第21話_資金不足、再び
6月20日夜、潮崎市・樹の実家倉庫。
机の上には、プロジェクターが投影する「目標金額200万円」のスライドが光っている。周囲には各自のノートパソコンや紙のスケッチ、スナップ写真が雑然と積まれていた。
「はい、これで仮タイトル五十案目。まだ出す?」
理央が腕を組み、赤ペンを唇に当てて問う。
「灯台に灯りを。シンプルだけど、ありじゃない?」
志歩がポストカードサイズのラフスケッチを見せながら言う。
「“潮崎の未来に、光をもう一度”とかも候補にはあるけど、どっちが想い伝わるかなあ」
亮汰がカメラを手に、資料用の画像を撮りながら口を挟んだ。
「どちらも悪くない。けど、見た人が“自分ごと”と思える言葉のほうがいい」
祐介が冷静に言い、手元のタブレットにメモを加える。
「“ふるさと納税にもつながるかも”って感じの方向性も、アリだと思うの」
亜梨沙が慎重に意見を加えると、樹は手帳に走り書きをしながら呟いた。
「……“海と街と、灯台と”。この街を思い出すキーワードが、ひとつでも残るようにしたい」
作業の手を止め、六人が一瞬顔を見合わせる。
そこに、夜風に乗って潮の匂いが吹き込んできた。窓の外では、港の赤灯台が小さな瞬きを繰り返している。
「動画の構成は、冒頭に“灯台の今”の映像を入れる。それで“取り壊し間近”という状況を見せる。
そのあとに、私たちの取り組みや活動のシーン。最後は、夜明けの空と灯台の全景で締める」
亮汰がホワイトボードに書いた絵コンテに沿って説明を加える。
「ナレーションは……樹にやってもらおうか」
「えっ、俺!?」
「中学の放送部、元部長だろ?しかも、提案したのはお前なんだし」
苦笑するしかない樹を見て、理央が補足する。
「冷たいようだけど、やっぱり“本人の言葉”は一番響くのよ。整った美辞麗句より、あなたの率直な声が」
「うん……やってみるよ」
樹は深く頷いた。
そして、その瞬間。全員の視線が集まった一枚の画像へと重なった。
それは、夕暮れの中に立つ辰巳岬灯台のシルエット――。
クラウドファンディングの戦いが、今、静かに始まろうとしていた。
翌朝、6月21日午前5時。
辰巳岬の高台に、三脚とカメラ、そしてマイク機材が並んでいた。
「……やっぱり、朝の光は、全然違う」
ファインダーを覗いた亮汰が、いつになく真剣な声でつぶやいた。
薄明の空。
水平線がゆるやかに染まり始め、灯台の白い壁が静かに朝日を待っている。
「はい、樹、マイクもう一回調整入るよ」
「緊張してきた……」
「大丈夫。言葉は台本じゃなくて、さっきの“あの声”でいこう」
志歩がスマホで録音を確認しながら、小さく笑った。
録音担当の祐介はケーブルを地面に這わせ、風音を拾わないよう細かくチェックしていた。
亜梨沙は一歩後ろで、その様子を紙のメモに記録している。けれど、眉間のシワはなかなか消えなかった。
「亜梨沙さん、緊張してる?」
志歩が背後から小声で聞いた。
「うん……見てるだけなのに、胃がきゅうってなる。あんなに不安な資金の管理とかしてるのに、ネットの仕組みとか、私の中では未知の世界すぎて……」
「ねえ、でも、あなたが“怖い”って言いながら一番早くメモ取ってるじゃん。それって、変わろうとしてる証拠だと思う」
志歩の言葉に、亜梨沙は目を丸くした。
「……それ、ほんとに思ってる?」
「うん。あたし、いつも誰かの真似ばっかしてきたからさ。自分の“最初の一歩”を踏み出せる人が、羨ましいの」
亜梨沙は、はにかむように笑った。
そのとき、亮汰の声が響いた。
「よし、いくぞー!樹、録音入る!」
マイクの赤ランプが灯る。
潮風が一瞬だけ止まり、海と空とが混じり合う、その狭間に――樹の声が静かに流れた。
