↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/41

第32話 陰陽師の学生


 放課後の教室で、ノートに挟んだ紙をもう一度開いた。


 昼休みに三枝先生から渡された、明日までに用意するものの一覧だった。教科書、上履きとは別の運動靴、動きやすい服。下の余白には、昼に確かめてもらったタマの封印について、次の確認は明日の朝、と書いてある。


「佐々木さん、行ける?」


 顔を上げると、朝倉くんが鞄を肩に掛けて立っていた。


「うん。お待たせ」


 紙をしまって立ち上がる。椅子の下から、タマも出てきた。


 小野寺さんは先に帰っていた。帰り際にまた明日と言われて、私も同じ言葉を返せた。それだけのことなのに、鞄を持つ手が少し軽かった。


 朝倉くんと廊下へ出る。


 階段を下り、渡り廊下を通って、授業では入らなかった別の棟へ向かった。開いた窓から、運動部の掛け声が聞こえる。


「教室から、結構歩くんだね」


「そうなんだよ。忘れ物すると面倒でさ」


 廊下の奥で朝倉くんが止まる。


 扉の上には、郷土文化研究部、と書かれた札が掛かっていた。


 中から、椅子を引く音がした。


 鞄の持ち手を握り直す。


 教室とは違う緊張があった。この先にいる人たちは、タマが見える。私がここに来た理由も、知っているのだろうか。


 朝倉くんが扉を開けた。


「連れてきました」


 長机を囲んでいた三人が、こちらを見る。


 壁際の棚には古い本や地図が並び、その隣には、蓋をした収納箱が積まれていた。窓辺に小さな鉢植えがある。机の真ん中には菓子の袋と、使い込まれた湯飲みが置かれていた。


「佐々木優香です。よろしくお願いします」


 頭を下げたところで、足元をタマが通り抜けた。


「その子も、どうぞ」


 窓側に座っていた男子生徒が立ち上がり、手近な椅子を引いてくれた。


「相馬直樹。三年で、部長をしています。座って」


「ありがとうございます」


 腰を下ろすと、タマが膝へ飛び乗った。


 相馬先輩はそれを見てから、私の顔に視線を戻した。


「今日は朝から大変だったでしょう。授業、困らなかった?」


「数学が、少し先に進んでいて」


「蓮、あとでノートを見せてあげて」


「うん。どの辺から違うか、一緒に見よう」


 朝倉くんがこちらを向いた。


「ありがとう。助かる」


 向かい側の女子生徒が、菓子の袋を机の端へ寄せた。


「藤宮千尋。私も三年。教科書は、前の学校と同じものを使ってる?」


「数学は違いました。今日は隣の子に見せてもらって」


「そっか。届くまで、必要なところは先生にコピーを頼めるよ」


「ありがとうございます」


「それと、鞄はこっちに。そこ、通るから」


 示された壁際へ鞄を置く。藤宮先輩は私の椅子の脚が通路にはみ出していないか確かめ、自分も座り直した。


 最後の一人は、私の膝をじっと見ていた。


 目が合うと、慌てて背筋を伸ばす。


「水野悠真です。一年です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「あの、その猫、触ってもいいですか」


