第12話_開発会社・大城の登場
5月10日、金曜日。午後4時15分。
潮崎市議会のロビーは、夕方とは思えぬざわつきを見せていた。
スーツ姿の男たちが複数、資料の束を手に慌ただしく議員控室に出入りしている。
その中央に、どっしりと構える一人の男がいた。
大城玄人。
西海リゾート開発株式会社の代表取締役。
その名が市議会に現れたという情報は、瞬く間に行政関係者の耳へと届いていた。
──そして、それを偶然にも目撃したのが、樹だった。
「……あの人、開発会社の……」
市役所側から市議会ロビーに資料を届けに来た樹は、ガラス越しに大城の姿を見つけて立ち止まる。
薄く笑いながら議員たちに資料を配る大城。
その背後には、「辰巳岬統合開発基本案」と書かれた分厚い提案書が重ねられている。
「統合開発……灯台まで、含まれてるってことか」
息をのんだまま動けないでいると、大城がふとこちらに気づいた。
にこりと笑う。が、その笑みに敵意も威圧もなかった。
むしろ、“事務的な歓迎”のようにさえ見えた。
「おや、ご関係の方かな?」
樹は一瞬遅れて、頭を下げる。
「……市役所の地域振興課です。資料の回収に」
「それはご苦労さま。これから潮崎の未来を話すところですから、お互いがんばりましょう」
軽い調子でそう言い残し、大城はロビーの奥へと消えていった。
樹は拳を強く握りしめた。
“彼らは本気だ。この街に“余白”なんて見ていない”
このままでは、灯台が“観光リゾート施設”の一部に変わる未来が待っているかもしれない。
その夜、樹は倉庫に仲間を集めた。
ロビーで見たすべてを言葉にして伝えたあと、静かに言った。
「これで、俺たちの“敵”が見えた」
倉庫の空気は、いつになく重かった。
亮汰が足を投げ出して座り込み、志歩は腕を組んで無言。祐介は白紙のメモ用紙を見つめたまま、動かない。
亜梨沙だけが、静かに口を開いた。
「……“統合開発”ってことは、あの灯台も解体予定に入ってると見ていいわね」
「うん、間違いなく」
樹が頷く。
「市長が“6月末までに具体案を出せ”って言ってたのも、あの提案書との比較材料を出させる意図があったのかも」
祐介が静かに補足した。
「つまり俺たち、競争の土俵に正式に乗ったわけだ」
亮汰がぼそりと呟いた。
「……俺たちの企画、見せもんになってるってことかよ」
「違う。勝負になってるってこと」
理央が即座に切り返した。
「リゾート案には雇用と観光の波及効果がある。けど、文化継承とか市民主体って観点は弱い。そこが私たちの勝機」
「数字で勝てなくても、文脈で勝てる部分を明示するってことか」
祐介が表を描きはじめる。
「この状況、むしろチャンス。冷静に攻めましょう」
理央の声には一点の揺らぎもなかった。
樹はそんな彼女たちを見回して、思わず微笑む。
「……敵がはっきり見えるって、案外ありがたいことなのかもな」
「その代わり、甘い夢だけじゃ勝てないわよ」
理央が鋭く釘を刺す。
「“嫌われても信念を貫く”ってのが、今、試されてる」
「望むところだ」
と、樹はまっすぐに言った。
雨の音が、倉庫のトタン屋根を静かに叩いていた。
戦いの幕は、静かに、確実に上がった。




