第27話 報告書
◇ 相良千景
千景は通話を終え、携帯電話を耳から離した。
病院の正面玄関から出てきた親子連れが、立ち止まっている千景の前を通り過ぎていく。
優香は、タマと一緒に星守学園へ行くことを希望した。
事情聴取の席では、タマを抱いたまま俯いていた。返事は明日になると思っていたが、電話口の声ははっきりしていた。
千景は息をつき、携帯電話を鞄へしまった。
本人の希望が決まった。これで明日の会議へ提出する報告をまとめられる。
あとは、受け入れに必要な条件を詰めなければならない。
千景は支所へ向かって歩き出した。
◇
夕方、千景は陰陽庁の地方支所に借りた机へ向かっていた。
高城が最初に提出した報告書。学校と病院で集めた証言。校内に残っていた霊気と邪気の測定結果。
三つの資料を並べ、調査報告書の空欄を埋めていく。
高城自身が現場で確認した被害と、久世たちから聞いた到着前の経緯は、分けて記されている。
千景は証言の部分を、自分が今日聞き取った内容と照らし合わせた。降霊が始まった経緯、制御を失ったあとのタマの動き。確認できた箇所から、報告へ書き込んでいく。
佐々木優香。
水守南高校二年生。
陰陽師養成機関での教育歴なし。四月から久世朔に師事し、基礎的な指導を受けている。
校内に残留していた霊気は、現地の測定器で確認できる範囲を超過。
使い魔、タマ。
三毛猫の霊。死後約十年。
内部に大量の邪気を保有。久世朔が施した封印は、降霊によって大きく損傷している。
千景は手を止めた。
危険性だけなら、いくらでも書ける。
五本の尾。
学校全体を覆った邪気。
校舎と校庭に残された被害。
複数の術者が協力して、ようやく二人を抑えた事実。
一つでも隠せば、次に同じことが起きたとき、誰かが死ぬかもしれない。
千景は危険性評価の欄へ、確認できたことをすべて入力した。
その下にある、事件中の行動記録へ移る。
佐々木優香は、悪霊に操られた生徒および教職員を救出するため、使い魔との部分降霊を行った。
降霊が制御不能となった後も、使い魔タマは意識を保ち、人間へ向かう攻撃の軌道を逸らしていた。
佐々木優香は久世朔の呼びかけに応じて意識を取り戻した。その後、久世が契約を通して邪気を封印へ戻す道を支え、優香とタマが協力して流出した邪気を戻した。
死者なし。
千景は最後の四文字を見つめた。
結果だけを見れば幸運だった。
だが、何もせずに訪れた幸運ではない。
二人が人を傷つけまいと抗い続け、久世たちが命を懸けて支えた結果だ。
机の端に置いた端末が鳴った。
画面には、審査担当者の内線番号が表示されている。
「相良です」
『明日の会議に出す所見は、まとまりそうか』
「はい。先ほど佐々木さんから、タマと一緒に星守学園へ移りたいと連絡がありました。私も、受け入れを検討していただきたいと考えています」
『使い魔と一緒にか。学校で起きたことを考えると、引き離して管理する方が安全ではないか』
「今、無理に引き離すのは危険だと思います。佐々木さんは拒否していますし、タマが抵抗する可能性もあります」
『一緒なら、検査に応じる見込みはあるのか』
「検査が必要だとは伝えています。具体的な方法はこれから説明しますが、力の扱いを学ぶ意思はあります」
千景は、優香がタマを抱いていた腕を思い出した。
引き渡しの話をしたとき、あの腕に力が入った。学ぶ話には耳を傾けていたが、何をされても従うという返事はしていない。
「二人が協力して邪気を封印へ戻した経緯も、報告に載せます。タマとの契約を維持したまま、制御を学ばせる方向で進めたいです」
『ただ、学園にはほかの生徒もいる。本人が協力的でも、あの規模の暴走をもう一度起こされては困る』
千景は、机に広げた被害記録へ目を落とした。
床や壁の損壊に交じって、負傷者の一覧がある。病院で会った優香の友人も、その一人だった。
「まず施設で検査と封印の修復を行い、その結果を見て転入を判断してください。それまでは降霊を禁じ、監督下に置きます」
『修復しても安全を確認できなければ、転入は保留だ。その点も本人に説明しておいてくれ』
「分かりました。受け入れの条件がまとまったら、改めて私から説明します」
『監督には、誰を考えている』
「久世朔です。契約と封印を組んだ本人で、佐々木さんも彼に師事しています」
『無登録のままでは任せられないぞ』
「再登録を勧めて、返事を待っています。同意が得られれば、監督者として推薦したいと考えています」
『本人が戻ると言っても、審査は必要だ』
「承知しています。本人にも伝えました」
電話の向こうで、何かを書き留める音がした。
『では、久世の返答があり次第知らせてくれ。報告書は今夜中に。明日の会議で検討する』
「分かりました」
通話が切れた。
千景は小さく息を吐いた。
久世が戻ると決めたわけではない。
それでも、優香が星守学園へ行くと決めた以上、彼が二人だけを送り出すとも思えなかった。
再び報告書へ向かう。
画面の隅に、短い記入欄があった。
対象者の希望。
星守学園で、使い魔タマと共に陰陽術および降霊の制御を学ぶことを希望する。
使い魔の引き渡しには同意しない。
千景は、対象者の希望の欄を読み返した。
学園へ行くと決めた。それだけを書けば、優香が何を守りたくて選んだのかは伝わらない。
朝の久世の声が、耳に戻った。
すずは、名誉なことだと笑ったのだという。
ほかの生き方を知らされないまま、儀式の日を迎えた八歳の少女。命を失い、その少女を降ろした久世が龍脈を鎮めて、事件は収束した。
七年前、千景が経緯を知ったときには、すべて終わっていた。
画面の上で、入力位置を示す細い線が点滅している。
今回は、明日の会議がある。その先に検査があり、指導がある。これから決めることが、まだ残っている。
千景は所見の欄に、検査や指導の内容はその都度本人へ説明し、意思を確認する必要があると書き加えた。
それから冒頭へ戻り、読み直す。
学校で起きた被害も、タマが人間への攻撃を逸らしていたことも記されている。末尾には、受け入れの条件と、まだ確かめられていない項目を並べた。
明日は、これをもとに話をする。
送信前の確認欄へ印を入れる。
報告書が、陰陽庁の記録へ送られた。
しばらく画面を見つめたあと、私用の携帯電話を取り出す。
久世への文章は、一行で済んだ。
『佐々木さんは星守学園へ行くと決めたわ。次は、あなたの返事を聞かせて』
送信する。
返事はすぐには来なかった。
千景は携帯電話を伏せ、机の上の仕事へ戻った。




