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8話

「美桜ちゃん、やっぱりすごいなぁ」

「そうかな……?」


 病院への搬送を無事に終わらせて、帰路についた三人。やはり話題は美桜だった。


 実際に、彼女の判断には間違いがなかったのだから。薬の種類や量なども適切であり、回復のために点滴の処方までが行われていたため、病院では経過観察として引き継がれるまでだったという。


「面白かったのは、院長先生だよねぇ。なんで美桜ちゃんが?って顔をしてたもん」


 やはり、この山野美桜という少女も話題に上がるだけのことはあるのだろう。彼女がフリーになっている今、どこに収まるかというのが医療関係者の公然たる話題だ。


「私、そろそろちゃんと答えを出さなくちゃいけないね」


 留守を守る二人が待つ島が見えてくる。


「渚珠ちゃん……」

「うん?」

「着いたら、時間ありますか?」

「いいよぉ」

「奏空ちゃんも……」

「もちろん」


 機体を停止させて、片付けもそこそこに、渚珠は全員を宿泊フロントのソファーに集めた。


「美桜ちゃん、答え出たの?」

「はい。決めました」


 渚珠以外が見守る中、美桜は頷いて、正面に座ってうつむいている渚珠の手を取った。


「…………まだ、駆け出しですが、ここで一緒にいさせてください」


「美桜ちゃん……」


 結果的には美桜がどちらの答えを出しても、同じだったかもしれない。顔をあげた渚珠の目は真っ赤で、涙がすでに何本もの筋を作っていた。


「さっき、言ってくれたんです。新しいメンバーですって。嬉しかった。あの緊急事態で、まだ答えを出せなかった私のことを言い切ってくれて。あとで責任問題になっちゃうかもしれないのに。この伝説の最強チームに入れて貰えるなんて。夢みたいですけど、精いっぱい頑張ります」


「渚珠ちゃん、よかったね」

「うん……、うん……。ありがとぉ……」


 美桜の手を握りながら、カーペットの床に座り込んでいる渚珠に声をかける。


「渚珠ちゃん、これで揃ったよ」

「そうか。これで五人揃った……」


 美桜の加入、単にそれだけではない。彼女たちに課せられた重大な任務がこれで果たされる。


「第二期ALICEポート結成は今日になるんだぁ」


 美桜は正式に書面へのサインをすませて、凪紗がデータベースへの登録と即時反映を行った。これで彼女が迷惑がっていた勧誘を停めることが出来る。


 その日は、手続きや歓迎の用意で終わってしまった。


「ご家族には報告した?」

「はい。今朝連絡しました。あれだけ考えて決めたのだから、自信持ってやりなさいって」

「なんだぁ、そんな早くに決めていたんだぁ」


 夕食の席はいたって賑やかだった。


「いつからこっちに移ってくるの?」

「そうだよ、制服とか家具とか用意しなくちゃ」

「わー、やることいっぱいなんだぁ」


 忙しくなると口々に言うものの全員が嬉しそうだ。


「でも、美桜ちゃん、ポートの就任研修受けてないでしょ? あれどうするの?」


 規模が小さいとは言え、星間連絡ポートへの就職になるのだから、その基礎研修とやらが必要になる。


「その辺は戻ってコロニーでも、こっちに来てからでも大丈夫。美桜ちゃんと相談して決めるから」


 その忙しさは美桜も同じで、翌日は渚珠と二人で必要最低限の家具の購入や制服の採寸になった。


「こんなことしてるけどねぇ、本当はね、この制服も新しいものに変えようってことになってるんだよ」


 移民局の一室で、美桜の体型を測ったときのデータの入力をしながら、渚珠は苦笑して説明する。

 今回のポート全体の変更やその他いくつかの要因で制服にも見直しが入ることになりそうだった。


「えー、もったいないですよ」


 渚珠や美桜も最初一目ぼれしていたスタンドカラーとパフスリーブのブラウス、セーラー襟と前開きのベストにフレアスカートの組み合わせは、もともと凪紗たちが第二期のALICEポートを立ち上げたときに、移民局の制服倉庫で誰も使わなくなって眠っていたデザインの中から復活させたものだ。


