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7話



 夜、渚珠が最後の見回りを終えて戻ってくると、これまで人気がなかった部屋に明かりが点っていた。

 美桜の訪問にあわせて、急遽、客室の方から家具を入れたものだ。実際に決まれば自分で好きな物を入れることが出来る。


「美桜ちゃん、気に入ってくれたかな……」


 この不安は、美桜にも直接言ってしまったけれど、渚珠の最大のプレッシャーでもある。


 他の事案なら、いくらでも代替案を見つけたり、リトライする事だってできる。しかし美桜に入所してもらうのは話が別だ。たった一人、200年の時を越えてようやく会うことが出来た彼女と離れてしまった場合、もう他の案がない。


 正直なところ、待遇面で言えばもっと良い条件で出してくる医療施設もあるだろう。ネームバリューだけではどうにもならない部分もある。

 もっとも、夕食までの雰囲気は悪いものではなかったし、渚珠の信頼する仲間たちでそんなドジをするようなことはないだろう。


 あとは美桜の決心をもらえるかどうかだ。


「渚珠ちゃん?」

「奏空ちゃん」

「眠れないの? 遅いなって思って」

「あ、ごめん」


 今日は美桜以外には宿泊客もいない。久しぶりに全員が部屋でゆっくり休むことが出来る夜のはずだった。


 奏空もベンチの隣に座って、星空を見上げる。


「ねぇ、渚珠ちゃんや美桜ちゃんがいたところは、もっと星がきれいに見えたんでしょ?」

「うーん、どうなんだろう。こうやって瞬いたりすることはないから、本当に光る点でしかないし。そうそう、流れ星は無いからね。だから、きれいかって言えば、わたしはここからの空の方が好き」


 今度、次に美桜を迎えに行くときは、奏空に同伴してもらおうと思っていた。


「明日、医務棟のお話しするんでしょ?」

「うん、それこそ奏空ちゃん一緒にお願いするよぉ」


 そこは、これまで唯一看護師の資格を持つ奏空が会話に入ってもらわなくてはならない。


「どう? 本当にやっちゃうつもり?」

「うん、良いと思う。部屋を拡張するよりはいいと思うんだよね。通路で結んであれば。だから、オッケーしちゃうつもり」

「それが、美桜ちゃんへの誠意って感じかなぁ」

「うん……」





 翌朝、渚珠と奏空に美桜を加えた三人は、宿泊棟の隣に面した空き地に立っていた。


「このスペースは今のところ自由に使えるから、好きなようにしちゃっていいと思う。予算の話は気にしなくていいから、自由に話してもらっていいよ」


 最初に渚珠は美桜に告げた。医療機関となれば費用も普通の建物より高額になるが、その話はすでにある程度付けてある。


 なにより、渚珠は美桜に一つの計画を話していた。


 あの説明会への道中、凪紗と二人で計画をまとめ、凪紗が一人先に帰ったのもそれを説明するためで、『重要な位置を占める美桜が一緒になるならば』という条件で、その計画は可決していた。


 ALICEポートを一般に公開するという大転換。


 これまで、本来のポートとしての利用の他では、一部の宿泊や食事の利用に制限されていたこの島の立ち入りを大幅に緩和するという施策だった。


 その中には、主に3つの内容が含まれていた。


 一つ目は凪紗と弥咲を中心とした、補給・整備ドックの拡張と、休憩用のマリーナの増設など。


 二つ目は従来路線を継続した宿泊施設と、食事を提供するレストランやカフェの拡張。


 これは主に渚珠と奏空の担当となる。つまり、マリーナに船を泊めて宿泊や食事に入島する事が気軽に出来るようになる。


 最後の目玉としては、公開診療所の開設だった。


 美桜という、最高の天使を擁しながらこれを身内にとどめておくのは勿体ないし、計画を聞いた彼女が是非やりたいと即座に反応したものだ。


 海底のマリンシティにはもちろん医療施設も整っているが、逆に海上に点在する施設や民家からは、このマリンシティまで行かなくてはならないという不便が生じているのも事実だった。

 そこで、美桜が開業するということになれば、この周辺住民としては非常にありがたい話になる。


 名前としては非常に有名だが、旅行者でもなかなか敷居が高かったポートからの転換。



 実は、初代ALICEポートに変わる直前の宇宙港時代にはこれらをすでに持っていた。人々が移住を完了し、一般の観光者が居なくなったことで、この機能を停めていたものだった。