「――僕たちは、ここで約束した。
灯台を、街の光に変えるって。
過去を照らしたこの場所を、未来を照らす場所に変えたい。
そのための一歩を、今、みんなで踏み出しています」
彼の声は決して上手くはない。けれど、その言葉の端々に宿る覚悟が、誰にも届いた。
「……カット。今の、使える」
亮汰が笑顔で親指を立てる。
祐介も静かに頷き、データを保存する操作を始めた。
「ふぅ……終わった……」
マイクを外した樹が、安堵のため息を漏らした瞬間。
「ねえ、それ、エンドロールに樹の後ろ姿も入れようよ。灯台の前でさ」
志歩が即興でスマホを構えた。
「え、背中って……」
「かっこよく映るかは保証しないけど、絵になるから!」
日の出直後の柔らかな光が、灯台と、そこに立つ仲間たちを照らしていた。
「これで、材料は全部揃ったね」
理央の声に、全員が頷いた。
「次は、公開。期限は10日後の月末」
「集めよう、みんなの思いと、お金」
目標は200万円――。
潮崎の小さな岬から放たれた、その挑戦は静かにネットの海へと漕ぎ出した。
6月22日午後10時。クラウドファンディングのページが公開された。
樹の声と夜明けの灯台が重なる動画。
「この場所に、未来の光を」というタイトルと共に、SNS拡散ボタン、支援ボタン、残り日数「8日」のカウントダウンが並ぶ。
公開から5分。すでに10件の“いいね”と、3件の支援が入った。
だが――。
「……コメント欄、荒れ始めてる」
理央の声が、低く、そして冷静に響いた。
「“ただの自己満足”“街の利益にならない”……あと、“灯台よりリゾートのほうが雇用が生まれる”とか」
志歩がスクロールしながら読み上げる。
「否定的意見も出るとは思ってた。でもこれは……」
祐介の眉がぴくりと動いた。
樹は唇を噛んだ。
「俺たち、やっぱり……間違ってるのかな」
そのとき、理央が椅子を引いて立ち上がる。
「樹、ナレーションで何て言った?」
「……“過去を照らしたこの場所を、未来を照らす場所に変えたい”」
「なら、その未来を信じなさい。批判は来る。けど、数字で返すの。感情に感情でぶつけたら、同じ土俵に落ちるわ」
理央はキーボードを叩き、返信欄に文章を打ち始めた。
> ご意見ありがとうございます。
> 灯台の保存は“雇用を生まない”とご指摘がありましたが、図書館としての再利用により、雇用2名の確保、地元高校との連携によるインターン導入も計画中です。
> 税負担は全て寄付および民間資金で行います。詳細は下記PDFをご参照ください。
> ご懸念、真摯に受け止めて今後の改善に活かします。
「……すご」
志歩がぽかんとした表情で呟く。
「本気で反論するなら、敬意を忘れないこと。論点は“対立”じゃなく、“共通点”を探ること。たとえ相手が見てなくても」
理央は言葉を打ち終え、再び席に着いた。
「理央の赤ペン、ネットでも強いな」
亮汰が苦笑混じりに言った。
「それ、誉めてるなら、いいけど」
「めっちゃ誉めてる!」
空気が、少し和らいだ。
その夜、亜梨沙のもとに一本のメッセージが届いた。
《高校時代の同級生です。クラファン、すごいね。少額だけど協力させて》
添付された振込明細には、「支援:5000円」の文字。
「……これ、私宛じゃないけど、私も動いてよかったんだ」
亜梨沙は目頭を押さえた。
祐介のスマホにも、一通の返信が届いた。
父からだ。
《見た。がんばれ》
わずか七文字のその文面に、彼は静かに拳を握った。
――初日の支援額は、13万2000円。
決して華々しくはないスタートだった。
だが、確かに“波”は生まれた。
灯台の光は、海の向こうへ届き始めている。




