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第14話 同じ目で

 私たちの前に立つ男子生徒が、両腕を広げる。


 タマは白い光の膜をすり抜け、その腕へ飛びかかった。


 牙が届く。


 そう思った瞬間、タマの体が空中で沈んだ。


 噛みついたのは、男子生徒の腕ではない。肘から肩へ這い上がっていた黒い靄を、横から食いちぎる。


 男子生徒の右腕が、だらりと下がった。


 左腕がタマを掴もうとする。タマは胸を蹴らず、肩の横をすり抜け、廊下の壁へ前脚をついた。壁を蹴って戻る途中で、今度は左腕に絡んだ邪気を断つ。


 男子生徒の両腕から力が抜けた。


「今です!」


 前方の光だけを解く。


 眼鏡の女子生徒が先生を支え、男子生徒の横を走り抜けた。肩を痛めている男子生徒も続く。


 前へ出た全員をもう一度光で包む。


 遅れて飛び込んできた手が、閉じた膜の表面を掻いた。


 私が身を固くするより先に、タマがその手首へまとわりついた邪気を断つ。


 指先は私の頬へ届かず、腕ごと下がった。


 タマが床へ着地する。


 その背後で、動きを止めた男子生徒の両腕へ、床から伸びた黒い糸が絡み直した。下がっていた腕が持ち上がり、また私たちを追って歩き始める。


 誰も血を流していない。


 男子生徒たちの腕にも、タマの牙や爪の痕はなかった。


 教室で見たものと同じだった。


 タマは、できる。


 私が怖がっていたことを、最初からずっと避けてくれている。


「階段を下ります!」


 三人を先に進ませ、私は最後尾についた。


 光を広げすぎれば、触れられる場所が増える。前方の守りを薄く残し、背後へ厚く集める。


 すぐ後ろまで来ていた四人の手が光へ食い込んだ。


 黒い靄に霊気を持っていかれる。


 胸の奥から送り直そうとして、止めた。


 送れば、また悪霊が強くなる。


 欠けた場所だけを埋める。光を小さくして、三人の背中から離さない。


 久世さんに教わった使い方ではない。ただ力を押し出して、壁の形にしているだけだ。


 それでも今は、三人へ手を届かせなければいい。


 東階段へ飛び込む。


 先生が手すりを掴んだ。眼鏡の女子生徒に支えられていても、足が思うように動かない。最初の一段を下りたところで膝が揺れた。


「先生、ゆっくりでいいです」


「ゆっくりしていたら追いつかれる」


 強く答えた声は、最後が掠れていた。


 肩を痛めている男子生徒が、先生の反対側へ入る。


「俺も持ちます」


「その肩で無理をするな」


「先生よりは走れます」


「言ってくれるな……」


 先生の口元が一瞬だけ歪んだ。笑おうとしたのかもしれない。


 二人に支えられ、階段を下りていく。


 タマは私たちと追手の間を走った。


 一人が手すりを越えて腕を伸ばす。タマが階段の側面を駆け上がり、その腕に絡む邪気を引き裂く。


 別の一人が下段へ飛び降り、三人の前へ回ろうとした。


 タマが踊り場の壁を蹴る。


 人の体には触れず、足首を動かしている黒い糸だけを断った。


 着地できなくなった生徒の体が傾く。


 反射的に光を伸ばして受け止めた。


 床へ叩きつけずに済んだが、その光にも黒い靄が食いついた。


 タマがすぐに飛びつき、光へ触れた邪気を払い落とす。


 一瞬だけ、目が合った。


 次に何をするのか、言葉にしなくても分かった。


 タマが追手を止める。


 私は三人を守る。


 一階まで、一緒に下りる。


 胸の奥にあった迷いが消えた。


 二階の踊り場を曲がる。


 壁際に、一人の女子生徒が倒れていた。上履きの色が違う。補習を受けていた生徒ではない。


「この子も……」


 先生が足を止めかける。


「息はしています」


 胸がゆっくり上下している。けれど、その足元にも薄い邪気がまとわりついていた。


 通り過ぎるしかなかった。


