第22話_クラファン撮影大作戦
6月22日、午前4時。
辰巳岬の岩場に、一人の男が立っていた。
「亮汰! 戻って! そこ滑るから!」
樹の叫びが早朝の潮風に消える。
だが、当の亮汰は耳に風を通すだけで、カメラを構えたまま岩に足をかけていた。
「大丈夫、大丈夫!ここからの画が“決め手”になるんだよ、ほら!」
彼の声に不安は微塵もない。
だがその瞬間、岩がぐらりと揺れた。
「おわっ――!」
派手な水しぶきとともに、亮汰の姿が視界から消える。
すぐさま樹が岸へ駆け寄った。
「亮汰!! 大丈夫か!?」
水面に浮かび上がった亮汰が、片手でカメラを掲げながら咳き込んだ。
「セ、セーフ……セーフ……っ! 録画、止まってない!」
「そこじゃないだろ!!」
全員の怒鳴り声が一斉に飛んだ。
岩陰から心配そうに見守っていた理央が、ため息をつきながら呟いた。
「……こんな無謀な撮影、うちの予算感覚からしたら、全然セーフじゃないんだけど」
志歩は苦笑いしながら、スマホでその一部始終を記録していた。
「でも、こういうのが“バズる”って言うんじゃない?」
「志歩、それ口にするの禁止令出てなかったっけ」
祐介が冷静にツッコミを入れた。
亜梨沙は岩場から安全距離を保ちながら、濡れた亮汰を見て言った。
「次からは、命綱か着ぐるみを用意するべきだと思う」
「なんで着ぐるみなんだよ……」
亮汰が岸へ這い上がりながら呻いた。
それでも、彼の手の中にあった防水カメラには、朝焼けに浮かぶ灯台と、自身がずぶ濡れで立ち上がる姿がしっかりと収められていた。
その映像は、後日編集されたプロモ動画の“締め”として採用されることになる。
タイトルは――「潮風と、濡れた希望。」
理央がそれを見て小さく呟いた。
「バカバカしい……でも、悪くないわね」
6人は、クラファン成功へ向け、最後の週を走り始める。
その日、灯台の前には三脚、カメラ、コードリール、スピーカー、そして段ボール製の照明リフレクター。全てが寄せ集めの道具であり、撮影クルーの正体はただの素人六人。
「日が昇る前に、冒頭の“夜明けカット”を撮りきるぞ!」
亮汰が再び指揮を取る。
びしょ濡れだった服は祐介の予備ジャージに着替え、髪だけタオルで巻かれていた。
「タイムラプスは任せて。インターバル30秒で、日の出まで200コマ撮るつもり」
志歩はスマホ三脚を灯台下に設置しながら、ちょっと誇らしげだった。
「手持ち素材も押さえるわね」
理央は冷静に補助カメラを回す。
「これで編集に詰まっても代替カットに困らない」
「そういうのって普通“保険”って言わない?」と亮汰が小声で言うと、理央は「“備え”と呼びなさい」と即答。
祐介はPCでプロジェクトフォルダを管理していた。
「フォルダ名は“FinalVer_v6.2_今度こそ”でいいな?」
「その“今度こそ”は絶対バグるやつ」と志歩が突っ込む。
一方で、亜梨沙は延長コードの結線を一つずつテープで留めていた。
「風でコードが抜けたら台無しだからね。あと足元、絶対引っかけないでよ」
「俺が言えた立場じゃないけど……慎重派がいて助かる」
亮汰が苦笑した。
午前4時半。
空が、うっすらと青に染まり始める。
「録画、スタート!」
亮汰の声に全員が静止する。
誰もが息を飲み、灯台の影がゆっくりと東から伸びていくのを見つめた。
“灯台を照らす光”ではなく、“灯台が受ける光”。
その静かな変化に、6人は立ち会っていた。
「……これ、使えるな」
亮汰が呟いた。
「“照らすんじゃなく、照らされることで立ち上がる”ってコンセプト、どう?」
「面白い。人もそうだもの」
理央が応じた。
「誰かに照らされて、初めて立ち上がれることもある」
「照らす側になるのは、そのあとかもな」
祐介の声は、朝の風と同じくらい静かだった。
「……エモい流れのとこ悪いけど、あたし蚊に3カ所刺された」
志歩が小さく呟く。
「叩くと音入るから我慢してたけど、さすがに限界」
「ごめん、そこは照らされても立ち上がれないな」
亮汰が笑い、撮影は無事終了となった。
数時間後――。
完成した動画はクラウドファンディングの最上段に設置された。
灯台の上で風に吹かれる樹のナレーションが静かに入る。
>「光は、いつも誰かに照らされていた。
>そして、今度は僕たちが、誰かの光になれるかもしれない――」
コメント欄には、少しずつ応援の声が増えていく。
《大学時代に潮崎でお世話になりました。応援します》
《祖父が灯台守だった者です。懐かしい光景に涙が出ました》
《こういう地域活動こそ“本物の地方創生”だと思います》
その日の夜、支援額は目標の65%に達した。
だが――まだ足りない。
残りは、あと35%。
締切まで、8日。
――彼らの挑戦は、まだ続いていた。




