第35話 開発会社の撤退表明
八月二十五日、午後三時。潮崎市役所記者会見室の空気は、いつになく張り詰めていた。
スーツ姿の大城泰三がマイク前に立ち、一礼する。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。辰巳岬リゾート開発事業について、重要なご報告があります」
記者たちが一斉にノートとカメラを構える。
会場の後方、一般傍聴席には樹、理央、亮汰、志歩、祐介、亜梨沙の姿があった。六人は無言で、大城の一言一句に耳を澄ます。
「弊社は本日をもって、辰巳岬の開発計画から撤退することを正式に決定いたしました」
一瞬、ざわついた空気が記者たちの間に走る。
「理由は?」
記者が食い下がる。
「採算が合わないと判断しました。周辺の地価の上昇見込み、市との協議経過、そして……市民の反応を総合的に判断した結果です」
そう答えた大城は、ほんのわずかに目線を樹たちに送った。
祐介がそれに気づき、小さくうなずく。
「……あれはたぶん、敗北宣言じゃない。理解だ」
「遠回しだけど、ちゃんと認めたんだな」
亮汰がつぶやくように言い、志歩が「あんな顔、初めて見た」と小声でつぶやく。
大城の言葉に、会場は静まり返っていた。
やがて記者たちが「市の今後の方針は?」と声を上げ始める中、市長が壇上へ進んだ。
「辰巳岬は、灯台を含む文化的資源として市民と共に活用していきます。今後の改修については、今進められている市民主導の取り組みを支援する方針です」
その言葉に、理央の肩がわずかに震える。
「……勝った、って言っていいのかな」
「いや、まだだよ」樹が応える。「完成させて、ようやく勝ちだ」
空調の効いた記者会見室の外には、夏の終わりを知らせる蝉の声。
それでも、六人の胸の中には、小さな風が吹き始めていた。