「正直ね、規定だけを作ってどれを着てもいいようにしちゃおうと思ってるんだけどね。制服だからそれも無理かなぁ」


 やはり、接客がメインの奏空と機器整備の弥咲では最適な服が違うのも仕方ない。渚珠はその辺も意見を取り上げて考えていた。


「それって制服じゃないですよねぇ?」


 その状況を想像したのか、美桜もクスクス笑い出す。


「一応ねぇ、複数デザインでもいいことにはなってるから、いくつかパターンかなぁ」

「意見がまとまらなさそうですよぉ」

「ふぁーん。そうなんだよぉねぇ。でもルナの制服は可愛くなかったしなぁ。みんなにはそれぞれ気に入って使って欲しいし」


 二人が想像するまでもなく、各自の趣味で放っておいたら5種類になってしまいそうな話題でもある。


「そんな変更も、美桜ちゃんが戻ってきてくれてからやろうと思うよ」

「大変ですねぇ」


 話しを進めていた医療棟の計画も、美桜が正式メンバー入りしたことで本格的に動き出すことになる。


「いっぺんに全部は出来ないから、少しずつやっていこうよ。美桜ちゃんの診療所はかなりの部分お任せすることになると思うし」


 美桜の一時帰宅を翌日に控え、全員が忙しくなると分かっていてもお祝いムードなのだから仕方ない。


「じゃぁ、今回は渚珠ちゃんと奏空ちゃんが付き添いね。その間に、用意できることはしておくから」


 渚珠が来るまでALICEポートの責任者代理を務めてくれた凪沙にここは全てをお願いする。


 来るときに乗り込んだ小型船に三人で乗り込む。予定されていた整備は弥咲の手によってすでに終わっていて、その帰りに再び渚珠の手で届けることになった。


 こちらに来るときは突然の事で落ち着いて見ることもなかったけれど、形は三角翼の高速連絡船をぐっと小型にした機体だ。弥咲に聞いてみると、もともとは練習機なのだそうだが、小回りが効いて使いやすいので、チャーター便など、いろいろと汎用に使われているという。


「燃料満タンだし、予備にも積めるだけ入れたから、最初は少し重いかも」

「うん、分かった」

「それじゃぁ、出すよぉ。今度はしばらく登りっぱなしだから、美桜ちゃん辛かったら言ってね」


 とてもこれから宇宙へのフライトをするようには思えないほど、普通の制服姿で、その辺の近所にでも出かけるような雰囲気なのは、それだけ身近にこう言った移動が行われているのだろうと感じる。


 到着したときとは逆に、滑走路から飛び立ち、海の上をぐんぐん急上昇していく。


「飛び立つときの方が急なんだよねぇ。降りてくるときは再突入でガクンとくるけど」


 操縦桿とスロットルレバーを握りながら、渚珠が振り返って声をかけてくれる。急上昇のため、エンジンを噴かさないとスピードが落ちて失速してしまうから、慣れないと手が前に動かせないほどの重力がかかる。


