準備中だった輸送機をベースにしている。この機体の製造工場を占領したエスタンジアは生産ライン上にあった機体からグラスコクピットやフライ・バイ・ワイヤといった、彼らの忌避するデジタル技術の産物を全て取り払い、代わりにエスタンジア本国で製造されたトゥーレ社製発動機や特殊兵器KSK砲を搭載する設計変更を施すことで自軍の機体として製造を始めた。現在では本機種の生産は終了しており、老朽化した一部の機体はエスタンジア派の傭兵組織にも出回り始めている。
輸送用以外の派生機種として、戦車用の88mm砲や30mm機関砲などを満載したガンシップ型や、120トンの積載量を誇る貨物室をそのまま爆弾倉に転用した重爆撃機型などが存在する。ローラシアの正規軍や傭兵組織の間では本機を最優先攻撃目標の一つとして定めており、撃墜した者には「バードイーター」という称号が贈られるという。
全長: 62.3m
全幅: 77.8m
空虚重量: 165トン
最大積載量: 118.2トン
発動機: トゥーレTM801A 空冷星形28気筒ガソリンエンジンx8
最高速度: 320km/h
固定武装: KSK101 30mm電磁投射砲x2(胴体上面旋回式銃塔)
MG M61(a) 20mm多銃身機関砲x3(尾部、胴体左右スポンソン)
フランメンヴェルファー190F 対空火炎放射器x2(主翼下面スポンソン)
乗員: 通常11名、最低4名(キャビン内の乗客を除く)