「え?」


「駄目だったらいいんですけど」


 タマを見る。耳を立て、水野くんの方を向いていた。


「大丈夫だと思う。タマ、いい?」


 水野くんが差し出した指先へ、タマが鼻を寄せる。そのまま顎を撫でられ、目を細めた。


「ここ、好きなんですね」


 水野くんが嬉しそうに笑った。


 私は、タマの背中に置いていた手の力を抜いた。


 触っていいか聞かれて、タマに確かめる。


 ここでは、それを誰も不思議がらなかった。


「先生から、どこまで聞いていますか」


 気づくと、そう尋ねていた。


 相馬先輩が私を見る。


「陰陽師の人から術を習ってるって。それと、しばらくうちで一緒に練習すること、使い魔の猫も連れてくることは聞いてるよ」


 膝の上でタマが向きを変えた。


「ほかには?」


「学校で事件に遭ったとは聞いてる。でも、詳しいことまでは」


 先輩は、少しだけ間を置いた。


「練習で気をつけた方がいいことは、先生と確認するから。今日は顔と名前を覚えてもらえれば」


「……はい」


 何から説明しなければいけないのか、考えていた言葉がほどけた。


 扉が開き、三枝先生が入ってきた。


「そろっていますね。紹介は済みましたか」


「今、終わりました」


 相馬先輩が答える。


 先生は私の様子を見てから、窓のそばにある、もう一つの扉へ向かった。


「では、練習室を見ておきましょう。今日は見学を中心にします」


     ◇


 隣の部屋は、部室より広かった。


 中央には何も置かれていない。床には白いテープで四角が描かれ、窓には厚いカーテンが掛かっている。壁のところどころに、札が貼られていた。


 扉が閉じると、廊下の音が遠くなった。


「この部屋にも、結界があるんですか」


「ええ。練習で使った術が、部屋の外へ及ばないようにしています」


 先生は扉の横に立ち、中央の空いた場所を示した。


「練習はこの中で行います。火や水も使うので、荷物は部室に置いて、始める前には周りを確認してくださいね」


「火を使うんですか?」


 朝倉くんが頷いた。


「俺は火が得意。水野は水」


「私は土。相馬は木ね」


 藤宮先輩が教えてくれた。


「佐々木さんは?」


「まだ、分からなくて」


 皆に得意なものがあることにも驚いたけれど、それを当たり前のように尋ねられて、言葉に詰まった。


「今までは、邪気を祓う練習をしていました。あと、霊気を体に纏うのを少し」


「五行の術は、これからですね」


 三枝先生が壁際の黒板へ、木、火、土、金、水、と書いた。


「今日は名前だけ覚えれば十分です。それぞれの性質を使って術を組み立てます。皆、得意なものは違いますが、一つしか学べないわけではありません」


 五つの文字を、順に目で追う。


 久世さんに教わっていたときにも、知らないことばかりだった。ここへ来て、その先がまだずっと続いているのを見せられた気がした。


「千尋、蓮。結界の練習を見せてもらえますか」


「はい」


「蓮は火の術で。見本ですから、威力は抑えてください」


 朝倉くんと藤宮先輩が、床の四角を挟んで立った。


 私は先生の隣へ下がる。タマが足元に座った。


 藤宮先輩が札を構える。


 淡い光が床に沿って走り、二人の間に、薄い膜のようなものが立ち上がった。


「どうぞ」


 朝倉くんの手元に火が灯った。


 思わず息を止める。


 炎は細く伸び、まっすぐ結界へ飛んだ。ぶつかったところが明るくなり、小さな火の粉が散る。


 膜は揺れたけれど、破れなかった。


 私が息を吐いたとき、今度は端に近いところへ火が当たった。


 藤宮先輩の指が動く。


 光がそちらへ集まり、炎を押しとどめた。


「そこまで」


 先生の声で、朝倉くんが手を下ろす。


 藤宮先輩も札を下げた。結界が消え、向こう側の床がはっきり見えるようになる。


「最後、危なかった」


 先輩が言った。


「端ならいけると思ったんですけど」


「狙いは分かった。顔に出てた」


「出てました?」


「そっちばっかり見てたよ」


 相馬先輩に言われ、朝倉くんが結界のあった場所を振り返った。


 私は藤宮先輩の札を見つめていた。


「結界って、張ってからも変えられるんですね」


「全部を同じ強さで守ろうとすると、きついからね。来る場所が分かるなら、そこを厚くするの」


 先輩が札の端を整える。


「外したら、薄いところを抜かれるけど」


 学校で、三人を背にかばっていたときのことを思い出した。


 私が前に立つだけでは、別の方向から襲われたときに守れない。


 今見たような結界を張れたら、守れる場所を広げられるかもしれない。


「佐々木さん?」


 先生の声に顔を上げる。


「私も、今のを覚えたいです」


「結界を?」


「はい。自分の後ろにいる人も、守れるように」


 先生は頷いた。


「ええ。練習の進め方を考えたいので、まずは佐々木さんの適性を確かめましょう。五行と、陰陽の両方を見ていきます」


「陰?」


「五行とは別に、陰と陽という分け方もあるんです」


 先生が黒板へ、陰と陽の二文字を書き足す。


「陽は攻撃的な術、陰は補助や結界の術に適性が出やすいんです。この部では、蓮と悠真が陽、直樹と千尋が陰ですね」


 私は四人を見比べた。


「じゃあ、土が得意な人が、みんな藤宮先輩と同じとは限らないんですね」


「そうです。本人の気質にも深く関わります。ただ、どちらであっても結界は学べますからね」


「はい」


 先生は黒板の横から、小さな札の束を取った。


「久世さんとは、霊気を出す量を調整する練習もしましたか」


「はい。でも、まだ出しすぎてしまうことがあって」


 答えてから、自分の指先を見る。


 久世さんの前で、何度もやり直した。出そうとしているのに出なくて、焦ると、今度は出しすぎた。


「分かりました。では、私がそばで見ます。皆は少し離れて」


 先生が私の前へ来た。


 四人が場所を空ける。誰も笑わなかった。


 足元のタマを振り返ると、相馬先輩の横へ移動し、こちらを見上げていた。


 久世さんはいない。


 けれど、分からないまま、できるふりをする必要はなかった。


 私は先生から札を受け取り、両手でそっと持った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。