 女子生徒の横へ差しかかったとき、閉じていた瞼が開く。


 黒い膜に覆われた目が、真上から私を見た。


「離れて!」


 女子生徒が跳ね起きる。


 先生を支えていた眼鏡の女子生徒へ、横から掴みかかった。


 間へ光を差し込む。


 黒い指が白い膜へ触れ、霊気を食い始めた。


 六人目。


 さっきまでは眠らされていただけの人が、私から奪った力を使って動かされている。


 目の前の邪気へ右手を向けた。


 人差し指と中指を揃える。


「臨」


 縦の線を切る。


「兵」


 横へ重ねる。


 三字目へ移る前に、女子生徒の腕が動いた。邪気の位置がずれ、残した二本の光が揺れる。


「闘――」


 背後の膜が大きく欠けた。


 振り返った瞬間、二本の線がほどけて消える。


 同時にはできない。


 三人を守りながら、動き続ける邪気へ九本の線を重ねるには、時間が足りなかった。


 タマが踊り場へ駆け下りてくる。


 女子生徒の指から邪気を断ち、その体を私たちから遠ざける。けれど、タマが次の一人へ向かった直後、切れたはずの黒い糸が床から伸びた。


 女子生徒の指が、また動き始める。


 払っても戻ってくる。


 タマだけでは、悪霊を生徒たちから引き離し続けられない。


 私だけでは、邪気を断つまでの時間を作れない。


「佐々木、来るぞ!」


 先生の声に顔を上げる。


 階段の上から五人が下りてくる。踊り場の女子生徒も立ち上がっていた。


「先へ!」


 前方の光で女子生徒を押しとどめる。


 体を傷つけないよう力を弱めた分、すぐに押し返された。


 タマが邪気を断った隙に、その横を抜ける。


 階段を一つ下りるたび、校舎の中で眠っていた人が増えていった。


 廊下の壁へもたれた先生。


 開いた教室の机へ突っ伏す生徒。


 階段の下で折り重なるように倒れた二人。


 その全員の足元に、細い邪気が這っている。


 通り過ぎた直後、背後で床を擦る音がした。


 一人が起き上がる。


 少し遅れて、もう一人も。


 振り返らなくても、追ってくる足音が増えたことだけは分かった。


 私の霊気が奪われるたび、悪霊が操れる人間も増えていく。


 守りを解けば、三人が捕まる。


 守り続ければ、その力を食べて追手が増える。


 出口へ近づいているはずなのに、逃げ道だけが狭くなっていく。


 一階へ下りた。


 昇降口のガラス戸の向こうに、五月の光が見えた。


 校庭から笛の音が響く。


 ボールを追う掛け声。地面を蹴る靴の音。


 校舎の中で起きていることを知らない、いつもどおりの音だった。


「もう少しだ」


 先生が息を切らしながら言った。


 自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 下駄箱の間を抜ける。


 先生がガラス戸へ手を伸ばした。


 その向こうで、笛の音が途切れた。


 首から笛を下げた運動部の顧問らしい先生が、胸を押さえて膝をつく。


 近くにいた生徒が駆け寄った。


 その足元を、黒い靄が通り過ぎる。


 生徒の足が止まった。


 糸が切れたように、その場へ崩れ落ちる。


「何だ?」


「先生!」


 離れた場所から声が上がる。


 何人かが走り寄る。助けを呼ぼうとした生徒もいた。


 けれど、その声は一つずつ消えていった。


 校舎の影からあふれた邪気が、薄い波になって校庭を進んでいく。


 足元を通った邪気が、三人を囲む光へぶつかった。白い膜の表面で弾け、黒い染みを残して外へ流れていく。


 触れられた人から膝をつき、地面へ倒れる。


 校舎の中だけを狙っていた悪霊が、外へまで手を伸ばした。


 もう異変を隠すことより、私たちを逃がさないことを選んだのだ。


 転がったボールだけが止まらない。


 白線を越え、誰も追わなくなった校庭の端まで転がっていった。


「そんな……」


