第92話 たまには雑談
第五章はじまります
「ようなぎっち、迎えに来てやったぜ」
「焔薙さん、ありがとうござます」
俺が退院して自動ドアから出てくると相変わらずチャラそうな恰好をした焔薙ぎさんが立っていた。
季節は9月に突入したというにもかかわらず、季節はまだ夏を望んでいるかのように暑い。
それでもまあ、総合的な暑さは減ったような感じはするが、暑いものはやっぱり暑いのだ。
......そっか、もう9月か。なんか壮絶に濃厚な1か月を過ごした気がする。もっといえば、夏休み。
いや、厳密に言えば高校を中退して、最終学歴が中卒になってしまった俺にはもう夏休みなどない。
そっか、ねぇのか......夏休みがあったらあったで「なげぇな」とか思っていたのに、ないならないで欲しいと願ってしまう。
ままならないものだ。
もっとも病院に運ばれる回数が2回目だからか、加里奈さんにまたやって来たかと笑われてしまったが。
いや、来たくて来たわけじゃないんだが、まあ弱いばっかりにこうなってしまったからな。
そして、いろいろと迷惑をかけてしまった。
俺は青空に眩く輝く太陽に手で日陰を作りながらチラリと見る。早1か月。俺の新環境は相変わらず波乱万丈といった感じだ。
一先ず、焔薙さんの迷惑にならないように早めに移動しよう。
「お願いします」
「あいよ」
俺は焔薙さんのイカす白い車の助手席に乗り込むと焔薙さんも運転席に乗り込んだ。そして、すぐ近くに搭載されているパットに手を触れて、指紋認証を済ませる。
いわば盗難防止用のものだ。勝手に車の中に入り込んでも運転できないようになっている。
とはいえ、エンジンをかけた後に盗まれたら結局動かせてしまうのだが。
車にエンジンがかかると焔薙さんは慣れた手つきで駐車場を出ていく。
「いつも運転したりするんですか?」
「そうだな。まあ、オフの時......って、言っても基本的にないんだが、運転するのは好きだぞ。こう見えてもゴールド免許」
「それって、乗って無くても免許がある一定年数経てば取れますよね?」
「おっとバレちまったか」
焔薙さんは気さくに笑う。そして、パットに左手で触れると適当に音楽を流していく。流れてきたのはJ-POPだ。意外に知ってる曲もある。
「俺、この曲知ってますよ。ミーチューブでMVとか見たことあります。結構好きなんですよね」
「へぇ~、そりゃあ気が合いそうだな。って、もう気が合ってるんだけどな。俺が聞くのは基本アップテンポの曲だ。バラード系も悪くないんだが、やっぱりこっちの方が気分になるんだよな」
「あの警察手帳に乗っている写真の人物とは思えないですね」
「うっ、それを言われると言い返せない......確かにあの頃は聞くことは少なかったような気がするな。いや、ほとんど聞かずに生真面目に生き過ぎていたと思う」
「確かにあの写真の人物だったらちょっと身構えてたと思う。というか、最初の焔薙さんもかなり見構えたけど、それでも話せばきっと今の方が楽だったと思います。なんとうか、快く迎えてくれるような感じがして」
「ああ、そうだろうそうだろう。俺も今思えばあんなタイプの奴、苦手でしょうがねぇ」
「苦手って昔の自分でしょうに......」
「確かにそうなんだけどさ。やっぱこの生き方は取っても生きやすいんだ。やるべきことさえやってれば、後は楽にしてようとかってじゃん?......そんなことを教えてもらったんだ」
「それって焔薙さんの師匠の話ですか? その人に会ってみたいですね。どんな人なのか」
「......そうだな」
「?」
今一瞬、俺の方をチラッと見たような気がしたけど、気のせいだろうか。
それにその声色、どこか遠い目をしていそうな焔薙さんの顔が浮かぶのはなぜだろうか。もしかして、もう亡くなってるとかそう言うことなのか?
