第39話 武術の練習
「肩、上がってるよ」
朝倉くんに言われ、構えた模擬刀を下ろした。
息を吐くと、自分でも分かるくらい肩が落ちた。
久世さんと電話で話した翌日の放課後だった。結界の練習を終えてから、今日は武器も教わっている。
持つ位置は、前に教わった。右手を鍔の近く、左手を柄の端へ。それは覚えていたけれど、落とさないようにと思うと、両手に力が入った。
「ずっと強く握ってない?」
「振ったとき、すっぽ抜けそうで」
「全部の指で握りしめなくても持てるよ。小指と薬指で支えて、親指と人差し指は少し緩めてみて」
言われた指の力を抜く。柄は、手の中に残っていた。
「そのまま、ゆっくり上げてみよう」
隣の朝倉くんに合わせ、模擬刀を頭の上へ持ち上げる。
さっきより肘を動かしやすかった。けれど、下ろすと先が右へ流れる。
「今、少し斜めになった。左手が、お腹の正面から右へずれてる」
手元を見ると、確かに左の拳が体の真ん中から外れていた。
朝倉くんが、振り上げるところから見せてくれる。左手は顔の前を通り、振り下ろしても、お腹の正面に戻ってきた。
「この線を通すつもりで。速くしなくていいから」
もう一度、頭の上へ。
今度は左手の通り道を意識しながら下ろした。
「うん。今のは真っ直ぐだった」
同じように繰り返そうとすると、また肩が上がった。
朝倉くんが自分の肩を指す。
「あ」
二人で少し笑い、私は握る力を緩めた。
◇
私が休憩している間、朝倉くんは水野くんと練習を始めた。
水野くんの槍には、穂先に厚い覆いがついている。二人は三枝先生の前で向かい合った。
朝倉くんが近づこうとすると、槍が胸元へ伸びる。
彼は模擬刀で穂先を横へ払い、その脇から一歩入った。けれど、水野くんも下がっている。槍はすぐに、二人の間へ戻ってきた。
刀が届く前に、槍が来る。
素手なら、あんなに離れた相手には手が届かない。
「入れないね」
隣にいた藤宮先輩へ、小さく言った。
「悠真も、近づかせないようにしてるから。蓮は、あの先を外したときに入りたいんだけど」
次に槍が伸びると、今度は朝倉くんの方から横へ動いた。穂先を避け、一気に近づく。
水野くんが槍を引いたところで、先生が止めた。
「今ので、刀が届くところまで入れましたね。もう一度、ゆっくり同じ動きを確認しましょう」
先生が二人の位置を確かめている間、私は自分の空いた手を見た。
あそこまで近づくにも、やり方がある。
順番が替わると、藤宮先輩は薙刀で的を打つ練習へ戻った。相馬先輩は、結界で区切られた部屋の奥で弓を構える。
私は模擬刀を取りに行った。まずは、真っ直ぐ振るところからだった。
◇
その日から、結界の練習のあとには、武器を持つ時間も少しずつ入るようになった。
まずは刀から、と先生と相談して決めた。持ち方を教わったことがあり、私自身、朝倉くんの動きをもっと見てみたかった。
霊気を通す練習は、まだ先だった。
身体強化をすれば、腕は疲れにくくなる。けれど、左手が右へずれる癖まで直るわけではなかった。刀の練習では強化を使わず、まずゆっくり同じ動きを繰り返すよう、先生に言われていた。
三日目には、武器を置いて踏み込む練習もした。身体強化を使うと、こちらは体を動かしやすかった。
三枝先生が胸の高さに厚い受け具を構える。今日は、一歩踏み込んで拳を当て、元の位置まで下がる練習だった。
タマを降ろしたときの、床を蹴った感覚が残っている。
今は尾も、耳も出ていない。壁際のタマは、畳んだ私の上着の上に座っていた。
足と腰へ霊気を通す。
前へ出る。
拳を出すより先に、体が先生へ近づきすぎた。腕を伸ばす場所がなく、肘を深く曲げたまま拳が受け具に触れる。
「今は一歩が大きすぎましたね。少し手前から打ってみましょう」
私は一度下がり、さっき立ったところを見た。