 眼鏡の女子生徒の声が震える。


 先生はガラス戸に手をついたまま動かなかった。


「外へ出れば、助けを呼べると思ったのに」


 肩を痛めた男子生徒が呟く。


 背後から足音が迫る。


「先生、開けてください!」


 私の声に、先生が肩を跳ねさせた。


「あ、ああ」


 震える手で取っ手を掴み、ガラス戸を横へ引く。


 外の空気が流れ込んできた。


 同時に、すぐ近くで倒れていた運動部の男子生徒が起き上がる。


 瞳は黒く濁っていた。


 その口が笑う。


「外なら、助かると思ったか」


 先生が後ずさる。


 背中が下駄箱へぶつかり、大きな音を立てた。


 校舎の奥から追ってきた生徒たちが、昇降口へ姿を現す。


 外では、倒れた運動部員が一人、また一人と起き上がっていった。


 全員ではない。


 それでも、五人、六人と増えていく。


 逃げようとしていた出口が、人の体で塞がれた。


「三人とも、私の後ろへ!」


 光を広げる。


 先生と二人の生徒を囲み、前後左右を閉じた。


 十を超える手が、ほとんど同時に光へ触れる。


 全身から熱が抜けていく。


 胸の奥には、まだ霊気がある。


 なくなってはいない。


 けれど、必要な場所へ送る速度が追いつかない。


 右側の光を直せば、左が薄くなる。背後を厚くすれば、正面から指が入る。


 タマが光の外を駆け回っている。


 一人の腕から邪気を断つ。


 次の一人の足を止める。


 さらに別の手が伸びる。


 タマが払った邪気は、床へ落ちると別の体へ絡みついた。


 追いつかない。


 タマの動きが遅いのではない。


 私の守りも、タマの攻撃も、増え続ける手に追いつけない。


 黒い糸がタマの後脚へ絡みついた。


 タマが振り払う。


 今度は二本が、前脚と首へ伸びた。


 白い布の文字が赤く光る。


 タマの体から黒い邪気が漏れた。


 絡みついていた糸がまとめて弾け飛ぶ。


 それだけでは止まらなかった。


 床へ落ちたタマの邪気が膨らみ、三毛猫の影を何倍もの大きさに広げていく。


「タマ!」


 呼びかけると、影の膨張が止まった。


 タマがこちらを見た。


 苦しい。


 悔しい。


 私を守るためには、もっと力を出さなければならない。けれど、力を出せば、首の封印を越えて邪気まであふれてしまう。


 その迷いが、胸の奥へ流れ込んでくる。


 今のままでは、どちらかが限界を越える。


 別々に戦っている限り、私たちは互いの足りないものへ手が届かない。


 久世さんの言葉が蘇る。


『その道を少しだけ広げて、感覚を重ねる。俺が使う降霊術に近い方法だ』


 タマの感覚と動きを借りる。


 タマが邪気を見つけ、私が破邪九字で祓う。


 私の霊気を、二人で使う。


 できれば、別々にいるよりも早く動ける。


 その直後に思い出したのは、もっと強い口調で言われた言葉だった。


『俺がいないところでは絶対に試さないこと』


 封印を越えて、邪気が漏れたからだ。


 失敗すれば、タマの邪気を私の中へ呼び込むことになる。


 迷っている間にも、光が削られる。


 眼鏡の女子生徒が小さく悲鳴を上げた。膜を抜けた指が、制服の袖を掴んでいる。


 先生がその腕を払いのけようとする。けれど、相手が生徒だと気づき、振り上げた手を止めてしまった。


 肩を痛めた男子生徒が、眼鏡の女子生徒を引き寄せる。


 私が光を送り直す。


 その霊気も、すぐに食われる。


 久世さんは、危険だから止めた。


 その久世さんは、ここにはいない。


 高城さんも、ミコさんも来ない。


 何もしなければ、目の前の三人まで奪われる。


「タマ、戻ってきて!」


 黒い糸を振り切り、タマが光の内側へ飛び込んだ。


 足元へ来た体を抱き上げる。


「佐々木、何をするつもりだ」


 先生の顔は青ざめていた。私の腕の中には、先生には見えないタマがいる。