だとすれば、かなり軽率に地雷を踏んだ気がする。すぐに謝らなければ。って、そうだ謝らないといけないこともう一つあったな。
「すみません、失礼なこと言いましたね」
「いや、いいんだ。俺も思わせぶりなことを言ってしまったしな。それにあの人はきっとどこかで生きてる。だって、あの人だから」
「それともう一つ謝らなければいけないことがあります。俺のせいで焔薙さんと先生が所長から怒られたそうで......」
「ああ、あったな。そんなの。気にしなくていいぞ。むしろ気にする必要があるのか?」
「いや、あるでしょう」
焔薙さんはチラリと俺を見る。その目は本当に「何言ってんだ?」みたいな顔になっている。
......あれー? 予想外の反応。まあ、俺もどこかで許してくれることを願ってたけど、あまりにも素っ気ない。
素っ気ないだけだったら、怒られてると思うかもしれないが、さっき見た顔は本当に気にしてなさそうな顔だったな。なんかそれはそれで調子狂う。
すると、そんな態度の理由を焔薙さんは明るい口調で答えてくれた。
「気にすんなって理由は結局なぎっちが女帝に怒られたことを知ってるから。帰ってきた女帝がそれはもうスッキリした顔で『お灸を据えてきた』って言ってたしな。あんなにスッキリした顔だったから、てっきりいかがわしい方かと思ったが、一緒に帰ってきた結衣ちゃんが怯えたチワワのようにプルプル震えてたからな。あ、これマジもんだって思って」
「あ、なるほど。確かにお灸を据えられましたね。といっても、物理刑罰なんですけどね。あの人、なんであんなプロレス技知ってるんですか」
「ほら、それは師匠の趣味。俺と女帝は年齢は違えど、同じあの人の弟子だからな。すっかり影響を受けちまったらしい。そう考えるとあの人の影響力っておかしいな」
なんだ? その二人の師匠って。すげー気になる。
「その人ってどんな人なんですか?」
「すごい人だよ。一見ダメそうに見える.....っていうか、やる気ないときはとことんダメだったけど、とにかく強かった」
「ちなみに、その人の名前は?」
「俺の師匠はあま――――――いや、なんでもない。気にしないでくれ。ところで、実はまだ伝えてない情報があるんだ」
今、露骨に話しを逸らされたな。ということは、話したくないってことだよな。
......そうなんだけど、何か納得いかない。焔薙さんは割に師匠のことに関して情報を開示している。
ダメ人間であるとか、とにかく強いとか。プロレス好きとか。それにどこかで生きてるみたいなことを言っていた。
なら、それはどこかで見つける可能性もあるというわけで、名前がわかれば特務のデータベースから顔がわかって探すことも出来る。
でも、それだけ散々放しておいてどうして名前だけ教えてくれないんだ? そこがどうしても引っかかる。
とはいえ、俺に聞けるほどの命令力もなければ、先輩に対して踏み込んで根掘り葉掘り聞こうとするのは失礼というものだろう。
特に言いたがらない名前に関しては。まあ、いずれは教えてくれるだろう。なら、今はスルーしよう。
そう思うと先ほどの焔薙さんの質問に対して聞き直した。
「何か事務所であったんですか?」
「ああ、実は新しい子が入ってきたんだよ。いわば、君の後輩。といっても、もともと君が入らなければ、代わりに入ってた子だけどね」
「そうなんですか。なんか悪いことしましたね」
「仕方ない。正直、君の方が大事だったから」
確かに、俺の場合は訓練学校も行かずにバリバリ一般からこっちに入ってきた感じだからな。それもそうか。
「なんか楽しみですね」
「そんななぎっちに耳よりな情報だ。その子、女の子だぞ」
「別に俺は性別なんて気にしてませんよ。むしろ、一応先輩としての威厳を保てるかの方が心配です」
と言いつも、内心ワクワクしていた。
しかし、その時の俺はまだ知らなかった。俺にとってある意味過酷な試練が待ってることを。
******
とある暗がりの一室に3人の男がいた。
その男はスマホに目を移しながら告げる。
「最近、東京の方に威勢いい新人が入ったみたいだな。少し気になるな」
「あなた様が気になるお方とはそれさぞかし才能の持ち主なんでしょうね。もしくは、類まれなる能力を持っているとか」
「さあな。ただ顔の傷が無性に疼くんだ。ヒリヒリして火傷のような痛みを感じる。忌々しいあの男を思い出してうざってぇんだ。しかも、まだ体のコネクション率が上がらねぇしな」
「キィーヒヒヒ、でもわざわざ出向いていくんだろう? たっだら、俺にやらせてくれよぉ。俺は戦いたくてしょうがねぇよぉ」
「薄汚いイカレ野郎は黙ってなさい! しかし、まさか行く気なのですか!?」
「ああ、どんな面か見てみてぇんだ」
その男は醜く笑みを浮かべた。
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