第二話 - 明日を考える夜
黄色の残光、ギルドの出口は軽い熱気に包まれている。
これが、今日最後のお見送りだ。
夕日を背に片手を上げた依頼者に向かい、私は頭を下げた。
「またのお越しをお待ちしております。」
疲労感と共にギルドの中に戻ると、簡易修理された木の扉を閉める。
そして全てから解放されたように近くの椅子に一度もたれ、ゆっくりと座った。
お昼の時、全員が知ってる嫌がらせ行為を報告し合ったら、私の考えた以上に近隣ギルドは私達を嫌いだった。
噂を流されたり、いちゃもんを付けられたりすることがものすごく増えている。
もう抗争状態と言っていいのかもしれない、借金をしてでも強い警備を雇うことになった。
数日間は知り合い冒険者のバルドさんを雇って、それから高給な衛兵と契約するって。
だから、せめて書類仕事は終わらせようと…頑張りすぎて疲れた。終わってないけど。
でもじっと見ていた書類の山の方で音がすることに気が付いた。
驚いて見に行くと、白髪の後輩スノル君が今月の集計を終わらせようとペンを走らせていた。
「日葵先輩、書類整理しておきました。あちらが急ぎなので、処理お願いします。」
ちょこんと、20枚程度の書類の束。
あれなら処理できそうだけどスノルが心配。
指差し確認、印だけ押して書類を纏めた。
そうしてスノルの隣の書類を見る。
山だ…肩を落として隣の席に着き、頭を抱えて一枚一枚捲って立ち向かった。
あと少ししたら食事、でも光魔法が必要になる前に、書類を片付けたかった。
スノル、やけに無理するから。
「先輩…暗くなったら明かりは僕が付けます。
ペンのインクは足りてますか。」
そっちこそ、年上のくせに後輩ヅラして。
後輩って呼ばれたいわけじゃないけど、"僕にとっては人生の先輩だ"なんて聞かない。
恥ずかしいのは身長でも負けてるからなんだけどね。
しなやかな羽木のペンを走らせ書類に記載していき、疑問点だけを管理人に引き継ぐ。
月末の集計はあと数日なのに6割も残っていた。
「うん、大丈夫。食事に行ってもいいよ。」
明日の外出もなくなったし、一人で片づけてしまおうと思った。
そんな私の前でスノルは書類を眺め続け、
私がジトッと見つめると彼はまた笑顔で言い訳。
「いえ、終わったら集計だけ任せてください!
単純作業は僕がします!」
もう、後で確認だけするからね!
「先輩、今日もよく頑張りましたね!」
気を使われてもどかしくて、顔を下に向ける。
そして再び紙が目に入り無心で捲っていたら…カチャン。
ギルドの内扉から光が漏れて、
ふわっと鼻に小麦と蒸気の香りが舞い込んだ。
アリッサちゃんはカウンターにドン!と二人分の食事を置いた。
今日もまた、終わりだ。
「日葵ちゃん?また食事抜きなの?スノルも真似しちゃうよ。」
いつも言い返せないから、これが仕事の終わりの時間だった。
「アリッサちゃん、食べる。
ほら、スノルも…急ぎの分は終わったし。」
回り込んで後輩の手を引き、書類からゆっくり引きはがす。
私も心だけ書類の前に残し、カウンターの内側に座った。
「すみません、アリッサさん。ただ無心で仕事をしてて。」
香ばしい小麦の匂い漂う差し入れられたのパン、それを思わず喉へ。
魔法で炙りたてのパンは、硬いけどサクサクして美味しい。
最近出してくれる植物の粉を溶かした水は
舌から頭にジンとくる苦さだけど、飲めば少し無茶できる。
飲み干すと、口直しにハーブティを入れてくれた。
喉がすっとして温まって、爽やかな香りが身に染みた。
ちょっと勿体無いけど、パンをつけると食べやすくて好きだ。
「どうしたんですか、そんなにカップの中を見て。
熱そうですか?」
その水面に映った私は、一年前より少し大人。
「うんん、ぼっとしてただけ!」
この国の遠く、私の家ではどんな時間が流れてるんだろう。
託した時に思いを馳せていただけ。
「このギルドをどんな国一番にすればいいか
分かんないの。大見得を切ったから。」
優しいなんて抽象的だから、
それが管理人に通じるか分からなかった。
思い浮べるとあったかいのに、現実は書類の山。
「毎日食事を抜かないギルドじゃないの?」
「日葵さんが作りたいギルドでいいじゃないですか。」
それぞれの意見と、最後のパンを浸して飲み込んだ…重い。
スノル君の背後で、重なった書類がぼんやり影を落とす。
私が目指したいギルドは、やっぱり優しいギルドしかない。
「私は千人力だから、後は任せて!」
若干短くなった服の裾を見ながら
腕に妖気を纏って、力こぶを作ってみせたけれど、しっくりこなかった。
「はい!食事終わり!続きは明日の朝!」
そのまま私の腕が引かれ、部屋から追い出されて
音を立てずに扉が閉まっていく。
でも扉がちゃんと閉まらなくて…
聞こえた言葉が気になって、そっと足を止めた。
「…って思ったの。」
「誰であろうと関係なしですからね。
僕だって最初は誤解してましたけど、
結局力が抜けちゃいましたから。」
「酷い事件だったね…
結局何人も逮捕されて。」
「だからこそ、僕も先輩から学んでます。
僕を救ってくれた、あのちょっと知的で我儘な姿を支えたいんです。」
いつの間にか涙が溢れる。
どうしてなのかはわからないけど、扉の前でただ立ち尽くす私に驚いた。
胸も少し痛む。でもそっとしておいた。一人になりたくなかったから。
そうしていると、私の肩が叩かれる。
振り返ると光媒体を持った管理人の姿が見えた。
「少し良いか?」
私は頷いて、食卓脇の小さな壁付けの机の前に座る。
「日葵、もう少し組織を意識してくれ。
お前がただ優しくすれば万事解決じゃないんだ。
無茶をすれば、周りはお前に優しくしないといけない。」
お昼の時のことかな、それともスノルの…
考えたところで、管理人が頷く。
その青い目は私の心を見透かしているみたいだった。
「いつもの先輩に相談してみればいいんじゃないか?