「一緒に戦います」


「誰とだ」


「ずっと私を守ってくれていた家族とです」


 答えてから、三人を囲む光をできるだけ厚くした。


「少しだけ、ここを動かないでください」


「少しって、どのくらいだ」


「分かりません」


「分からないのか……」


 先生が目を閉じ、短く息を吐いた。


 次に目を開けたときも、恐怖は消えていなかった。それでも二人の生徒を自分のそばへ引き寄せ、光の中心へ座らせる。


「やるなら早くしろ。こっちは、俺が何とかする」


 何とかできる根拠なんて、どこにもない。


 先生自身も分かっているはずだった。


 それでも、震える両腕を二人の前へ広げていた。


「お願いします」


 タマを床へ下ろし、背中へ手を置く。


 目を閉じた。


 膝の前にある小さな体。


 手のひらに触れる毛。


 上下する背中。


 外から光を叩く音が、体の内側まで響いてくる。


 焦るな。


 タマを見つけても、引っ張らない。


 自分から入り込まない。


 タマがこちらを見るのを待つ。


 久世さんに教えられた順番を、一つずつ思い出す。


 温かく、懐かしい気配がある。


 そこへ手を伸ばしたくなる。


 早く来て、と引き寄せたくなる。


 待った。


 光へ亀裂が入る音がする。


 先生が何かを叫んでいる。


 それでも待った。


 やがて、タマが顔を上げた気配がした。


 一瞬だけ、世界が低くなる。


 床を踏む無数の足音が、すぐ耳元で鳴ったように大きくなった。


 汗と土と古い校舎の匂いが、一度に押し寄せる。


 閉じているはずの目に、下駄箱の下まで見えた。


 見つけた。


 私とタマを繋ぐ道の入口。


 前に触れたときよりも、はっきりと分かる。


 その奥から、冷たい邪気が滲み出した。


 タマの首に巻かれた布が、瞼の裏で赤く光る。


 このまま道を広げれば、邪気まで一緒に入ってくる。


 目を開けないまま、右手の人差し指と中指を揃えた。


 祓うのはタマではない。


 道の縁から漏れ出した、冷たいものだけ。


「臨」


 細い縦線を切る。


「兵」


 横線を重ねる。


 一字ずつ。


 急げば線が太くなる。力を抑えすぎれば消えてしまう。


 外から何度衝撃が来ても、同じ細さを保つ。


「闘、者、皆、陣、列、在――」


 八本目まで繋がった。


 最後の一字を前に、光の膜が大きく割れる。


 誰かの指が肩へ触れた。


 先生の声が上がる。


 タマの気配が揺れた。


 大丈夫。


 今度は私が、タマへ感情を返した。


 逃げない。


 置いていかない。


 一緒に戦う。


「前」


 最後の横線を切った。


 九本の光が格子を結ぶ。


 道の縁へまとわりついていた邪気だけが細く裂け、黒い靄になって剥がれ落ちた。


 タマの温かさは残っている。


 消していない。


 間違えなかった。


 格子はすぐに崩れ、奥から新しい冷たさが滲み始めた。


 完全には止められない。


 長くは保たない。


 それでも、今なら道を開ける。


 私は入口で待った。


 こちらから引かず、タマが来るのを待った。


 額へ、柔らかなものが触れる。


 目を閉じる前には、そこにタマの頭があった。


 三毛の輪郭が淡い光へ変わり、額から私の体へ重なってくる。膝の前にあった小さな重みが消えた。


 触れた場所から温かさが広がっていく。


 額から目へ。


 耳へ。


 首を通り、胸の奥へ。


 自分の鼓動の一つ一つに、タマの気配が重なった。


 世界が変わる。


 光を叩く手の音が、一つずつ分かれる。


 先生の荒い呼吸。


 二人の生徒の速い鼓動。


 光の外で重なる、無数の足音。


 そのすべてに混ざる、濁った音。


 悪霊の邪気が、人の体を動かす音だった。


 目を開ける。


 床が近い。


