第13話_批判と自省の雨
5月12日、日曜日の夜。
潮崎の空は、朝から重たい雲に覆われていた。
その雲が本格的に涙を流し始めたのは、午後8時。
激しい雨音が、理央のワンルームマンションの窓を叩いていた。
部屋の中では、LEDライトだけが静かに照らす。
テーブルの上には、印刷された数枚の資料。灯台の修復工程案。資金計画。クラウドファンディング候補サイトの一覧……。
そしてその対面に、樹がいた。
座った姿勢のまま、背筋をピンと伸ばし、理央の言葉を待っていた。
「……このままじゃ、失敗するわよ」
理央の第一声は、容赦なかった。
「工程案はざっくりすぎ。“誰が”“いつ”“何を”の指定が曖昧。施工とPRが同時進行になる週が3つもある。つまり、やる側の負担を把握できてない」
「……はい」
「資金計画。クラファン頼みになるのはやむを得ないけど、最初に“目標額”が決まってない時点で説得力がないわ。“とにかく必要なんです”って言い方じゃ、他人は動かない」
「……はい」
「“気持ち”で押すしかないって、そう思ってない?」
「思ってる。……だから今、話してるんだと思う」
そう言って樹は、静かに目を閉じた。
少しだけ、深呼吸を挟んで、もう一度理央の方を見る。
「俺、自分の未熟さも、中途半端さも分かってるつもりだ。
でも、“灯台を守りたい”って気持ちは、曖昧じゃない」
「……それは、聞き飽きた」
理央はため息まじりに言った。
「あなたは、“反省”の言葉だけは上手。でも、次に出す資料はいつも同じところで破綻してる。
自己満足で“進んだつもり”になって、私たちの時間を浪費してるって自覚、ある?」
それは、容赦のない直球だった。
だが、樹は逃げなかった。
「ある」
と、力強く言った。
「理央、俺、今回のことで、たぶんもう一生分の“自分反省”してる。でも、それでも踏み出さなきゃいけないって思った。
嫌われてもいい。無能って言われてもいい。……でも、絶対に灯台は残したい」
理央はしばらく、沈黙したまま窓の外に目を向けた。
カーテンの隙間から見える街灯が、雨粒に滲んでゆれる。
部屋に響くのは、ただひたすら規則的な雨音だけだった。
「……その言葉、三年前にも聞いた」
理央の声は低く、乾いていた。
「“嫌われてもやりたいことがある”。そう言って、あの時もあなたは私たちの前から姿を消した。
都合の悪い現実を“覚悟”って言葉でごまかして、孤立して、自分だけで進もうとした」
樹は言葉を飲み込んだ。
かつての自分の未熟さが、またこの部屋で突きつけられていた。
「でも」
理央が立ち上がり、ファイルを閉じた。
「今回は違う。あなたは逃げてない。反省しながらも、こうして向き合い続けてる。
だから、今度こそ、私もやる。最後までね」
そのまま台所へ向かい、冷蔵庫から炭酸水を取り出す。
無言のまま樹に1本を差し出した。
「乾杯ってほどじゃないけど……“雨の夜の、怒鳴り合い未満”にはちょうどいいでしょ」
「……ありがとう」
微かに笑って、樹はその缶を受け取った。
「で、次はこの工程表ね」
「え、もう次の指摘入るの?」
「当たり前。覚悟決めたって言ったのはそっちでしょ」
理央の指は、赤ペンを握りしめていた。
その線はまっすぐに、未来を指し示していた。




