1-7 ギアリング・アップ
それからの4日間というもの、一行は来るべきシルバートン攻略戦に向けた準備に追われていた。一緒に出撃する他の傭兵たちとの顔合わせに、スーパージャグの修理と調整、消耗品の買い出しから上空からの偵察を担当してくれる飛行機乗りの手配まで。あるときはジャンクヤードの隅っこにあるガレージに一日中篭って愛機を整備し、またあるときは作戦会議やら事務処理やらで町中を自転車で駆けずり回る。休む暇なし、フルタイム戦闘準備だ。
準備期間1日目に他のウォーカー乗り達を集めて開催されたブリーフィングの結果、アレクシス達には狙撃支援の役割が振られることとなった。他の2機は既に近接戦闘向けのカスタマイズが施されていたこと、そして今アレクシスの手元にある携行武器が、命中精度に優れた57mm高初速ライフルだったことが決め手となった。
さらにブロークンヒルの住民や他の傭兵たちからの情報によると、倒すべき野盗はシルバートン近郊の廃鉱山で定期的に集会を開いているらしい。メッキパーツやネオン電飾でギラギラに飾り立てた機体を集めて、夜通し馬鹿騒ぎを繰り広げるのだ。次の開催は奇しくも、ウィルが選んだ出撃予定日。連中を一網打尽にする絶好のチャンスだ。この機会を逃すわけにはいかない。
傭兵コンビが新たに仲間に迎え入れたナトカ・ロイセウィッチというイレギュラーについても、しばらく行動を共にしているうちに色々と分かってきたことがある。結論から言うとアレクシスの読み通り、彼女はあらゆる意味で人並み外れた存在だった。もしも彼女と巡り合えなかったら、二人の傭兵が歩む道のりは今の5倍は険しいものになっていたに違いない。
ナトカにスーパージャグの修理を託して最初に分かったのは、彼女のウォーカー整備に関する知識が本物だということだ。働ける歳になったら、すぐにでもプロのメカニックとして自分の店を持てそうな位に。おかげでアレクシスがガレージで出来る仕事は、ナトカの言う通りの場所にパーツを組み付けたり、必要な工具や部品を探して持って行ったりする程度になった。ナトカが頭脳、アレクシスが肉体労働を担当し、その間ウィルは雑多な書類仕事──戦闘よりもペーパーワークの方が遥かに多いのが傭兵という仕事の実情だ──に専念できる。急ごしらえのチームとは思えない、理想的な協力関係がそこにあった。
そして意外なことに、普段あれだけ眠そうにしているナトカは、工具や図面が手元にあるときには一切その素振りを見せなかった。片付けるべき仕事があるときは不眠不休で働き続け、その日のうちに出来る仕事を全て終えると、その場で心臓麻痺でも起こしたかのように即座に眠りに就いてしまう。初めて会った日に死ぬほど寝倒していたのはきっと、野盗から逃げてきた後の疲労状態を全速力で回復させようとしていたか、或いはおっちゃんの所に居候していても何もすることがないので寝続けることを選んだか。おっちゃんが言うところの「20時間寝る娘」の正体は、きっとそのどちらかだろう。子供の頃からこんな生活をしていると、歳を取った頃にツケが回ってきて全身ガッタガタになるんじゃなかろうか。
あるときは作業台に突っ伏して、またあるときはスーパージャグのパイロットシートに座って寝落ちしていたナトカをその都度背負って宿まで帰るのはアレクシスの仕事だったのだが、朝起きると隣に寝ていたはずのナトカの姿がなかった日もあった。早く機体を仕上げたいからと3時間の睡眠から飛び起き、まだ日も昇らないうちから一人ガレージで作業を始めていたのだという。料理担当のウィルが起きてくるまでは朝飯どころかコーヒーを淹れるためのお湯すら沸いていないので、つまりは飲まず食わずでずっとウォーカーをいじくり回していたことになる。
準備期間3日目の午前5時、静謐な朝の空気に包まれたジャンクヤード。地平線の向こう側から朝日が顔を出し始め、ただでさえ赤い大荒原の大地を神秘的なまでの真紅に染め上げている。世界が戦争の真っ只中にあることを忘れてしまいそうなほどに平和な朝だ。粉塵で曇った窓から朝日が差し込むガレージには、その日も誰より早く起きて一人作業に勤しむナトカの姿があった。
「ふんふふーん、ふんふふんふ……ふぁ、えっ!?」
