彼氏は規約違反
そしてここにも策略に嵌ったお客が一人。
「今度外で会おうよ」
私と同い年くらいの男は微笑を浮かべて慣れた口振り。
勿論、コンパニオンとお客が店を通さず外で会うのは規約違反である。
「色んなコンパニオンにそんなこと言ってるんでしょ? どうせ」
「違うよ。夕起ちゃんにだけだよ」
「またそんな調子良いこと言っちゃって」
男の名前は日下部健留。私が雑誌のグラビアに登場してから他のコンパニオンに予約を入れ始めた。
その内、男性店員の亮君から、
「夕起ちゃん、一度あのお客についてくれないか」
と懇願される。
「何で? 私他のお客で予約一杯だよ」
「あのお客、予約を入れたコンパニオンに『自営業 日下部健留』っていう名刺を渡すらしいんだけど、「OLの恰好で」って予約を入れてもプレーをしなくて会話だけ。コンパニオンの身体に触れることもなくて紳士的らしいんだよ」
「ふーん。そんなお客いるんだね」
「だから店長に「どうします?」って相談したら、「試しに夕起を入れてみたら」って言われたんだよ。だから一度だけ頼むよ」
亮君は頭を下げた。
ちなみに亮君の苗字は木村。私よりも年上だけど、コンパニオン達は皆「亮君」と呼んでいる。
「じゃあ一回だけね」
他の予約客の時間をずらしてもらうことで話はついた。
「本当、ありがとう。夕起ちゃん」
亮君はまた頭を下げた。別に彼が悪いわけじゃないのに。
風俗嬢に何もせず会話だけ。そうしたら男性店員に売れっ子風俗嬢をつけてもらえることが間々ある。なんて話を聞いたことがある。今回はそのパターンだろう。
私が健留が待つホテルに入ると、
「待ってたよ」
健留はやっぱり私にも紳士的に出迎えた。
そして、
「オレ、こういう者なんだけど」
『自営業 日下部健留』の名刺を渡された。
ちなみに健留は私にもOLの恰好を指定している。
「あのう、プレーはどうしますか?」
「普通のやつでお願いしても良いかな」
「普通……別に構わないですけど」
やっぱり彼は初めっから私狙いだったんだ。予想通り。
「じゃあ宜しく」
「こちらこそ」
健留とディープキスをしながらお互い服を脱いでいき、シャワーへ。
私はいつも通りのプレーをしたけど、彼はプレー中もクールで紳士的には変わりなかった。
プレーが終わりそこで「外で会わないか?」のお誘い。
「会うのは良いけど、お金をくれないと遊んであげないよ」
少々からかってみる。
「それは構わないよ、別に」
冗談で言ったのにあっさりOKしやがった。この数分のやり取りで商談は成立。私は規約違反をしてしまうことになるんだけど……。
風俗嬢には大きく分けて2パターンあるといわれている。一つは切実にお金に困っている子。借金、子供のため、遊ぶ金欲しさにと事情は各個様々だ。
もう一つは孤独を感じている子。幼少期に両親が離婚した、学生時代にいじめに遭っていた、誰かに求められることが心地良いなど、こちらも各個様々。私は断然こちらのグループに入るのだろう。
お金に困っている子は「お客=お金」という意識があり、たとえ好意を寄せるお客がいたとしても簡単には心は動かない。
逆に孤独感を持っている子は、好意を寄せるお客がいれば僅かながらも心が満たされ、自分を認めてくれていると心動かされるのだそうだ。
早い話が騙され易いってこと――
そんな騙され易い私は二月初旬の月曜日、渋谷のネットカジノカフェで日下部健留と会うことになった。十八時過ぎ、センター街の横道にある雑居ビルに入り、階段で二階に上がる。店には看板さえ出されておらず、白くて重そうな鉄扉があるだけ。
健留が鉄扉を開けると中は以外と清潔で、一見すると普通のネットカフェと変わらない。
「私、こういうとこ来るの初めて」
「大体の人間はそうだよ」
「でもいけないんだー、こんなとこ来るの。捕まるよ」
「まあね」
健留は苦笑した。健留に誘われて来てはみたものの、見付かれば私だって無事では済まない。でも、何故初デートがここなのかは不明――
健留に促され隣同士の席に座る。
「オレは三万からスタートさせるけど、夕起ちゃんはどうする?」
「私は素人だから一万円で良い」
男性店員に料金を支払いプレー開始。私も健留と同じでルーレットを選んだ。ていうかそれくらいしか知らなかったもので――
でもやっぱり素人。僅か一時間で全部すってしまう。だが健留は慣れたもので四万円の利益を上げた。
健留が店員からメダルを七つもらいカフェを出る。
「これを三階に持って行くんだよ」
「どうするの?」
「まあ見てなって」
