4話
セミナーも終わり、会場の前もほとんど人が居なくなっている。
美桜はぽつんとホール前に立っていた。
結局、あの後に他のブースには回らなかった。あんなに強烈なメッセージを書いてこられては、他を聞いても無駄だと思った。
「山野さまですか?」
スタッフの男性が美桜に声をかけた。
「はい……」
「松木さまの代わりにお迎えにあがりました」
小声で言って美桜を促した。ついていくとあの二人が待っていた。
「ごめんなさいね。お時間大丈夫ですか?」
「はい」
「これから、夕食なんですけど、一緒に食べませんか?」
「えっと……」
「渚珠ちゃん、ちょっと唐突すぎ。もし、良かったら、私服になってからでもいいですし。その方がリラックスできるでしょ?」
彼女たち二人も私服だ。あの制服では確かに目立ってしまうだろう。
渚珠と凪紗の二人には、近くの公園で待っていてもらい、美桜は家に飛び込んだ。
「お帰り美桜。どうしたんだい?」
「ちょっと、事情は後で話すから、出かけて来る。ご飯も済ませてくるから」
驚く家族を残し、美桜はワンピースに着替えて再び家を飛び出した。
走って公園に着くと、二人は近所の子供たちと遊んでいた。
「そんな……」
今の自分から見れば、二人は雲の上にいる人たちだ。それが普通に地面にしゃがんで子供たちと笑っている。
あれでは、どこにでもいる近所のお姉さんだ。
「お待たせしました」
「あ、お帰りなさい。じゃあね、みんな早くおうちに帰るんだよぉ」
三人は手を振って公園を出た。
「お家の方大丈夫でした?」
「とにかく急いで出てきたので、訳が分からないと思います」
「なるほどねぇ」
選んだのは、美桜たちもよく行くカジュアルなファミリーレストランだった。
ここなら、女の子三人が話していても違和感がない。
「今日は驚かせてしまって、本当にごめんなさい」
最初に渚珠は自己紹介をして頭を下げた。
「あ、あの……」
「うん。わけわかんないよね。今日のパンフ持ってる?」
「あ、はいっ」
カバンはそのままで持ってきてしまったので、あの封筒はまだ入っていた。
「私たちの普段のお仕事って、正直同じことの繰り返し。時々ね、あんな事件があったりすると凄いことになっちゃうけど」
凪紗も苦笑する。これが、本当にあの二人なのか。特に渚珠は自分の命もかかっていたはずなのに。
「あの、このページは……」
最後のページに書かれた手書きのメッセージを開いた。
「これね……、わたしたち、ALICEポート全員で考えたんだよぉ」
「えっ?」
目を白黒させた美桜。やはりこれはただ事ではない。
食事をしながら、渚珠はことの真相を話し始めた。
「えっ……、私ってそんな凄いご先祖がいるんですか?」
「そう。そして、全ての条件が整っているのが、美桜さん、あなたなんだよぉ」
美桜の中で今度こそ全身に震えが走った。つまり、彼女たち二人は他でもない自分を迎えにきたのだと。
「で、でも、私はまだ正式にエントリー資格とか分からないし」
「今日、来てくれました。ブースの外からもずっと見ていてくれましたよね」
確かに、最初は普通に病院のブースを回ったし、彼女が美桜だと分かると、オファーをくれたところもあった。
しかし、あのブースを訪れたあと、美桜は外から何度も渚珠たちを見ていた。
「理由は分からないですけど、なんだか凄く安心できて、暖かくて……。初めて会ったのに、ずっと前から知っているような気がして……。ここに居たいって思ったから……」
「うんうん。そういうのってあるよねぇ」
「本当は、お二人とも凄い人だって分かってるのに、全然違って見えて……」
初めて会ったはずなのに、そう思わせない技術も当然あるが、きっと理由はそれだけではないはずだ。
「美桜さん」
凪紗は優しく彼女の名前を呼んだ。
「はい」
「合格です。是非、次のステップに来てください。あとの二人も待ってます」
「えっ?」
信じられない。これが面接だったというのか? それにしても、いわゆる面接の質問などはなく、雑談だけだったはず。
「今のお話しで十分ですよ。最終的には美桜さんにお任せします。でも、私たち二人は、一緒にあの制服を着て、この写真の隣に並んでくれる美桜さんがイメージ出来てます。一度、私たちのポートにいらしてください」
「……ありがとうございます」
結局、誘ったのだからと美桜の食事代まで持ってもらい、最後は家の前まで三人で歩いてきた。
「渚珠さんと凪沙さんはいつまでこちらにいるんですか?」
「うーん、凪沙ちゃんは明日の便。わたしは今週末かな。移民局とか、救助隊への講義とか入っちゃって」
苦笑いの渚珠。あの事故の余波がまだ残っているという。
当時の様子やその時の手法などを伝えていく仕事を任されているというから、やはりただ者ではない。
「わたしたちの連絡先、渡しておくね」
二人と別れて、美桜は家の扉を開けた。
「お帰り。何かいい話があったのか?」
家に帰って、リビングにぺたりと座り込んだ美桜。
「さっきの二人と友達になれたの?」
「同じくらいの子たちだったね、セミナーで知り合った子?」
とんでもないと、ブンブンと首を横に振った美桜。
「ううん、凄い人たちだよ」
「え?」
「ほら……、半年前の遭難事故でテレビで映っていた人たち。松木渚珠さんと広瀬凪沙さんの二人だよ」
家族三人は仰天した。そんな二人がなぜ娘と一緒に食事までしてきたのか。
美桜はあの封筒を取り出した。もちろん、あのメッセージが書かれた彼女だけの物だ。
「ここ……」
「えっ……、これって……? まさか美桜?」
恐らく、両親よりも柔軟に考えられそうな兄が妹の顔を見る。
「私が希望すれば……、ううん、是非来てくださいって」
「マジで?! 凄いじゃんか! 美桜があそこに?」
食事の時に聞いた、美桜が選ばれた理由を話す。
「あー、昔、婆さんからそんなことを聞いたことがあったかもな……」
「お父さん……?」
そんな重要なことを、忘れていたのかと。
だが、父親もそれ以上の詳しいことは知らなかった。
「それで、美桜の気持ちはどうなの?」
肝心なのはそこだ。目の前に道も出来た。開くことのないと言われた門も開いた。あとは彼女がそこに足を踏み出すかを決めることだ。
「今日、突然のことだからまだ分からない。すごく行きたい気持ちもあるし……でも……」
「まだ、答えは焦らなくていいんでしょ? ゆっくり決めなさい」
「うん」
悩んではいたものの、その日のうちに美桜の枕元にあるパッドにはアクトピアの資料や風景などが大量に集められていた。




