35-大馬鹿者は俺です
「研究内容の秘匿性の問題です。」
急に、応接室の入り口から声がした。
ルシアン様だ。それと、ジュールさん。
「すみません。遅くなりました。」
「先日は、村でご歓待頂きありがとうございました。」
「あ、こないだのお兄ちゃん。」
カイが、顔を上げた。
カイと俺は、マリナさんの話の邪魔をしないように、絨毯の上で、おとなしく石の色変え遊びをはじめていたところだ。
ジュールさんはカイに手を振ってくれた。
で、秘匿性ってなんで?
「魔石や魔獣核の運用管理は、国によって統制されています。」
「でも、色なしは、その枠外よね。」
マリナさんが答える。
うん、一昨日、ギルドでリーゼさんに聞いた。
直取引OKって。
「ええ、色なしが色なしのままなのであれば。」
ルシアン様の笑顔。
「研究の中に、色なしが色付きになる事象についての実験があります。」
「…これ?」
マリナさんが、カイの手元のクズ石に視線をやる。
「色が付いたとしても、この大きさじゃ、市場価値は無いに等しいわ。」
「ですから、研究材料です。色付きになったものは、そのまま魔力観測機の素材として利用します。」
うん、そう。俺が、そう作ってる。
「魔力観測機とその運用も研究の一つですので、実用化され公になるまで、材料などの詳細情報は秘匿されます。」
へー、そうなんだ。
「王都近郊で使用済みの魔獣核を回収して利用した場合、回収先から材料の情報が漏れてしまう可能性が高くなります。」
「使用済み魔獣核はギルドの管轄外になりますので、何があっても介入することはありません。」
ジュールさんも解説に入る。何の解説?わかんないけど。
「ただし、王都で動力源として利用されている魔獣核は、この石より大きいものがほとんどなんです。」
マリナさんが、片眉を上げて、ジュールさんに聞く。
「…単純に、割ればいい、という問題でもなさそうね。」
「はい、万が一、使用済み魔獣核に価値があると知られれば、」
「価値の無いものに価値がつくことになる。」
「ええ。」
「ギルドも把握してない、色なしでもお金になる、なら、奪い合いになっちゃうわね。大きいなら、もっと価値があると思われても不思議じゃないし。」
「そうです。」
「大混乱ね。…なんで、色なしに価値が出たのか知りたくなっちゃうわ。」
マリナさんが、俺を見て肩をすくめる。
「秘匿事項を口外しないこと、が契約に含まれるってことね。お互いのために。」
どういうこと?
「お金を出してでも、研究内容を欲しがる連中が増えるってこと。」
「…。」
「もっと言うと、色なしが色付きになる秘密に気づかれちゃうかも。」
「…どういう…、」
「秘密を知りたがってる人に、色付きにできるって知られたら、そのあと、どうなるかしら。」
カイを見る。
手のひらの上の、もとは色なしの石。
今は色変えして、キラキラになった石を持って、俺に見せてくる。
これを、外で誰かに見られていたとしたら。
「みて!」
いい、笑顔で…。
(―― っ!)
呼吸が止まった。
音にならない音が、喉奥から漏れる。
…ああ、俺は、馬鹿だ。大馬鹿だ。
そんな危険に気づかないなんて!
偶然気づいた、魔石、魔獣核の性質。
性質を活かして、発展させて、魔力観測機に組み込む。研究の事しか頭になかった。
ほんとなら、研究を進めるなら、成果だけじゃなく、危険も考えなきゃならなかった。
『価値の無いものに価値がつくことになる。』
マリナさんの言う通り。
価値の上がったものに群がるヤツらがいるって、知ってただろ、「俺」は。
小さな子供にも、悪意を向けられる大人はいる。どこの世界でもだ。
そして、悪意に狙われやすいのも、力の弱い小さな子供だ。
俺が守んなきゃいけないのに。俺が考えなしなばっかりに、大切な…。
頭が、くらくらして…。呼吸が、浅くなって…。目が…。
「…レイン!」
背中を、ドン!と強く叩かれた。
「…くはっ、ぅ、ぁ、…」
「レインくん、しっかり!」
ジュールさんが、支えながら肩のあたりをさすってくれてる。
俺、絨毯に倒れこみそうになったみたい。
「そんなに、驚かせるつもりじゃなかったの。」
「荒療治過ぎました。すみません。」
マリナさんとジュールさんが、俺をあちこちさすりながら、謝ってくれる。
「だいじょぶ、わるくない、二人とも。」
俺は、息を整えながら、なぜかカタコトで謝っていた。
うん、あくまでも可能性、の話だよ、ね。わかってる。わかってるけど、「もしも話」で受けたダメージが大きくて、自分でもびっくりしてる。
「君は、自分のことには無頓着なのに。」
ルシアン様が、呆れてる。
「身近な人間のこととなった途端に、そんな風に崩れちゃうんですか。」
「ちょっと、ルシアン様。言い方!」
「ごめん。悪かったわ。いつものレインの様子だと、強めに行かないと効かないと思って。」
マリナさんも、謝ってるけど、内容は謝って無くない?俺、何だと思われてんの?
「子供をだしにしたのは悪かった。でもね、実際、あなたが考える最悪の事態になんてさせないわよ。」
「レインくん。大人を信じてください。」
「危険に気付いたのなら、今から対策を考えればいいんです。」
ルシアン様も、ジュールさんも、静かに頷いた。
「秘匿も契約も、そのためにあります。」
「レインくんが考えた研究は、我々大人が責任を持って守ります。」
…そうか。俺一人で全部守ろうとしなくていいんだ。
「でも、俺の、自覚も足らなかった。本当にごめんなさい。」
「…レイ兄…。」
カイが、目を見開いて寄ってくる。
「大丈夫。…カイのせいじゃないよ。」
「…。」
「大丈夫。」
俺を心配して、服を握りしめる小さな手がある。
うん、大丈夫。
ちゃんと、ちゃんと考えるから。俺と、俺が変えちゃったかもしれない、この世界の「何か」について。