鼻歌交じりにスーパージャグの膝関節をグリスアップしていたナトカは、こんな早朝からガレージに現れたアレクシスを見て少々動揺した様子だった。ウィルはまだ部屋で寝ている。昨日のこの時間はアレクシスもベッドの中だった。
「よう」
膝立ちになったスーパージャグと、その太腿の上でグリースガン片手にしゃがみ込んでいるナトカの方へ歩み寄りながら、アレクシスは短く挨拶をした。そしてWCスーツのポケットから取り出した、ピーナッツ入りのチョコバーを手渡す。
「ほら、持ってきてやったぞ。朝から何も食ってないだろ」
「ん、ありがと」
ナトカの腕がチョコバーに伸びる。いかにも年頃の少女らしい華奢な両手が、機体から出た油やススで真っ黒になっているのが何とも不釣り合いだった。
アレクシスはポケットからもう1本チョコバーを取り出し、今度は自分で頬張る。ずっと懐に入れていたせいで、半分溶けていて食べづらい。
「なあ、頑張ってくれるのはいいんだけどさ、そこまで無茶しなくていいんだぞ」
チョコまみれの指先をねぶりながら、アレクシスはそう切り出した。それを聞いたナトカは少し頬をふくらませながら、
「あたしが整備した機体のせいで誰かが死んだら、寝覚めが悪いでしょ?」
そう言ってチョコバーの包装を剥がし、勢い良くかじり付いた。
「だから二人には完璧な機体で出て行って欲しいんだよ……あ、そこのウエス取って。机の上」
「はいよ。……でもな、今の俺達カネなんて全然持ってないから、そんなに気合入れて整備してもらってもそれ相応の見返りが出せないかもしれないぞ?」
思えばナトカとはまだ、報酬の話をしていなかった。いくら相手が未成年とはいえ、払うべきものはきっちり払っておきたい。
「いや、いいよ。泊まるところも食事も全部二人に工面してもらったし、あたしはそれだけで十分」
「駄目だ、払わせてくれ。というか払わせろ、命令だ」
カネとはすなわち、信頼や信用を数字で表せるようにしたもの。傭兵がいつもカネの話をしているように見えるのはそういう理由だ。きっちり働くけど給料はいらないというメカニックがもしいれば、そいつはいつ寝返ってウォーカーの燃料タンクに砂糖をぶち込んだり、パイロットシートの裏側に時限爆弾を仕掛けたりしてくるか分かったものではない。アレクシスも勿論ナトカを信頼していないわけではないが、これは感情というより理屈の問題だ。
垂れたグリスを拭う手を止めて、ナトカは少しの間考え込んでいたようだったが、しばらくして「ひらめいた」とばかりにガレージの片隅を指さした。
「お金は別にいいけどさ、そこまで言うならアレ持って行ってもいい?」
彼女の示す先にあったのは、スーパージャグ本来の主武装だった105mm榴弾砲だった。あの忌々しい廃坑道での戦いで、ウィルがスーパージャグに持たせていた短砲身砲。使えなくはないだろうが、あの戦闘で弾片やコンクリートの塊を浴びたせいで傷まみれだ。下手をすると砲身が歪んでいて、弾が横向きに飛んでいったりするかもしれない。
「あんなモンが欲しいのか?」
スーパージャグの改修で取り外した部品は他にも色々とあり、中には中古屋に出したらそれなりの高値で売れそうなパーツもある。だというのに、ナトカが武器を所望したのは少々意外だった。
だが考えてみよう。こいつはきっと、そう遠くないうちにブロークンヒルを離れる予定なのだろう。ジャンクヤードに置いてある、二人が出会ったケーファーに乗って。アレクシスはもちろん、その日が来たら自分に出来ることは何だって手を貸してやるつもりだ。こいつに計画通り大荒原を旅させてやるか、あるいは無謀な一人旅を止めさせて親元へ帰らせるかは、今のゴタゴタが片付いてから決める。だがいずれにしたって、この危険な大荒原で自らの身を守るのは、荒野を行く本人にしか出来ない仕事だ。となれば、カネよりも武器を欲しがる気持ちも分からなくはない。
「それと今日明日あたりに、ちょっとシルバートンまで連れて行ってもらえないかな?」
再びいそいそと手を動かし始め、グリスアップが終わった膝関節に装甲カバーを取り付けながら尋ねるナトカ。
「敵情視察でもするつもりか? そんなの、俺達がやらなくたって飛行機乗りがやってくれるだろ」
「違うよ。野盗から逃げるときに捨ててきた荷物を取りに行きたいの」
(そういえば、こいつは文字通り裸一貫でここまで逃げてきたんだったな)