 だから、これらを再稼働させることは、大まかには折り込み済みだった。


 とは言いつつも、わずか五人のメンバーでどこまで出来るのか。それは可能な範囲というのが大前提だ。


 もちろん、一般人が立ち入っては危険な部分もあるから、そこは明確に分ける必要があるし、フェンスなどの設置も必要になったり、緊急着水などで全員の手が必要なときは立ち入り規制なども発生しうるだろう。


「どう?」

「うん、いいと思う。私一人じゃあんまり立派にやりすぎてもね」


 これまで、看護師として唯一の担当だった奏空と設備の確認をしている中で、美桜も彼女なりのビジョンが見えてきているようだった。


「でもねー、最近うるさくてねぇ」

「えっ?」


 意外な発言にドキッとする奏空。

 緊張の奏空を見て、美桜は違う違うと手を振って笑った。


「実はね、昨日の夜中で渚珠ちゃんとの優先権が切れちゃってるの。だから、求人のメールがね」

「そ、そうなんだ……」


 渚珠が期限までに美桜を獲得できなかったということは、きっと広まってしまっただろう。昨夜の渚珠はもちろんそれを知っていてのことに違いない。


「でも安心して。ってのも変なんだけど……」


 美桜がそこまで言ったとき、突然緊急アラームが鳴った。


「な、なに?」

『奏空ちゃん、美桜ちゃんと一緒?』

「うん」

『一緒に来てくれる? 二人の出番だよ!』

「えぇ?」


 とにかく急いで事務室に二人が戻ったときには、凪紗と弥咲は既に出動準備を整えてくれていた。


「客船で急病人が発生。医務の人が降りちゃった後だったので救急要請になって、一番近かったのがここってこと」


「了解、渚珠ちゃんは?」

「もう、ヘリの中でお待ちかねだよ」

「早いんだぁ。美桜ちゃんも一緒に来られる?」

「制服じゃなくて大丈夫ですか?」

「あ、それなら、私の持ってくる。機内で着替えて?」


 身長が同じくらいの奏空の予備を凪紗が渡してくれる。


「詳しい状況はこちらからも伝えるし、機内から連絡しちゃって平気だから」


 外にでると、すでにヘリコプターはエンジンをかけて待っていた。


「渚珠ちゃん、装備品は?」

「救急搬送と、初期ツールは入ってるよ」

「OK、じゃぁお願い」


 奏空が扉を閉め終える前に、渚珠は機体を持ち上げていた。


「こちら救急です。ノースウェスト便応答どうぞ」


 渚珠の航空無線とは別に、奏空は客船と連絡を取り始めていた。


 距離が60キロ、到着まで約15分。状況が聞ければそれだけ対応も用意できる。


 食事を終えたとたんに倒れてしまったとのこと。

 他の乗客には症状が見られていないが、意識が朦朧としていたりとあまり楽観できる状況ではない。


「たぶん、急性食物アレルギー反応かな……。抗アレルギー剤は持ってるし、点滴もあるから大丈夫」


 制服に着替え終わった美桜を見て、奏空が歓声を上げる。


「やっぱり似合うんだぁ。うん、ピッタリ」


 そうこうしているうちに、目的地が見えてくる。旅客船としては大きめで、救援用のヘリポートもあることから、渚珠がこちらを選択したわけだが、狭い場所にピンポイントに降りるのは後ろから見ていても緊張するもの。


「じゃあ、降りるから注意してて」


 船上では突然現れたこの騒ぎに、乗客が驚いていて、船員が近づかないように止めている。

 この機体でもギリギリのヘリポートに渚珠は落ち着いて着陸させると、奏空と美桜が飛び出していった。


「松木キャプテン、あの方は?」


 船の船長は期待を固定し終わった渚珠と一緒に現場に向かいながら尋ねた。


「山野美桜さん、私たちの新しいメンバーです。お医者さんです」

「彼女が……」


 この船長にも、渚珠のチームに新メンバーが増えるかもしれないという情報はあったのだが、その名前は知り合いの中でもよく話題にあがっていたものだったから。


 二人が医務室に到着した頃には、美桜による鎮静の注射と点滴が始まっていた。


「普段、大丈夫だと思っている食品でも、疲れなどで急に症状が出るときがあります。落ち着きはじめてはいますが、念のため病院に連れて行った方がいいと思いますが」


 ヘリコプターの残りの燃料で飛べる範囲で病院を要請する。


 これまでの奏空が要請するときと様子が違う。美桜が医師として診察を終えているし、搬送先まで付き添うことを知らせると、あっという間に話がまとまった。


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