画策 その2
翌火曜日の閉店後、また藍子店長から事務所に呼び出された。
「昨日はどうだった?」
「緊張しましたけど、何とか任務を遂行してきました」
「そう、お疲れ様」
藍子店長は労うというよりいたずらっぽい笑み。これはまさか――
「またあたしに何かやらせる気ですか?」
「実は、そのまさかなんだよね」
「やっぱり……私、昨日で任務終了だとばかり思っていたんですけど。あの達成感をどうしてくれるんですか!」
「まあそう怒んないで聞いてよ。今度はCSのAVチャンネルで放送されている番組なんだけど、無名の企画女優や風俗嬢二十五人が出演するの。夕起だけじゃないから良くない?」
藍子店長はにんまり。絶対に出演させようという想念が見え見え。
「良いかどうかは企画内容を聞いてから決めます」
「一泊二日の温泉バスツアーなんだけど、途中でクイズやゲームをしながら箱根を目指すの。途中で失格したらギャラは五万円だけど、優勝すれば賞金六十万円よ。どう?」
「どうって訊かれても……」
正直面倒臭そう。
「今回は私じゃなくても良いんじゃないですか?」
お茶してる子もいるわけだし。
「それも考えたんだけど、ロケが日曜から月曜なのよね」
「ジロッと私を見ないでくださいよ。つまり私じゃなきゃスケジュールが合わないって言いたいんですよね」
「その通り! これは放送局が提示したスケジュールだから仕方ないわよね。このスケジュールで参加できる子はいないかって打診されちゃったのよ」
だから私。ていうかグラビアの時と同じで、初めっから私しか見ていなかったんですよね?
「……分かりました。出演します」
「本当!? 良かった。じゃあ店の宣伝宜しくね」
出た。藍子店長の欣欣然が再び……。
私のみならず店の知名度も上げてきてという威令。さすがは経営者。ガツガツしていないと商売はできないということ。
サッといって五万円だけもらってさっさと帰ろうと思っていたのに――
三週間後の日曜日、暮れも押し迫った十二月下旬に撮影は行われた。
朝七時に新宿駅に集合し、大型バスに乗り込んでまずは都内のAVスタジオヘ向かう。
集まったのは企画女優や風俗嬢合わせて二十五人。
まずやらされたのが風船割り競争。ルールは五分間に五十個の風船を割らないと失格というもの。二十五人でやるから風船の数ももの凄い。
「それじゃあ始めまーす! よーい『ピッ!』」
MCの男優が笛を吹いてゲーム開始。風船を尻で次々に割っていくんだけど、これが破裂する時にヒリヒリ痛い。痛みに耐えながら急いで割っていく中、隣の子は全くやる気なし。
「何で割らないの?」
「最後の方で失格になってもここで失格になってもギャラは同じじゃん? だったら早く帰れた方が良いと思って」
「ああ、なるほどね」
目立つ気も全くなし……私も彼女のようにしたいけど、店長からの威令があるから必死で風船を割るしかない。
尻もちをつくようにして一気に割れば良いんだけれど、バランスを崩して腰を打ったりするから鈍痛が走る。
そうやって四苦八苦しながら私は四分三十八秒で五十個の風船を割り、見事に一次予選を通過した。
ここで失格となったのは九人。十六人となった私達メンバーは再びバスに乗り、いよいよ箱根を目指す。
でも、その車内でも全然休ませてもらえない。
「はい、ここで簡単なクイズを出題したいと思います」
MCの男優が告げてクイズ開始。
「『一票の格差』とはどのような問題でしょう?」
正解は、選挙で有権者が投じる票の価値差一票の重みの不平等を表す用語である。
だけどある子は、
「一票入れて無駄になった票が重なること!」
自信満々に何ともビミョーな解答。
また別の問題では――
「沖縄県の県庁所在地は?」
「九州!」
さっきとは別の子が澄ました顔で答える。 さらには――
「パワハラとは何の略?」
「分かった! パワーでハラハラさせること!」
AV女優や風俗に集まってくる子は無学な子達が多いのか? そういう私も高校を中退しているから人のことはいえないんだけど。
でも、
「映画『007』の主人公の名前は?」
「ジェームズ・モンド!」
これは知っていた。
このコーナーは箱根に到着するまでの単なるプレイベント。だから脱落者はいない。本番は箱根に到着してからだった。
箱根に到着するとまず部屋に通されて荷物を置き、温泉へと直行。ここで何をやらされるのかというと――
「ここから皆さんには温泉に入った状態で、『平家物語』と『源氏物語』の冒頭文を暗記してもらいます」
「えーーーっ!!」
私を含めた十六人は声を合わせて拒否する。
中には、
「私絶対無理!」
やる前から諦めてしまう子が数人。でもカメラが回ったらやるしかない。