 それでも、こんな旅の初心者である自分に気を遣って、かなり抑え目に操縦してくれていると感じた。


「でも、天気がいいから揺れなくてよかった」


 飛び立って30分。水色だった空は既に濃紺に変わってきている。あと数分もすれば紺色から鉄紺、そして黒に変わってくる。


 大気の大部分は既に自分たちの下にあり、雲はおろか、水蒸気によるもやも遙か下に見えている。そして、地平線がうっすら丸く見えた。


「きれい……」

「これを見られるのは渚珠ちゃんと一緒の時の特権よね」

「いま……、もうすぐ高度2万だねぇ」


 ここまで来ると、もう乱れた気流の流れもほとんど無い。また、強烈な太陽の光を遮るものがなくなっているから、渚珠もフライトの時だけだというサングラスをかけている。


 聞こえてくるのは、機体後方のエンジンの音と、渚珠がいるコックピットからの通信やモニターの音だけだ。聞けば音速はずいぶん前に超えていると言うこと。


 一度、機体を水平にして、最後のチェックをしていた渚珠。


「じゃあ、このまま出ちゃうよ。軌道ステーションには1時間後に到着します」


 再び音が大きくなったと思うと、機首が持ち上がった。この後はさらに高度が上がるために、スクラムジェットエンジンでさらに加速、最後はロケットエンジンで秒速7キロを超えて加速し宇宙空間に飛び出すという。


「ほんと、渚珠ちゃんは上手だよね……」

「あのニュースのとき、どんな人だろうって思ってたんです。奏空さんのことはテレビでよく見てたんですけど、本当に同じくらいだったし、凪紗さんだってそうだったし。あの状況の中で最後まで操縦できた人ってどんな人なんだろうって」


「もっとゴツい鉄人みたいだと思ってた?」

「なんか、パイロットさんて、そういうイメージがあって。でも、到着してみたら、画面の隅にひっそり立っていた可愛い女の子で。紹介されるまで気付かないくらいの。この人かそんな凄い人だったんだって。なんか、イメージが狂っちゃったていうか、もうあとは憧れでした。いろいろ記事とか写真とか集めてみたり……」


「ははは。渚珠ちゃん、大変だよ。渚珠ちゃんのファンがここにもいた」

「ありがとうねぇ。でも、今度は美桜ちゃんも追っかけられる方になっちゃうよぉ」

「そうですかぁ。そうだ、あの時の冊子があったと思いますけど、まだ残っていたりしませんか?」


 あの就職セミナーの時に配布した冊子が、いま大変なことになっているという。


「私が入ったことで、お家の方にも問い合わせが凄いんだそうです。残っていないかと」

「あれかー。色刷りの見本と、原稿データだけは残ってるけどね。あの本は美桜ちゃんへのメッセージ本だったから、もう増刷されることも無いだろうなぁ」


「あんな強烈なメッセージ、衝撃でした。あの日、帰ってから泣けてきちゃって。私のことを欲しいって言ってくださった方が、あの渚珠さんたちだったって。その時から、迷っても、結局は行くんだって思ってました。あの本は宝物です」


 今でも美桜の大切な物を納めた引き出しに大切にしまわれているという。


「なんか、古書のお店では一冊数万円のお話しだとか……」

「へぇ……」

「おいおい……。確かに初めてだったもんね。みんな、お互いにカメラマンだったから、楽しかったけど」

「でも、もう出すところ無いですよねぇ」


 そう、美桜の加入により、次に出す必要はなくなっている。


「それならぁ、美桜ちゃんが帰ってきてから、かなり大きく変わるし、一般の人にも公開される部分も多くなるから、そこのパンフレットでも作るなら、許可も出ると思うよ。今度は美桜ちゃんも一緒に入ってね」


 ALICEポートの改装計画はすでに承認も下りていて、準備が整い次第実行に移せることになっていた。


「きっと、あっという間に無くなると思う……」

「たぶんねぇ」


 そんな会話をしている内に、ずっと感じていた上昇中の重力が軽くなって体も自由に動かせるようになった。


「もう軌道に乗ったので、あとは時間を待つだけ。凪紗ちゃん、あとはステーションに切り替えます」

『了解。ドッキング気を付けなさいよ?』

「はーい」


 渚珠が見ている窓の方向を見ていると、暫くして光る点が見えてきた。


『松木キャプテン、お待ちしておりました。本船との相対速度は十分範囲内です。あと10分ほどで追いつきます。そのままの軌道でお待ちください』


「了解です。誘導はお願いします」


 地表から高度300キロ、美桜が憧れていたパイロット、渚珠は隣で穏やかに笑っていてくれた。



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