第11話_雨天キャンセルの穴埋め策
5月6日、振替休日の月曜。午前9時。
潮崎市の空は、どこまでもどんよりと曇っていた。
天気予報では昼から雨。だが、それは予報ではなく、事実としてすでにポツリポツリと落ちてきていた。
海浜公園に立ったまま、傘を差した樹は、スマホを見つめながら頭を抱えていた。
「……中止か。どうする、今日のバザー……」
ゴールデンウイーク後半のもう1回分、準備していた古本と物販。
週末の集客を見込んで、数にして前回の1.5倍。なのに、この雨。
すぐ横で亮汰が、ブルーシートの束を無言で抱えながらぽつりと呟く。
「なあ、アーケード……空いてねえかな」
「アーケード?」
「駅前の。昔フリマやってたとこ。最近は使われてないけど」
「当日じゃ許可下りないだろ」
「交渉は無理じゃない。むしろ、あの人ならワンチャンある」
と亮汰が目配せした先には、すでに雨の中を歩いている人影があった。
……亜梨沙だった。
彼女は折りたたみ傘を持ち、何やら分厚い資料をファイルごと小脇に抱えている。
合流するなり、言った。
「駅前アーケード、午前11時から空いてる。商店主連絡済み。テーブル使用OK。ただし、現場で“顔を立ててくれ”って条件付き」
「はやっ!?」
「連絡は昨夜した。雨が降るって予報だったし、念のためね」
「……慎重ってレベルじゃないな」
樹は苦笑しながら、スマホを開いてメンバーへ一斉連絡を入れた。
【計画変更。11時、駅前アーケード集合。亜梨沙が交渉済。現場指揮:祐介/搬入:亮汰/設営:全員】
作戦は変更された。
けれど、その変更が“守りの後退”ではなく、“勝負を捨てない前進”であることを、全員が理解していた。
午前11時、潮崎駅前アーケード街。
普段は閑散としているこの通りに、今日は何やら人だかりができていた。
青いビニールシートの上に広げられた古本たち。段ボールの即席棚。木製パネルに書かれた「灯台再生プロジェクト・緊急開催!」の文字。
「……うん。ぎり“演出”になってる」
志歩がスマホで写真を撮りながら、満足げにうなずく。
「即席っぽさが逆にいい味。雨のなか頑張ってる感、出てる出てる」
理央は、手元のファイルを確認しながら配置図を微調整。
「人の流れを妨げないよう、入口には絵本棚、真ん中に読みごたえ系、奥に説明用の資料パネル。で、レジ横に募金箱」
亮汰はスピーカーの設置に奔走し、祐介は搬入表と売上表の進行管理を黙々とこなしていた。
そして、商店街のオーナー・柏田が様子を見にやってきた。
「おーい、亜梨沙ちゃん! お客さんも結構来てるな」
「柏田さん、ありがとうございます。スペースお借りできて助かりました」
「いやいや、普段はシャッター街だもんよ。久々に活気出たわ」
そう言って柏田が周囲を見渡すと、志歩がすかさず隣に立つ。
「柏田さん、これ写真OK? SNSじゃなく“記録資料用”に」
「おー、構わん構わん。なんなら顔も写してくれ」
亜梨沙が横でそっと耳打ちする。
「この人、昔から目立ちたがり屋だから、顔立てとけば全部スムーズになる」
「なるほど……完璧な地元対応だな」
と樹が感心して呟いた。
午後2時、雨は本降りになっていたが、アーケード内はじゅうぶんな人通りがあった。
本は次々に売れていき、募金箱にも小銭が少しずつ溜まっていく。
「前回より規模は小さい。でも、“繋がってる感覚”はむしろ濃いかも」
志歩がそう言うと、祐介が即座に記録メモに書き込んだ。
《小規模開催時の密度と対話量:前回比125%》
そして夕方、全員が最後の片付けを終えたとき。
亜梨沙はレジ袋にまとめた現金を丁寧に数え、顔を上げた。
「最終売上、34,200円。支出ゼロ。利益そのまま」
「予想超えたな……」と樹が目を見開く。
「うん。慎重に進めたからこその結果。無理せず、でも確実に」
彼女は雨の止んだ空を見上げて、呟くように言った。
「私、ITは苦手だけど、雨と紙は、ずっと付き合ってきたから」




