第18話_説明会当日、熱気と動揺
6月5日水曜日、午後6時。
潮崎市立公民館・多目的室の会場には、定員を上回る人々が集まっていた。
高齢の夫婦、学生服の女子二人組、スーツ姿の男性たち、そして地元の商店主たち。全員が、それぞれの思惑を胸に椅子に座っていた。
「……予想よりずっと多い」
受付係の亜梨沙が、配布資料の追加印刷分を抱えながら呟く。
「外、立ち見も出てるよ。嬉しい悲鳴ってやつだな」
亮汰が軽く笑ったが、その目も真剣だった。
司会席に立った理央は、マイクを手に軽く深呼吸する。
「皆さま、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。これより『辰巳岬灯台・地域再生構想』説明会を開催いたします」
第一声で会場が静まる。
祐介がPCのスライドを操作し、最初の画面「プロジェクト概要」が投影される。
登壇したのは樹だった。スーツ姿で、背筋を伸ばし、少しだけ声に緊張が滲んでいる。
「私たちは、この灯台を地域の光として再生する取り組みを進めております――」
言葉はひとつずつ丁寧に、しかし確かに届いていた。
スライドが進み、修繕工事の計画や許認可の進捗が示される。
そして資金計画の説明に入ったところで――
「――質問、いいか?」
会場の中央付近で手を挙げたのは、スーツ姿の男。
リゾート開発会社・大城の姿だった。
「今、話された改修費の一部が“市の補助対象”とあるが、現状その承認は未確定と聞いている。未承認のまま説明するのは、市民を誤解させる行為ではないか?」
ざわつく会場。
樹が口を開こうとしたが、一瞬言葉に詰まる。
「補助申請はすでに受理されており、審査中です。確定ではありませんが、その可能性も含めて説明しております」
割って入ったのは理央だった。
「……それに、万が一通らなかった場合の代替案もご用意しております。詳しくは次のスライドをご覧ください」
場が静まり、次のページに切り替わる。
そこには、クラウドファンディングや寄付金、地元企業からの協賛金プランが明記されていた。
「……こちらは、協賛予定の地元企業数と想定寄付額の一覧です」
理央の声は落ち着いていた。
その背後で、祐介が手元の操作で該当スライドを映し出す。
具体的な数値が並び、説明は事実と可能性の線上で進められていた。
「とはいえ、補助金が通らないことを前提にした計画で、市民の安全や利便性は保たれるのか?」
またも大城が問いかける。
張り詰めた空気の中――
「ちょっと、いいっすか?」
亮汰が手を挙げて立ち上がった。
会場がざわつく中、マイクを持って一歩前に出る。
「俺、地元で映像とかイベントの仕事やってて、ここに関わってるんすけど……正直に言います。最初は、この計画、無理だと思ってました」
「……」
「でもね、灯台の中、見たことあります? めっちゃ暗くてボロボロで……それでも、あそこから見る海は、最高なんです」
会場の一部がざわめき、笑いが漏れる。
亮汰はマイクを握ったまま、ややぶっきらぼうに続けた。
「そんで、俺たちがやってるのは、そんないい場所を“残したい”ってことっす。誰かのために。将来のために。もしそれが無駄だって言われたら、悔しいけど……やっぱ、やめません」
拍手が起こった。
彼の無謀な語り口が、場の硬さを溶かした。
「亮汰……」
志歩が驚きの声を漏らし、樹もまた、微笑を浮かべる。
理央がその流れを引き継ぐように、資料の補足を続ける。
「本日は、さまざまなご意見をいただけたことに感謝しております。この計画は、挑戦です。しかし、挑戦には準備が必要です」
そして、最後のスライドが映し出された。
〈2026年 春 灯台オープン予定〉
〈地域と未来をつなぐ光へ〉
説明が終わると、司会席へ戻った理央が深く頭を下げた。
「本日は誠にありがとうございました」
拍手が鳴り響く。
大城は無言のまま腕を組み、会場を後にする。
その背に、亜梨沙が静かに言った。
「怖くないわ。慎重に進めてるから」
夜。全員で会場を片づける手を止め、樹が一言。
「……ありがとう。今日、俺ひとりだったら絶対持たなかった」
「バカね。ひとりでやろうとしてたの、あんたでしょ」
理央が皮肉を言いつつ、淡く笑った。




