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潮崎灯台リライティング ―嫌われ公務員と五人のわがまま再建日誌―  作者: 乾為天女


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第27話_施工開始の日

 7月5日、午前6時。辰巳岬の空が、薄く朱を帯び始めた。

 冷たい海風が吹き抜ける灯台の敷地に、最初に到着したのは祐介だった。ヘルメットをかぶり、手には施工スケジュールが挟まれたバインダーを持っている。

 数分後、軽トラックが埃を巻き上げながら敷地に入ってきた。荷台には銀色の足場資材がぎっしりと積まれている。

 「おはようございまーす! 『渚工務店』です。さっそく組んでいきますよ!」

 運転席から顔を出したのは、屈強な中年男性だった。腕まくりした作業服の袖から、彫り物の一部がちらりと見えて、志歩なら絶対に食いついただろう。

 その後ろから、次々と作業員が到着してくる。手際よく資材が降ろされ、作業区域に赤と白のテープが張られていく。

 「ここが、僕たちのスタート地点になるんですね」

 声の主は、いつの間にか到着していた亜梨沙だった。

 手にはチェックリストと現場管理票。早朝にもかかわらず、スーツに近い端正な服装のままだ。

 「転倒リスク、養生材、立ち入り管理……」

 彼女は独りごとのように呟きながら、施工責任者の男性に頭を下げて丁寧に打ち合わせを始めた。

 やがて、亮汰と志歩も現場に現れる。亮汰は作業着の上に派手なバンダナを巻き、志歩はなぜかカメラを首から提げていた。

 「安全第一! 映えも大事!」

 と、亮汰がピースサインを送ると、志歩が撮影した。

 7時ちょうど。樹が現場に到着した。ヘルメットに作業靴。

 いつものスーツ姿とは違い、少しだけ戸惑いながらも、しっかりとした足取りで現場に入ってくる。

 「よく眠れた?」

 祐介が声をかけると、樹は苦笑した。

 「興奮して、2時間しか……でも、大丈夫。今、この足で灯台の前に立ててるから」

 理央もその後ろから現れた。クリップボードを小脇に抱え、赤ペンを口にくわえている。

 「チェック項目、22個。最初から全部潰していきましょう」

 工務店の号令がかかる。

 「じゃあ、足場いくよ! 下、支えて! 支柱、回して!」

 鉄骨の重みと金具の擦れる音が、灯台にこだまする。

 その音は、確かに前進の合図だった。

 午前中いっぱいで、灯台周囲に三段の足場が組まれた。古い白い外壁を覆うように、銀色のフレームが網の目を描いている。

 「すごいな……本当に、始まったんだな」

 亮汰がヘルメットを脱いで額の汗をぬぐいながら、眩しそうに足場を見上げた。

 「はじまってるわよ。だからこそ、気を抜かないで」

 理央が冷たく言いながら、足場の接合部に目をやった。

 亜梨沙は仮設トイレの設置状況や休憩所の安全基準を細かくチェックしていた。その姿はもはや会計担当というより、現場監督のようだった。

 「安全書類はバックアップもとってあるし、作業日誌も紙とデジタル両方でつけてます」

 祐介がタブレットを見せながら、工務店の担当者と確認を取っている。

 志歩はカメラを手に、現場の様子を記録しながら言った。

 「この足場の影、なんかアートっぽくない? これ、今だけの風景だよ」

 「じゃあ、それを記録しておこう」

 と、樹はスマートフォンを取り出して、灯台の全景を写した。組み上がった足場の隙間から、少しだけ灯台のレンズ部分が覗いている。

 その姿はまるで、繭の中で目覚めを待つ蛍のようだった。

 作業終了は午後3時。資材の一部を残して撤収が始まる。作業員たちは互いに声をかけあい、礼儀正しく現場を後にした。

 最後に残ったのは、いつもの六人。

 「さぁて、このまま白いペンキ塗っちゃう?」

 亮汰が冗談めかして言うと、理央が即答した。

 「まだ工程表の三割よ。はしゃぐのは、終わってから」

 「そうそう。けど……一歩、踏み出せたね」

 亜梨沙がほっとしたように言った。

 「いえ、一歩だけじゃないですよ。現場の安全確認、工程の開始、外壁の診断……今日は少なくとも六歩進みました」

 祐介が淡々と答え、思わず笑いがこぼれる。

 志歩は灯台にレンズを向けながら、ふと呟いた。

 「いつか、この場所が“灯台だった”じゃなくて、“灯台に行こう”って言われるようになるといいな」

 風が吹いた。

 その風に背中を押されるようにして、樹は灯台の扉に手をかけた。

 「行こう。この光を、消さないために」

 扉の向こうには、かつて仲間と夢を語った階段がある。

 足場を組み終えた今日という日は、間違いなく——

 再び灯りをともすための、第一歩だった。

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