第37話 祐介の新しいシューズ
八月三十日、午前五時。潮崎市内を流れる加茂川の河川敷に、朝焼けが薄紅を差し始めた。
祐介は一人、川沿いの舗装路を淡々と走っていた。
足元には、父から届いた真新しいランニングシューズ。
黒地に白いラインが入り、見慣れないその靴が、自分の足に吸い付くように馴染んでいくのを、祐介は走るたびに確かめていた。
「……軽いな。こんなに違うんだな」
口に出したのは、誰に聞かせるでもない感想だった。
この道は、何度も走ってきた場所だ。思い悩んだ夜も、現実から逃げたくなった朝も。
けれど、今日だけは違っていた。
祐介は、父からのメッセージを思い返す。
──「お前が本気で変わろうとしてるなら、俺は止めない」
──「これは応援じゃない。ただの責任だ」
それでも、口調の硬さの裏に込められた何かが、祐介の胸にまだ静かに残っている。
「責任でも、十分だよ」
走るスピードを上げる。
足音が、リズムを刻むように心を整えていく。
工事の調整、資金の計算、メンバーとの連携。
冷静であることを求められ、失敗を許されない役割。
だが今、祐介はそれを「他人の役に立つ自分」として受け止められていた。
「あの日と違う。もう、戻らない」
遠い昔、何も言わずに父の前から去った自分。
だが今は、同じ足で、同じ目で、違う景色を見ている。
日が昇り始めた。
灯台へと続く東の空が、やわらかな橙に染まる。
祐介は深く息を吸い、しばらく立ち止まって、靴紐を結び直した。
「さあ、行こう」
自分を変えたこの場所から、もう一度、未来へ向かって走り出す。