健留の後に付いて三階に上がると、また看板のない鉄扉が一つ。健留は戸惑うことなく扉を開け、中にいた中年男性にメダルを渡す。
すると男性が出したのは現金七万円。なるほど。換金所ってわけね。
「これからどうする?」
「食事でもしてホテルにでも行くか」
健留が言うままに渋谷駅から徒歩一分のイタリアンレストランに入る。
石窯で焼いたピザに舌鼓を打った後は、道玄坂にあるラブホヘ。
部屋に入りまずは、
「もう一度乾杯でもしようか」
健留がコンビニの袋を私に向けて言う。
「レストランでワイン飲んだけど、もうちょっと酔いたいね」
袋の中からビールを一缶取り出す。しかも二人共ロング缶。
ベッドに座りビールを飲む。健留はビールを飲みながら私の肩に手を回し、左耳を触ったり首を撫でたり、遂には胸にまで手を伸ばしてくる。
「フフンッ。くすぐったいよ。酔っぱらってるの?」
「レストランでワイン二杯飲んだからね」
健留は少し赤らんだ顔で笑った。
「私は一杯だけだったから、まだ平気かな」
私も決して強い方ではないんだけど。
ビールを半分飲んだところで、
「私、もう我慢できない!」
缶を床に置き、彼にキスをした。
「んっ! まだ飲み終わってないよ」
その瞬間、健留の口からビールが私の口に入る。気に留めず一口で飲む。
「良いじゃん。気持ちが抑えきれないの」
「分かったよ」
健留も缶を床に置き、二人共靴を脱いでベッドの上で抱き合う。
「舌出して」
健留が「べー」っと舌を出す。
「もっと!」
「これ以上出ないよ」
「もっと出るはず!」
ねっとりとディープキス。
確り抱き合い、彼の「あそこ」に両足を彼の太腿に乗せ、自分の「あそこ」を擦り付けるようにして当てる。衝撃で誰かのビール缶が倒れた。構わずプレーを続ける。
キスをしたままの状態で思う。「健留の「あそこ」、勃起してない。不感症?」。私はキスを止め、彼の上着とTシャツを脱がし、今度は乳首を舐めてみることにした。
「夕起ってプライベートでも積極的なんだな」
嗤われたが、私は彼の「あそこ」を勃起させようと躍起になっている。
そういえば健留、来店して来た時も素股をするまで勃たなかったんだっけ。でも今日は何としてでも勃たせてやる! このままでは私の風俗嬢としてのプライドが許さない。
乳首を舐めながら彼の「あそこ」を触ってみる。これだけ「サービス」してもまだ……。さすがに嫌気が差し、彼のベルトを外しジーンズを脱がす。
「オレだけ裸にされるの?」
「私も脱ぐ?」
上着を脱ぎ白のブラジャー姿になった。すると健留は透かさずホックを外し胸を愛撫した後、乳首を舐め始める。
「あん!、あん!」
仕方なく喘ぐ。
「スカート捲り上げて」
最早健留のペース。
ちなみに今日はTバックを穿いてみた。プライベートでは穿かないけど、初デートだし少しは頑張って店の物も借りず購入した……つもりなんだけど。
健留の手が私の「あそこ」に伸びる。
「あーん!」
悔しいけど気持ち良い。やっぱりこの男……慣れている。私の「あそこ」も濡れ始めた。
頭は「屈辱」だけど、身体は「正直」。「惨敗だ……」そう思いながらもTバックは徐に脱がされていく。「惨敗というより完敗だ」そんな猥雑な気持ちがない交ぜになった刹那、健留のボクサーブリーフが盛り上がっているのに気付く。透かさず私は彼の「あそこ」を触る。勃起していた。
「何だこの男、女の裸体を見なきゃ勃たないの?」。そうとなったら後はこっちのもの。健留のブリーフを素早く脱がす。
「すごーい。勃ってるよ。アハハッ!」
「だって勃たなきゃ入れられないじゃん」
健留は苦笑。私は「それもそうだ」と納得してフェラを始める。
「夕起、気持ち良いんだけど、69やってみないか?」
「うん、良いよ」
彼の身体に四つん這いで覆い被さり、「うーん、うーん」と喘ぎながら69。その後は……いよいよ挿入。ビールと一緒に購入したゴムの袋を開け、私が付けて差し上げる。
「プライベートでもゴム付けるの上手いね。さすがはプロ」
健留に嗤われハッとする。シャワーの浴びせ方からプレーまで普段の癖が出てしまう。
この間、後輩の子は陰毛を剃ってて彼氏に風俗で働いていることがバレたって言ってたっけ。いずれにしても、SEXの時に「職業病」でバレてしまうことが多いらしい。
それはさて置きビールにコンドーム。如何にもという感じもしなくもないし、店員も感付いたと思うが、二人して素知らぬ顔をして代金は健留が支払った。
「バックから入れても良いか?」
「えっ!? いきなり?」
「オレ女性のお尻好きなんだよ」
健留ははにかむ。あれだけ胸を愛撫、舐めておいて? でも彼が好きならご希望に応えてあげることにした。