 違う。


 立っている高さは変わっていない。低い場所まで、同時に見えている。


 視界の端で、逆立った自分の髪が揺れた。


 ガラス戸に姿が映る。


 細くなった瞳。


 髪の間から、淡い光で形作られた三角の耳が覗いている。


 胸の奥には、タマがいた。


 そのさらに奥で、膨大な邪気が封印を押している。


 触れれば飲み込まれると、本能で分かった。


 私の霊気を細く伸ばし、あふれようとする邪気の外側へ重ねる。


 押し潰すのではなく、道から逸れないよう包む。


 冷たさは消えない。


 けれど、まだ私の意識は私のものだった。


 三人を包む光の亀裂が、一本ずつ見える。


 裂け目へ霊気を細く通し、広がっていた膜を三人のすぐそばまで縮めた。守る範囲が狭くなった分、光が厚くなる。


「佐々木……なのか?」


 先生の声が聞こえる。


 返事をしようとした瞬間、運動部の男子生徒が正面の光へ腕を食い込ませた。


 膜が破れるより先に、こちらから外へ踏み出す。私が抜けたあと、光はすぐに閉じた。


 男子生徒が私へ掴みかかる。


 遅い。


 そう感じた直後には、体が横へ動いていた。


 避けようと考えるより早い。


 けれど、人の体のまま猫の動きへついていけるわけではなかった。足がもつれ、下駄箱へ肩をぶつける。


「痛っ」


 完全には重なっていない。


 タマが進もうとする向きへ、私の体が遅れている。


 次の手が伸びる。


 今度は、動く前にタマの意志が分かった。


 右へ一歩。


 上体を沈める。


 頭の上を腕が通り過ぎた。


 見える。


 男子生徒の肩から伸びる黒い糸が、はっきりと見える。


 人の体と邪気の境目が、今までとは比べものにならないほど鮮明だった。


 右手の二本指を揃える。


 破邪九字の一字目を切る。


 男子生徒が振り返り、拳を突き出した。


 タマの感覚に従って半歩退き、次の線を重ねる。


 鼻先を拳が掠めた。


 術が速くなったわけではない。


 一本ずつ確かめなければ、今でも形は崩れる。


 ただ、次にどこから手が来るのか、タマには分かっている。


 私が線を保つ間、タマが体を動かしてくれる。攻撃を避けるたび、光の線を一字ずつ増やしていく。


 背後から別の生徒が近づく。


 音だけで位置が分かった。


 床へ手をつき、足を払わず、その腕の下を抜ける。


 八本の光が、男子生徒の肩にまとわりつく邪気を囲んだ。


 九字目へ指を動かす。


 男子生徒の手が、私の首へ伸びた。


 怖くなかった。


 私にはタマの目がある。


 タマには、私の指がある。


 最後の線を切る。


 九本の光が繋がった。


 黒い糸だけが格子に断たれる。


 男子生徒の瞳から黒い膜が剥がれた。


 膝から力が抜ける。


 倒れる前に、その体を抱き止めた。


 重い。


 腕が下がりかけると、胸の奥からタマの力が流れてきた。


 足を踏ん張り、男子生徒を抱えたまま三人を守る光へ戻る。


 左右から伸びる手を避けるたび、抱えた体が揺れた。首を支え、頭をぶつけないように抱き直す。


 光をわずかに広げると、先生が内側から腕を伸ばした。


「お願いします」


 先生へ男子生徒を預ける。先生と二人の生徒が協力し、光の内側へゆっくり寝かせた。


 息はある。


 傷も増えていない。


 男子生徒の瞼が震え、薄く開いた。


「せん、せい……」


 校庭に倒れている顧問へ手を伸ばしかけ、力尽きたように瞼を閉じた。最後まで、瞳に黒い膜は戻らなかった。


 一人、助けられた。


 顔を上げる。


 昇降口と校庭には、まだ多くの黒い糸が伸びている。


 私がそれを見る。


 タマも、同じものを見ていた。


 次に断つべき邪気へ、私たちは同時に目を向けた。

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