第32話 開口部のステンドガラス
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八月八日、朝九時。灯台内部のひんやりとした空気の中で、色とりどりの光が床に散らばっていた。
「うわ……これ、本当にうちの灯台か?」
亮汰が天井を仰いだまま、声を漏らす。
かつて漁火を照らした開口部には、地元の工芸家が手掛けたステンドグラスがはめ込まれていた。潮の流れと陽光をモチーフにした幾何学模様。青と金が交差し、まるで海底から見上げた空のように淡く、眩しかった。
「午前の光がちょうど差し込む角度になるって、設計士さんが言ってた」
理央はスマホのカメラを構えながら呟いた。「SNSで拡散されやすい構図」ではなく、「この灯台にしかない角度」を狙う姿勢だった。
亜梨沙は壁際で、慎重に作業工程チェックリストを広げていた。
「ガラス周辺の湿度と気温はOK。安全基準、再確認完了です」
「地味だけど、必要な工程だから助かる」
祐介がうなずく。彼も手元で工程表を更新し、次の作業へ備えていた。
「じゃあ、あたし、ちょっと……模倣じゃない構図、探してみる」
志歩がひとり、光の中へと歩き出した。
彼女の手にはスマホではなく、小さなスケッチブック。真っ白なページに、ゆっくりと鉛筆の線が走る。
「ステンドガラスの前で模倣やめるって、タイミング最高じゃん」
亮汰がひそかに感心していたが、それを口に出す前に、ふと黙った。
樹が、中央に立っていた。
陽を背にして、ステンドガラス越しの影を受け止めるその姿に、誰もが目を奪われた。
「灯台って……光を送るだけじゃなく、内側にも光を宿せるんだな」
ぽつりと漏れたその言葉に、誰もが呼吸を止めたようだった。
この灯台には、確かに今、六人の光が宿っていた。
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午後になると、ガラスの色合いは徐々に変化を見せはじめた。午前中は爽やかな青が支配していたが、今は黄色と橙が床を照らし、まるで夕暮れの予兆のようだ。
「光の演出、設計士さんに感謝しかないな」
祐介は足元の配線を確認しながら、そっと言った。「でも、それを実現させたのは、俺たちの執念かもな」
「……なにそれ、急に詩人?」
志歩がからかいながらも、ページをめくる。「でも、わかる。あたし、この色合い、ちゃんと残したい」
彼女のスケッチには、陽の粒が踊る灯台の内部が丁寧に描かれていた。模倣ではない、彼女自身の線だった。
「理央、どうだった? 写真撮れた?」
「数は撮れたけど……どう切り取るか、まだ悩んでる。ここの光は、生で見なきゃ伝わらない」
そう答えながらも、彼女は目元にわずかに笑みを浮かべていた。
「じゃあ動画の出番かな」
亮汰がカメラを構えた瞬間、背後で風が吹いた。わずかな振動が床を揺らし、天井のどこかでキィ、と釘が鳴る音がした。
「大丈夫、揺れじゃない。気圧のせい」
亜梨沙が即座に答える。慎重な観察眼が、誰よりも信頼されていた。
「このステンドグラスが入ったことで、灯台は“建物”じゃなくて、“物語の器”になった気がする」
そう言ったのは、樹だった。彼の言葉に、皆が静かにうなずいた。
光が落ちる。時間が進む。けれど、その光景を誰もが目に焼き付けようとした。
この日、辰巳岬灯台は、ただの再生ではなく、新しい魂を手に入れた。
そしてその光は、誰かの道を、また照らすはずだった。