「本当に入っちゃうよ」
「気持ち良くしてやる」
バックに始まり交互の騎乗位を楽しんでプレーは終了。プレー中、健留は一度も喘ぐことはなかった。やはり紳士的でクール。
だが、これで私は二つの規約違反をしたことになる。お客とプライベートで会うこと、幾らゴムを装着していたとはいえ、本番行為を許してしまったこと――
店にバレたらお咎めがある……というより絶対クビだ。今頃になって若干罪悪感を感じていると、
「シャワーでも浴びて帰らないか?」
健留に言われ浴室へ。でももう彼の「あそこ」が勃起することはなかった。
「もう一回勃て! 勃て!」
ふざけてシャワーを健留の「あそこ」に当てたが、
「今日は1プレーだけで良いよ」
彼は苦笑。
シャワーを浴び終え服を着、部屋を出たところで、
「今日は楽しかったよ」
健留は財布から五万円を抜き出して手渡してきた。
「ねえ、差し支えなければ訊いても良い?」
「何?」
「あなたって結構お金に余裕があるみたいだけど、『自営業』で何やってるの?」
「ああそのことか。オレはステマ(ステルスマーケティング)やアフィリ(アフィリエイト)を生業にしてるんだよ。所謂ネオニートってやつ」
「へえ、そうなの。儲かってるんだ」
「まあぼちぼちとね」
健留はそう言ってニヤリ。随分長いことやっているみたいでそこそこ儲かっている様子。どうりで羽振りが良いわけだ――
今日をもって健留とプライベートで会うことはもう二度とない――この時はそう思っていた。
しかし、現に健留は来店することはなくなったけれども、プライベートで会うことは持続することになる。
健留と私はいつの間にかセフレ、良き友達のような関係になっていた。
それから約一週間後――
買い物に行こうと独りで渋谷に来た時だった。
スクランブル交差点を渡り、いざファッションブランドショップが入るビルの中に入ろうとすると――
ハンディーカメラを携えた男性、ガンマイクを持った女性、ライトを手にした男性、そしてマイクを構えた男性ディレクターと思しきテレビクルーが私に近付いてくる。
「済みません、TV Jyapanなんですが、ちょっと取材させて頂いても良いですか?」
案の定――でも時間はあるので……。
「ええ、良いですよ」
「今個人的ニュースを訊いてるんですけど」
「個人的ニュース……」
「何かありませんか? 何でも良いんで」
男性ディレクターにマイクを向けられたまま、
「何もない」
苦笑しながら答える。
「何もない。ほんとに?」
ディレクターも苦笑。
最後に、
「これいつ放送されるんですか?」
「○月○日放送予定だけど、飽く迄も予定ね」
「分かりました。放送で確認します」
笑顔で告げ、インタビューのお礼としてテレビ局のグッズをもらい、私はビルの中に入った。
私もたまに録画してその番組を観ているのだが、放送されることはないだろう。そう思ったがやはり気になり、ディレクターに言われた日時に合わせて録画し、放送を確認した。
すると、画面に私が出てきてしまった……。
「あーー……」
思わず唸り頭を抱えてしまう。
「これ放送に載るんですよね?」
「そのためにやってるからね」
ディレクターに言われ口走ってしまったのだ。
「会って、二回目の人とそういう関係になっちゃった」
本当は一回目だけど。
私が答えると、
『やる事はやっていた』
とナレーション付きの字幕が出た。
「あんまり言いたくない! この話」
私が手で口を押えて苦笑いを浮かべていると、
『お姉さん、番組の為に身を切ってくれてありがとうございます』
またナレーション付きで字幕が出る。
嗚呼、放送されてしまったか……。健留や店の人達が観てなきゃ良いけど。
と思っていた矢先――
携帯電話が着信音を鳴らす。確認すると健留からのメール。
『夕起、きのうテレビ観たぞ。2回目の人ってオレだろ?』
やはり観ていやがったか……。続きを読む。
『気にせずタケルって名前出しても良かったんだぜ』
とあった。何か私をからかうようなメール。
直ぐに「そんなことできるわけないでしょ!」。若干怒りを込めて返信。放送されただけでもショックなのにからかわれてはやり切れない。
後は店のコンパニオン、店員、そして何よりも藍子店長が観ていないのを祈るだけ。
その日の夕方、恐る恐る出勤。だがコンパニオンも、亮君達スタッフも、藍子店長からもお呼び出しはなし。みんな「おはよう」と自然な表情。
本当に観ていないのか、只素知らぬ顔をしているだけなのか、それともみんな「バタンキュー」したのか分からないが、私にとっては安堵だ。




