第91話 また気絶していたらしい
「うぅ......ここは?」
俺は目を覚ますと見覚えのある場所にいた。白い天井に、白いベッド。そして、近くにある点滴。
それは赤鬼討伐の時に結衣と一緒にお世話になったホルダー専用の病院である。
ということは、あの蜘蛛野郎を倒してから俺は気絶したということだ。この世界に足を踏み入れてから通算何回目の気絶だろうか。
ぐるりと視界を回す。カーテンでほとんどの所が見えなかったが、すぐ隣に結衣が座っていた。
結衣は眠っている様子で、俺のベッドにがっつりと突っ伏している。熟睡かよ。
まあ、心配をかけてそれで疲れて寝ているとしたら、そっとしておいた方が良いか。
「いててて......」
ちょっと体勢を変えようと腕を動かすと途端に激痛を感じた。痛すぎてちょっと泣いたぞ、クソォ。
そして、掛布団から両腕を出してみれば、両腕にガッチガチのギブスがつけられている。俺の手なんて見えやしない。まるでコンクリに手を突っ込んで固めたようだ。
あ、やばい、ちょっとなんか腕がかゆくなってきた。でも、かけない。ああ、かゆいかゆいぞ~!
「ん......なぎと?」
「あ、悪い起こしちまったか」
俺のジタバタとしている振動が伝わってしまったのか結衣は寝ぼけた表情で目を擦り、俺の顔を見る。
そして、思考回路が正常に動き出すまでに数秒の時間を要すると途端に俺の肩をガシッと掴んだ。
「凪斗! 大丈夫!? 痛くない!?」
「結衣がグラグラ揺らすせいで痛い!」
俺の返答が聞こえていないのか、結衣は俺の体を隅々までチェックし始める。いや、ここ病院でしょ?
......という俺の言葉を告げる前に前髪を上げられたり、服をめくられたり。しまいにはズボンまで手を出し始めたので、それだけは絶対に阻止した。
「落ち着け。落ち着けって。俺は大丈夫。アイムファイン。オーケーユイ?」
「どうしたの凪斗? 急に似非外国人みたいになって。やっぱり頭打ってるんじゃない?」
こなくそ! こっちはせっかく冗談めかしてアピールしてるのに!
俺は「大丈夫。本当に大丈夫」と何度も告げると話題を変えるように話しかけた。
「それで、今はどのくらい経ってる?」
「凪斗が帰って来てから1日ってところ。本当に無事で良かった」
というと、蜘蛛野郎を倒したのはつい昨日ということになるのか。ああ、なんだか実感がわかねぇな。
この場所も原因だろうが、蜘蛛野郎は結局先生が倒したしな。瀕死の俺がやったのはただの足止めって感じか。
「焔薙さんと先生......金剛さんは今どこに?」
「事務所。私がここで凪斗の様子を見ている間に訪れて、ずっと眠っている感じだったから心配してた。後でお礼言っておいた方が良い」
「そうだな。それで、その......所長は......?」
絶対怒ってるだろうな。怒っていないはずがないだろうな。だって、赤鬼の時にあんな調子だったから。
そして、今回無茶......っていうか、一方的にボコスカやられただけなんだけど、まあしたしなぁ~。説教は覚悟しないといけないよな。
「カンカンだったよ。まあ、どちらかというと心配の方が大きいけど。来架からこんな動画が送られてきた」
結衣はスマホを取り出すと何かを操作して、動画を見せた。
その動画は一言で言えば隠し撮りといった感じだ。誰のといえば、焔薙さんと先生が所長に怒られているという内容。
正直、とても心が痛かった。完全に自業自得でこうなっているにもかかわらず、怒られているのは先輩二人。
しかも、その先輩二人は明らかに自分達より年下の、先生に至ってはワンチャン孫にも入るような年齢の所長に怒られているのだ。辛過ぎる。あとで誠心誠意謝っておかなければ。
というか、こんな動画を隠し撮りする来架ちゃんの精神がすごいな。
「カンカンだな」
