第17話_市民説明会の準備
6月1日、土曜日。潮崎市立公民館の多目的室には、長机が並べられ、白い蛍光灯がまぶしく点いていた。
説明会はまだ数日先だが、準備はこの日から本格化する。
「この部屋に40人入るとして、机の配置は“田”字型が理想だな」
祐介がノートPCを開き、スライドショーの最終調整を進めながらつぶやく。
彼のスライドは情報が簡潔で、数字も図表化されており、誰にでも伝わる構成だった。
「BGMとか、要る?」
亮汰が軽くふざけながら言ったが、志歩が即座に返した。
「いらない。行政説明会に音楽は逆効果。あと、映像は5分以内。ダレるから」
志歩は以前、商業施設でのプレゼンイベントを担当した経験がある。
彼女の持ってきた“質問想定集”は、ネットで拾ったQ&Aフォーマットの応用版で、ところどころにバーでの接客用語が混じっているのが玉に瑕だった。
「この“開発会社の方が経済効果があるのでは?”って質問、絶対来るよね」
「来るな。回答例は?」
「“即効性の利益と、持続可能性の価値は別軸です”……って返すのはどう?」
「良い。でも、それだと抽象的すぎる。数字を入れる」
理央が印刷中の資料を手に、静かに言った。
「例えば、“灯台を活用した地域交流施設は5年で来館者2万人、地域商業との連携で売上ベース400万円上昇の見込み”……って数字を添えるの」
「理央さん、冴えてるな……」
志歩が舌を巻く。
机の端では、亜梨沙が印刷した資料を丁寧にホチキス留めしていた。
1部15枚の資料を50部。失敗できない作業だ。
「……あれ?この紙、裏が逆よ?」
「あっ」
亮汰が静かに首をすくめた。
「もー……任せておけないわね」
亜梨沙はため息をつきつつも、手を止めずに差し替えを進める。慎重だが速い。
「さて、次はリハーサルね」
理央が、全員を見回す。
説明役は樹と祐介。映像と補足資料を亮汰と志歩。受付と記録を亜梨沙。そして進行司会は――
「……私がやるわ」
理央が、当然のように手を挙げた。
「じゃあ始めましょう。私は司会役で進行するから、皆は本番通りにね」
理央の指示で、即席リハーサルが始まった。
祐介はプロジェクターの前に立ち、レーザーポインターを片手に口を開く。
「この灯台は、昭和初期に建設され、文化的価値と地域性を兼ね備えています……」
低めのトーンで淡々と話しつつ、緊張がにじんでいた。
「もうちょっと、抑揚つけてもいいかも」
志歩が小声でつぶやくと、隣の亮汰が「よっしゃ任せろ」とばかりにカメラを手に撮影を始める。
「動画素材にもなるし、表情チェックにもなる。ほら、祐介、今のところ笑顔ゼロ!」
「緊張してんだよ……!」
資料の画面が切り替わると、亮汰制作の映像が流れ出した。
灯台の美しい外観、内部の階段、かつての灯りが照らした夜の海。
その映像に、亜梨沙が差し出す台本をめくりながら、タイミングを合わせる。
「映像の尺、あと7秒削った方がいいかも。途中、間が空いて説明が被る」
「了解」
亮汰が素早く編集メモを取る。
そんな中、志歩が司会役の理央に冗談めかして声をかけた。
「理央ちゃん、今の口調だと“市職員感”ありすぎ。ちょっと柔らかくしてみたら?」
「じゃあ、“本日はお越しいただき、ありがとうございます”のあとに、“お足元の悪い中……”とか添える?」
「いや、それ、雨降ってないと使えないやつ」
思わず笑いが漏れ、張り詰めていた空気が和らぐ。
皆の表情に、いつしか一体感が生まれていた。
その夜。
自宅に戻った祐介は、録画した自分のプレゼン映像をもう一度見返していた。
「……ここで目線が下がるな」
「ここ、噛んでる」
独りごとをつぶやきながら、何度も再生と停止を繰り返す。
「人前に立つの、苦手だったな」
それでも、やると決めた。変わるために。
翌朝、理央のスマホにメッセージが届いた。
〈祐介です。スライド、修正完了。今夜もう一度通しでやろう。よろしく〉
返信を打ち終えた理央は、少しだけ目を細めた。
「――いいチームになってきたわね」