俺からだと重苦しくなるからな。」
私の制服、右腕に付けた銀の輪に目線を落とす。
この文脈だと、探索隊の紫苑さんの事だ。
「分かりました、相談してみます。
ありがとうございます。」
ゆっくり、頭を下げる。
そして寝支度をしてから3階の自室に向かった。
「今いい?紫苑さん?」
目を細めながら窓を閉じ、
右手首に手を当てて寝具に座る。
「日葵、少し声が暗いけど。」
「うん、疲れてて。ちょっとギルドの相談に乗って欲しくて。」
感じないふりしてたけど、巨漢を持ち上げたから
まるで手首の感覚が少し空白…鈍く痛い。
「分かったわ、情報共有と一緒に聞かせて。
今日、探索者から聞いた情報だけど…」
4つ上の頼れる先輩で本当に大切な友達。
そんな彼女に相談するのが、私の幸せの一つ。
…
討伐依頼の件、それにスノルの件。
それを紫苑さんに事細かく伝えた。
「その討伐依頼の件、間違っていないと思うわ。
ギルドマスター…管理人だったわね、
認めてくれたんでしょ?」
確かに、了解の上で方針は決めた。
「だから今回は特例。
良くないとすれば、余剰な人を雇えないギルド自体の問題よ。
職場が優しくないなら優しいギルドなんて絵空事ね。」
辛い仕事の中優しくなれるわけないというのはその通りだ。
もし余裕があったら…あの冒険者たちにももっと優しく出来たかもしれない。
例えば緊急依頼として請け負って、すぐに張り出していれば…
襲ってくることもなく、喜んで請け負ってくれたかも。
結局、すごく仕事を頑張るしかないんだ、何年かかっても。
「分かった、次からは考えてみるね。」
「こっちの仕事が終わったらギルドも手伝うから、一人で無茶しないでね。
私が出すから、一緒に服買いに行かない?」
紫苑さんの探索隊はこのギルドのほぼ専任。
誠実さが前提だけど、お互いの仕事を手伝い合う仲だ。
「お金なんていいよ、自分で買いたいんだもん。
いつか貯めたら、声を掛けるから。」
いつの間にか肩が柔らかい。
目を閉じたまま、ゆっくり背伸びした。
安心すると体が楽になるのって不思議。
こうして毎日、ちょっとずつ進んで行こう。
じゃあね…そう言いあって魔具への祈りをやめる。
寂しくて闇が渦巻いて見える。
近隣のギルド達は碌なもんじゃないってみんな言う。
けど、それでも、何処かで話し合いたい。
そうしたらこの渦も消えるのかな。
もう一つの枕を抱きしめて意識を落とした。
★気まぐれのイタズラ★
それは日葵が眠りについた後。
アリッサは半年前、日葵の給料の低さについて
聞いたた時のことを思い出す。
「管理人!」
日葵が外出している最中、旧ギルドで食事をしている時
に肩を叩いて問いかけた時のことだ。
「なんで日葵ちゃんは日給20クランなんですか!
私ですら30クランあるのに…」
勢いで問いかけたものの、いざ目を向けられると声が縮む。
怖い。
「それはな、貯金の為だ。」
「…え?」
「アイツは、あの少ない給料でも自ら依頼を受けて貯めに貯め、俺たちに肉を買ってきたことがある。
それに1万クランを受け取った時は、その大半を服に使った。」
「え、でも…服は二つしか持ってないですよ?」
みんなも気になっていたのか私と管理人のやりとりを見ていた。
次の言葉を待っていると、管理人が長い笑いを浮かべる。
「あの向日葵の服、一組で4000クラン以上したらしい。
…な?任せられないだろ?
だから昇給分は、全てこっそり貯金に回してあるのさ。
大丈夫そうだと判断したら、プレゼントで渡すつもりだ。」
その言葉にしばらく考え込んだ後、納得してうなづいた。
日葵ちゃんに今度奢ってあげようって思った。
元気の出る何か。
…
植物の粉を見ながら、想いに耽っていたら
眠くなった。
寝支度をして、朝早くに備えて布団を被った。
おやすみなさい。