私が覚えるのは『平家物語』の一節、
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前のちりに同じ』
ここまでである。
漢字には一応ルビが振ってあるけど、古文が苦手な私にとってはそれでも厳しい。
それより問題なのは温泉の温度。体感で四十度以上はあると思う。そうじゃなくても難しい文章なのに、熱湯で逆上せて全然集中できない――
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常……」
挫折。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるかに(『源氏物語』の一節)……ああ駄目!」
他の子達も途中でつっかえるつっかえる。
「もう熱過ぎ!」
温泉から上がる子がいるけど、
「まだ上がっちゃ駄目だよ」
暗記するまで絶対に上がれない。
でも時間が経てば経つ程耐えられなくなり、私を含め全員が立ち上がったり縁に座り込んでしまう。但し足はお湯に浸かった状態なので、下から熱が上がってきて逆上せた状態には変わりない。だが遂に――
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……娑羅双樹の花の色……盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夢のごとし……たけき者も遂にはほろびぬ……ひとへに風の前のちりに同じ」
できた!――
「はい、夕起ちゃん抜けー!」
つっかえたり言い間違えること十三回、一時間半も掛かったけど、これでやっと上がれる。けれども――
「おっとっと……」
立ちくらみがして床に倒れ込んでしまう。
「夕起ちゃん大丈夫!?」
「大丈夫です……ちょっと逆上せただけですから」
MC役の男優に答えた。
私が床で休んでる間にも――
「いづれの御時にか……女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに……いとやむごとき際にはあらぬが……すぐれて時めきたまふありけり……えーっと、はじめよりわれはと思ひ上がりたまへる……御方々めざしき者に……おとしめそねたみたまふ。終わったあ!」
「はい、りょうちゃん上がって良いよ!」
りょうって子もできたんだ。でも今は喜びを分かち合っている場合じゃない。
「やっと上がれる!」
りょうって子は床に座り込んでしまう。
スタッフ達はこれ以上は危険と判断したのだろう、ここでタイムアップとなった。
「はい、みんな上がって良いよ!」
「良かったあ」
「死ぬかと思った」
「もうだるい! 何にもしたくない」
十四人全員が力なく床に倒れ込んだり座り込んだりしていく。このシーンはカットされるな、絶対――
結局サバイバルを制したのは私と企画女優のりょうって子の二人だけ。後の子達は自腹で東京に帰っていった。
私達はそのまま旅館にゆっくり一泊し、翌日は午前中からSEXシーンに臨んで妖艶度を競った。
撮影が済むとMC、相手役の男優、スタッフが集まり何やら小会議。
「慎重に協議しました結果、甲乙付けがたいということでお互いドロー!」
MCの男優に告げられ、賞金六十万円は二人で折半することになった。
最後にインタビューと称してMCからマイクを向けられる。
「楽しんでSEXできたんで満足しています」
「それは良かった。ところで夕起ちゃんは何処のお店に勤務してるの?」
「池袋東口の<CLUB WOMAN>です。かわいい子ばっかりのお店なんで皆さんきてくださーい!」
カメラに向かって破顔し手を振った。
「これで店長から申し付けられた、お店を宣伝してきてっていう威令は達成したことになりますね」
翌日の火曜日、閉店後の事務所で藍子店長に結果を報告する。
「別に威令のつもりはなかったけど、まさか最後まで残るとは思わなかったよ。本当にご苦労様。ところで賞金の三十万はどうするつもりなの?」
「あゆとエリカには焼肉奢ってよって言われたんですけど、取り敢えずは貯金しておきます」
「若いのに堅実だね」
店長はにやつく。
「お疲れ様でした」
恭しく一礼し、また威令を申し付けられる前に足早に事務所を出た。
雑誌のグラビアを飾り、テレビ番組にも出演した効果は以外にも早く表れた。
実際にグラビアや番組を観た人。ネットの掲示板やXで知った人達で、年明けから予約が埋まり始め、中には一ヶ月待ちまでしてくれるお客まで出始めた。
何とも嬉しいことだけど、予約を入れてくれるお客達は藍子店長の策略に、まんまと嵌ったわけだ。