後ろから朝倉くんが来て、同じ位置に立つ。
「ここからなら、俺はこれくらい」
足が出る。拳が受け具に当たり、すぐに戻った。
拳が届いたときも、胸と受け具の間は空いていた。
場所を替わり、もう一度やってみた。
床を強く蹴りすぎない。
拳が届いた。今度は肘が詰まらず、一歩下がるだけで元の位置へ戻れた。
「はい。今の距離を覚えておきましょう」
先生に頷き、もう一度構える。
次は少し遠かった。その次は、また近い。
それでも、何度か繰り返すと、届く場所が分かってきた。
「続けて三回、同じところに止まれましたね」
先生が受け具を下げた。
朝倉くんを見ると、彼は私の足元へ目を向けていた。
「今の、どうだった?」
「……うん。よかったと思う」
顔を上げてから、朝倉くんは先生へ向き直った。
「先生、俺もお願いします」
私はタマのいる壁際へ下がった。
朝倉くんの拳が、受け具へ当たる。
私より、戻すのが速い。打ったあとも、もう片方の手が顔のそばに残っている。
それを見ながら、自分の左手を上げてみた。
さっきは、どこに置いていただろう。
◇
踏み込みの練習のあと、もう一度模擬刀を持った。
朝倉くんに横から見てもらい、ゆっくり振る。左手が体の真ん中へ戻ってきた。
初日は、一つ気をつけると別のところを忘れていた。今は、肩に力を入れずに真っ直ぐ下ろせる回数が増えている。
「今日はここまでにしましょう」
三枝先生の声で、私は模擬刀を下ろした。
隣でも、朝倉くんが動きを止める。運動着の襟元が、汗で濃くなっていた。
「朝倉くん、ありがとう。前より真っ直ぐ振れるようになってきた」
「うん」
彼は自分の模擬刀を見てから、私の方を向いた。
「明日は、一歩出ながらやってみようか」
「いいの?」
「先生にも聞いてみよう。足を動かすと、また違うから」
私は頷き、模擬刀を棚へ運んだ。
朝倉くんはまだ中央にいた。ゆっくり一歩出て、模擬刀を振り下ろす。
もう一度。
そのあとで、棚へ戻ってきた。
◇
部室へ戻り、鞄から携帯を出すと、通知が届いていた。
鷹宮先輩からだった。
家で刀を教えている人の稽古を見せてもらえること。希望すれば、基本の動きも教えてもらえること。日程は、久世さんが来られる日を聞いてから合わせたいこと。
最後に、先輩自身も一緒に稽古をする、とあった。
久世さんへ内容を転送し、都合のいい日を尋ねた。訪問日が決まったら、外出届を出すときに先生にも伝えよう。
帰り支度をしていた朝倉くんへ、顔を向けた。
「朝倉くん、鷹宮先輩が刀を使うところも見たことある?」
「あるよ。合同の練習で。どうして?」
「家の稽古を見に来ないかって誘われて。刀を見たいってお願いしたら、先輩も一緒にやるって」
「先輩の家に?」
「うん。まだ、いつ行くかは決まってないんだけど」
朝倉くんは、開けていた鞄の口へ目を落とした。
少しして、ファスナーを引く。
「そっか。先輩、刀も上手いから。見られたら、いいと思う」
朝倉くんが鞄を肩に掛けた。
水野くんは、練習の記録をまだ書いていた。相馬先輩に尋ねながら、ノートに槍の先の動きを描き足している。
私は携帯へ目を戻し、鷹宮先輩にお礼を送った。
顔を上げると、朝倉くんは扉のそばに立っていた。
「帰れる?」
「うん。待ってくれてありがとう」
鞄を持ち、タマを呼ぶ。
部室を出ると、朝倉くんが隣を歩いた。
「明日、足を動かすのをやる前に、今日のも一回見てもらっていい?」
聞くと、彼は前を向いたまま頷いた。
「いいよ」
階段の手前で、歩調が少し緩む。
「俺も、もう一回やっておきたいし」
その隣で、私は模擬刀を振ったときの手の感覚を思い返した。
明日も、真っ直ぐ振れるように。
忘れないうちに、帰ったらノートへ書いておこうと思った。




