第16話_許認可申請書の山
5月25日、土曜日の午後。
潮崎市郊外、築40年の文化住宅の一室に、紙の束が広げられていた。
「……これは、想像以上に“山”ね」
理央がぼそっと呟く。
テーブルの上には、灯台改修に必要な各種の申請用紙、確認届、補助金申請書、景観条例との整合資料などが、分厚いファイルになって積み上がっている。
「これでも厳選して持ってきた分よ。市の都市計画課と景観審査会、文化財課、それに海保と県の建築指導課。灯台が“構造物”としても“文化資産”としても扱われるから……ま、そうなるよね」
亜梨沙が、すでに3本目のシャープペンシルの芯を交換しながら言う。
彼女の目の前には、年代物の紙製台帳と、色分けされたボールペンが整然と並んでいた。
「これ、全部手書きなんだな……。正直、なめてた」
祐介が頭をかきながら、A3サイズの「用途変更届」の記入欄をにらみつけている。
「しかも、“市民図書館兼交流施設”って前例がないから、どの分類に落とし込むかも審査対象なのよ。だから――」
「“最も指摘が入りそうな項目を先回りして潰す”んだろ?」
理央が答えると、亜梨沙は満足そうに頷いた。
「理央ちゃん、ほんと頼りになるわ。赤ペン入れてくれるだけで安心する」
その頃、倉庫で保管していた写真資料を取りに行っていた亮汰が、大量の封筒を抱えて戻ってきた。
「これ、提出先ごとの封筒セット。あと、切手と印紙と……なんか“風呂敷”ってメモあったけど?」
「“折れ防止用”にA3を包むやつ。行政には“気配り”も添付書類なの」
理央の言葉に、亮汰は「まじかよ……」と笑う。
夜になり、部屋の電気だけでは手元が暗くなってきたため、祐介が持ってきたLEDライトが登場。まるで書類の戦場だ。
「ねえ、これ“夜明けまでに仕上げる”ってスケジュール、冷静に無茶よ?」
志歩が笑いながらコピー機の前で紙詰まりと格闘していた。
「でもやるんでしょ?」と返したのは、樹だった。
彼は黙って部屋の隅で書類分類と資料チェックに徹していたが、静かに言い切った。
「俺たちがこの手で灯台を守るって決めた以上、この紙の山も越えていかないと」
時刻は午前2時を回っていた。
六人は交代でコーヒーを淹れ、黙々と鉛筆を走らせ続けていた。
「祐介、これ最終チェック頼む」
「了解。……あ、ここの記入者欄、“氏名”が抜けてる」
「くぅ、最後の最後で!」
亮汰が書き直しの紙を取りに走る。
志歩は途中で眠気に負けてソファで横になったが、スマホの画面は灯台の古写真を映したままだった。
「この写真、もう一枚添えたら?」
亜梨沙が指差す。
「昭和43年の文化財登録時。灯台の文化的価値を訴える資料として、強い根拠になるわ」
「入れよう。あと、図書館構想のページも英訳つけて。海外観光客への開放可能性も含めておく」
理央の言葉に、祐介が頷く。
「その一文で、観光課との整合性もクリアになる。理にかなってる」
午前4時すぎ。
コピー、押印、封入。すべての作業を終えた封筒がテーブルの上に整然と並んだ。
「よし……!」
祐介が息をつきながら、最後の一枚をファイルに綴じる。
「……やったね」
理央が赤ペンを置いた。紙に散らばった修正指示は、細部まで届く証そのものだった。
「ふふ……意外と嫌いじゃない、この感じ」
彼女のつぶやきに、樹はそっと言った。
「ありがとう、みんな」
その瞬間、窓の外がほんのりと白んできていた。
夜明け前の静けさの中、全員の顔にわずかな達成感と疲労が混ざった笑みが浮かぶ。
「……朝イチで提出、誰が行く?」
「え、そりゃ当然――」
全員の視線が同時に、亮汰を見た。
「えぇ!? 俺!?」
「だって一番元気そうだし。あと、間違って提出先でライブ始めたりしなければ」
志歩の皮肉に、全員が吹き出した。
小さな笑いの中で、ひとつの山を越えた実感が静かに積もっていく。
許認可の壁は高くて分厚い。
それでも、自分たちで超えてみせる。
その覚悟は、夜明けとともにさらに強まっていた。




