第14話_海辺の夜釣り作戦会議
5月15日、水曜日の深夜0時過ぎ。
潮崎港の突堤に、小さな明かりが灯っていた。
防波堤の先端に設置された街灯がぼんやりと周囲を照らし、その下で、亮汰が釣竿を振っていた。
ウィンドブレーカーのフードをかぶり、鼻歌まじりに糸を垂らしている。
「ねえ、それ釣れるの?」
志歩が横からスマホを覗き込みながら言った。
「さっきからぜんぜん引いてない気がするけど」
「それがな、さっきまでアジが3匹釣れたんだわ。おまけに一匹は、やけにいいサイズ」
亮汰が誇らしげにクーラーボックスを開ける。銀色に光る魚が3尾、静かに氷の中で眠っていた。
「おー、本当に釣れてる。じゃあこの会議、正真正銘“夜釣り作戦会議”ってことになるね」
志歩はスマホを構え、クーラーボックスと亮汰を一緒に撮影する。
「タイトル:『深夜の堤防、アジと未来を釣り上げろ』って感じ?」
そこへ、小さな足音が近づいてきた。
「そのネーミングセンスはさておき、魚は焼けるのか?」
祐介が手にアウトドア用の折り畳みコンロをぶら下げてやってきた。
「お、来たな料理長」
亮汰が笑って手を振る。
やがて防波堤の先に、簡易シートとバーナーが展開される。
塩を振られたアジが、じゅうっと音を立てて焼かれていく。
その匂いが、夜の潮風に乗ってゆっくりと広がった。
「……で、今日は何を決める?」
祐介が工程表を広げる。
「灯台周辺の現地調査は終わった。次に必要なのは、実測用の測量依頼。
それと、クラファンに向けた動画コンテンツの整理と撮影スケジュール」
「うーん、実務っぽい。でも面白くないと人は動かないよ?」
志歩がスマホを操作しながら、撮り溜めた写真をぱらぱらと表示する。
「この前のフリマの写真、光の入り方がよくて。次の素材には“月明かりと海面”を入れたいんだよね」
「なるほど……模倣癖、こういうときに役立つな」
祐介が頷く。
「じゃあ、タイムラプスで“夜から朝へ”を狙ってみるのは?」
亮汰が無謀な提案を口にする。
「俺が堤防の端まで行って、夜明けまでカメラ回す。もちろん、寝ずに」
「無謀だけど、意義はあるわね」
志歩が笑う。
「夜明けの灯台と海。これ以上に“再生”の象徴になる素材、ある?」
祐介も静かに加勢した。
風が一段と強くなり、防波堤の波がざざっと足元に近づいた。
それでも、彼らは火を囲んで魚を焼き、未来の光を想像していた。
「タイムラプスは朝焼けの角度がカギになるから……」
祐介はスマホで日出の時刻と方角を確認しながら、紙の地図に印をつける。
「このあたりだな。灯台の南東。灯台の影にならず、海面がひらけてる場所」
「じゃあ私、前日までに構図の練習しておく」
志歩がスマホを構えたまま、海面の反射を模写し始める。
「で、映像にナレーションは入れるの?」
「それ、樹がやるんじゃね?」
亮汰が魚の骨を口から抜きながら言った。
「本気で伝えたい想いがあるのはあいつだし。
“灯台の再生は、俺たちの再生でもある”。そういう言葉、樹の声で言えば、きっと届く」
「……確かに」
祐介がしみじみと頷いた。
「最近の樹は、無様なほど真正面からぶつかってる。あいつの言葉を偽りと受け取る人はいないだろうな」
「じゃ、決まりね」
志歩がコンロの火を落とし、片付けを始める。
「夜明けを狙う撮影、ナレーション原稿は樹、構図は私、スケジュール調整と道具手配は祐介。
亮汰はまた無謀な役回り、お願いするわ」
「望むところだっての」
亮汰は嬉しそうに笑う。
風が少し冷たくなった。
夜が深くなるにつれ、空がいよいよ澄んでいく。
志歩がふと、スマホを海に向けて掲げた。
「この光……似てる。懐かしい夜に」
「中学の放送室?」
祐介が問いかける。
「うん。窓の外に海が見えたあの頃。真っ暗な画面に、小さな光を重ねていった日々。
……また、始めてるのかもね、私たち」
誰も返事はしなかったが、その静けさは、肯定の気配に満ちていた。
その夜、潮崎の海辺には、静かな覚悟と希望の光が揺れていた。