本人が困ったそぶりを全く見せないので完全に忘れていた。ウィルから借りたWCスーツにしたって、下にTシャツどころかパンツすら穿かずにナマで着ているというのに、それを恥ずかしがるどころか疑問に思っているかすら疑わしい。因みにこの事実を知ったらWCスーツの本来の持ち主がどんな顔をするか分かったものではないので、ナトカが自分の服を取り戻した後で、ウィルには何も言わずに返却するつもりだ。
「そうだな、大事なモノとか貴重品だってあるだろ。昼にでも、俺がチャリの後ろに乗せて行ってやるよ」
ブロークンヒルからシルバートンまでは、自転車で行くには正直きつい距離だ。だがウォーカーやトレーラーを出して野盗に見つかる訳にはいかない。忘れ物を取りに行くだけとはいえ、行き先は敵の勢力圏内なのだから。
「ホントに? やった!」
ナトカはレンチ片手に小さくガッツポーズを取り、アレクシスに満面の笑顔を見せてくれた。初めて見る表情だった。思えばまだ、真顔と寝顔しか見ていなかった気がする。
「それとね、この子の整備だけど、本体はもうこれで完成。あとは携行武装のゼロインだけだよ」
朗報だ。ナトカのしたり顔を前に、つられて笑みがこぼれる。もう1日掛けて直しきれるかどうかという心積りでいたのに、こんなに早く完成するとは。ナトカ・ロイセウィッチ万々歳だ。
「あっ、おはようございまーす!」
と、不意にガレージの入口側から少年の声が響いた。いや、厳密に言うと本人はとっくに成人しているのだが、どう見ても義務教育を終えているかすら怪しいナリをしている上、交通費を浮かせるため、未だにバスや電車を子供料金で乗り回しているというのだから、これはもう「少年」と表記しておくのが正解だろう。アレクシスの永遠のサイドキック、ウィル・C・スチュアート堂々の入場である。
「おう、遅かったじゃねえか!」
「先輩たちが早すぎるんですよ! ほら、朝ごはん持ってきましたから食べてください」
今日もまたブロークンヒルに日は昇り、戦場旅支度もまた続く。生まれ変わったスーパージャグが再び大地に立つ瞬間が待ち遠しいアレクシスだが、今はそれより先に考えておくべき懸案事項を抱えている──野盗が支配するシルバートンに、どうやって忍び込むか。それも、非戦闘員を一人連れて。
ウォーカー名鑑 #5
ドービンス・アーセナル M95ウォーキング・フォートレス改 "スーパージャグ"(第二次改修)
地下坑道での戦いで大きく損傷したスーパージャグを改修した機体。無数の砲弾を受け止め続けた鋳造装甲は剥がされ、遺棄されたウォーカーの装甲を継ぎ合わせて作られた外装を纏っている。また腕部は丸ごと他の中量級ウォーカーのものに交換されており、見た目に最早改修前のスーパージャグの面影はない。ジャンクヤードで手に入ったパーツを手当たり次第使って修理していった結果、重量級機と中量級機の中間のような、歪な構成の機体として完成した。
装備している携行武装は全て、今はなきS-334スヴェトリャークから受け継いだもの。主武装の57mmライフルはアレクシスが駆け出しの頃に購入して以来、機体が代替わりしても変わらず装備させ続けているお気に入りの武器だ。重量級ウォーカーに小口径砲という組み合わせは珍しいが、機体の重量が反動やブレを抑制するため集弾性が向上するという思わぬ副次効果を産んでいる。
元々この機体にはグレーの航空機用塗料を使った都市迷彩が施されていたが、今回の修理で装甲全体を淡いピンク色でリペイントされることとなった。およそ兵器らしからぬ色使いに見えるが、これも朝夕の砂漠地帯で高い隠蔽率を発揮するれっきとした迷彩塗装である。
全高: 10.2m
全備重量: 約35.6トン
発動機: クリーヴランド660型水冷V型12気筒ディーゼルx2
最高速度: 32km/h
装甲: 表面硬化装甲+軟鉄製増設装甲プレート、最大103mm
(損傷の少なかった箇所には純正の鋳造装甲を使用)
固定武装: メレー&フルツMk.2 40mm連装対人榴散弾投射機x2(両手甲に格納、使用時のみ展開)
ゴンチャロフPGM 7.62mm機関銃(腹部ボールマウント、運転手が機内から操作可能)
煙幕発生装置(ディーゼルエンジン排気管に内蔵)
携行武装: Zi-2000 57mm高初速APライフルx1
RGS-6 対ウォーカー手榴弾x3
乗員: 2名