「カンカンだよ。どれだけ正直に伝えようと責任は先輩持ち。私達のできることといえば、そんな心配が要らないぐらいに強くなることしかない」
「そうだな。それしかないな」
結衣の言う通りだ。どんなに所長自身に自分が悪いことを伝えようと上の立場の者がその責任を背負うことになる。
つまりは立場的に一番上の所長が責任を取る可能性があるのだ。
まあ、今回は事務所メンバー内の出来事で終わったが、もし他の場所で他の支部との連携でこのような無様を晒せば言及されるのは所長なのだ。
「強くならないとな~。まさかこれまで中学ぐらいでしかまともに部活をやっていなかった俺がそんなことを言う日が来ようとな~。まあ、あの赤鬼よりもよっぽど鬼らしい所長に怒られるのは嫌だしな」
「ほぅ、凪斗。お前は一つ怒られる内容を増やしたがそれでいいか?」
「!?」
カーテンをガサッと雑に開けながら声をかけたのは、もはや死神のようにしか見えない所長の姿であった。
所長の登場は結衣も予想だにしていなかったのか「ぴゃ!?」と可愛らしい声を上げて、体をビクッとさせていた。
そして、所長は片手に持った扇子をもう片方の手にパチッパチッと当てながら、鋭い眼光を俺に浴びせてくる。
メデューサが人を石にするように、俺の動きは固まった。あ~、完全にやっちまったなこれ。まさかいるとは思えなかった。あ~、どうしよ。どうしようも出来ねぇなこれ。
「歯を食いしばれ」
「え?」
所長は棒状態の扇子を俺の頬に触れさせる。そして、そう告げた。
その突然の行動に理解できないでいると所長は再度告げる。
「歯を食いしばれ」
「いや、それはちょっと......」
「歯を食いしばれと言っているんだが?」
「は、はい」
やべぇ、目がマジだ。でもまあ、俺にはその罰を受ける理由があるし、所長にはそれをやる動悸がある。
それが任務のことなのか、先ほどの言葉のことなのかわからないが。
咄嗟に結衣にアイコンタクトを送ってみるも、小動物のようにぶるぶる震えて応答しない。うん、覚悟を決めるしかない。
「痛たっ!?」
「はあ、特別にこれぐらいで勘弁してやる。なんせ、私は心が広いからな」
目を閉じると痛みを感じたのは頬じゃなく、額であった。どうやら扇子で額を叩き抜いたらしい。
正直、頬にガードしていたから、そっち無防備でめっちゃクソ痛い。まじか、そっちか。
「頬に来ると思ったろ? どうせガードしてると思ったから額に変えた。目を瞑らなきゃ避けれたろうにな」
くそ、バレてたか。というか、この人それ分かっててやったということか? それってどこら辺が心が広いのか。意地汚いの間違いじゃなかろうか。
「何か文句でもありそうだな。正直に言ってみろ」
「刑罰が増えるだけなんで止めておきます」
だから、なんで毎回人の心を読むのだろうか。そんなに俺の心は読みやすいのだろうか。それともそういう能力か、わけわからん。
そんな俺の一方で、所長はベッドに腰を掛けるとポンと肩に手を置いてきた。
「ともあれ、無事で良かった。お前は本当に無茶するな。全く誰に似たんだが」
「似るとしたら親ぐらいしかないでしょうね」
「......そうだな」
「?」
俺の言葉に所長はどこか懐かしそうな目で俺を見てきた。いや、それが本当に俺を見ていたのかは実に怪しい。
どこか遠くの何か。ん? もしかして亡くなった恋人とかか? だとすれば、深くは詮索しないでおこう。
「捕まえた」
「ん?」
そんなことを思っていると所長は肩に置いた腕をするりと俺の首に回してきた。そして、一気に引き寄せられる。
「これから、刑罰とともに説教を始めるから覚悟しとけよ?」
「俺、今病人――――――ったああああぁぁぁぁうあああぁぁぁぁ!」
それからの一部始終を後に結衣は「ちょっとした悪夢になった」と語った。




