閑話 研究者達の決意
レインが辺境から取り寄せた荷物が、研究塔に届けられたその日の夜。
人払いの済んだ会議室には、重い沈黙が流れていた。
机の上には、色なし魔獣核…レインのいうところのクズ石が木箱に三個。
そして、実験記録。
紙束は内容を隠されることなく、木箱の上に、ばさりと無造作に置かれている。
辺境の生物植生に関する記述と、何らかの装置を示す走り書き。
「…。」
「…無防備というか、資料に対する扱いがぞんざいすぎる。」
「一応、運搬中は埃除けの布は掛けられていたそうです。」
「そういう問題ではないのだがな。」
「…。」
「…危ういな。」
「…。」
誰ともなく、溜息が漏れる。
今は布が取り払われており、運び込まれた会議室にそのまま置かれている。
その気になりさえすれば、研究の成果を丸ごと盗むこともできるだろう。
レイン本人は、「読めないよう暗号を使って書いたから大丈夫。」と言っているが、そういう問題ではない。
文字は読めずとも、略図や注釈が付いたり囲ってある部分を見ただけでも、研究内容の概要を察することが出来てしまうこともあるのだ。
レインの研究、というよりレイン本人の認識、価値観、既存のものに対する疑問、そういった着眼点そのものが特殊すぎるうえに、他に類を見ない成果に繋がって行く可能性が高いのだ。
そもそもの前提が劇的にひっくり返る事象を、我々は何度も見せられている。
恐ろしいのは、この少年は、既存の学説を否定しようとしているわけではないことだ。
ただ、誰も疑わなかったことを疑い、事象を分解し、構造を明確にしてみせた。
その結果、積み上げられてきた常識の方が、勝手に崩れていく。
「魔力」のみを測定するなど、今までにこの世の誰が思いつくというのか。しかも、「魔力密度」などという新しい概念まで理論化して。
世界そのものの見え方を書き換える発見こそが、革命的とすらいえる価値があることを、レイン本人だけが理解していない。
最初に口を開いたのは、ベルトランだった。
「君達は、どう見ているかね?」
ルシアンは少し考え、静かに答える。
「魔獣核についての研究内容は、実証が終わるまで断言はできません。」
「うむ。」
「ですが、仮に、彼の仮説が正しかったと証明されてしまえば、」
そこで一度言葉を切るルシアン。
紙束へ視線を落とした。
「まず、魔石の運用概念が変わります。」
「そうだな。」
「そして、それが広まれば、一気に魔石や魔獣核の価値そのものも変わります。」
部屋の空気が、さらに張り詰める。
「市場価値が変わり経済が大きく動き、王国のみならず、各国にも波及して行くことになるでしょう。」
「事は軍事にも関わってくるからな。」
「魔力観測機も同様です。医療用として発案されていますが、これも、軍事転用が可能です。」
ルシアンの隣に控えるジュールの表情も、固くなる。
攻撃にしろ防御にしろ、国境や王都に置かれる大型兵器には、魔石や魔獣核が動力源として用いられている場合が多い。
それらに使用される大きく純度の高い魔石が希少であったから、大型兵器の数は少なく、ある意味、無益な国同士の争いが抑えられていた面があった。
「小さな魔石でも、連ねることで、兵器を動かすことが出来る。」
「…ええ。」
「魔獣核や魔石を、再利用することも出来る。」
「…はい。」
「そして、含まれる魔力を正確に測定し、管理できる装置がある。」
「そう、ですね。」
これが揃えば、状況は一変する。
研究者の意図に反して。
むしろ過剰戦力に驕った一部勢力が、他国への侵略を起こそうとする可能性が高くなるだろう。
「他国や、国内の貴族家には、軍事転用の可能性を絶対に秘匿せねばならん。」
ベルトランが低く言う。
研究の詳細が広く知られることになってしまえば。
いつかは軍事転用に行きつく可能性は高い。
「経緯や可能性については、すべて陛下や宰相閣下に上申せねばならんだろうが。」
「それはもちろん。」
「気取られぬよう、王都の流通に変動を出さないように動かねばならんな。」
「王都近辺での、魔石や使用済み魔獣核の回収は、控えた方が良いでしょう。」
「うむ。」
「それと、教会か。」
ベルトランとルシアンが頷きあう。
教会の教義には、「神は、人を寵愛し、魔力を与え給うた。」という一説がある。
魔力は人から生まれ世界に満ちる力となったという、信仰の拠り所のひとつでもある。
魔獣を含む魔力研究を進める中で、教会が横やりを入れてくることは今までにもあった。
ルシアンも魔力研究を主としている為、何度も教会の妨害で研究を中断させられたことがある。
人為的に魔力を操作する研究、魔獣やモノに宿る魔力を計測する研究は、歓迎されるとは思えない。
それに、教会は国を跨ぐ一大組織である。
一度、詳細を知られてしまえば、他国へ情報が伝わるまで時間はかからないだろう。
「陛下や宰相閣下には、教会の教義と相反する恐れがある為、軋轢を避けるよう詳細を伏せる、と申し上げることにしよう。」
「お二人とも、教会の横やりには頭を痛めておいでですからね。良い口実になるかと。」
教会が国を跨ぐ故に、他国との交渉事、外交に口を出してきたり。
人や荷物の出入りに掛かる税を、特別扱いにせよと申し入れがあったり。
あからさまな対立ではないが蜜月ともいえぬ。それが教会と国の関係だ。
だが、庶民の支持もある。
敵にしたくないが、味方にも成り得ない。
「あくまでも、高魔力保持者への医療具の研究と普及ということで押し通すのがおさまりが良いかと思います。」
ジュールも、静かに頷いた。
「観測機は研究塔の管理下に置き、医師へは貸与の形をとるのが無難ですね。」
「量産化前に、分解や改造を防ぐ装置を付けられるよう工夫しましょう。」
「それぞれ本体に番号を割り振って管理し、国外への持ち出しを制限することも必要かと思います。」
人道的な目的であると掲げることで、教会を牽制し、軍事利用から遠ざける。
研究内容の秘匿方針が決まった。
「実用量産化を早めてくれるよう父から言われています。」
「需要は相当数見込めるということだな。」
「はい、『今まで無かったことが不思議なくらい、医者には必要不可欠のものだ』と。」
建前でなく、本当に必要としている人々が、確かにいる。
高魔力保持者。
これまで、制御不能、として扱われてきた存在。
その暴走を、未然に抑えられる可能性がある。
ベルトランは孫を思い浮かべ、静かに頭を振る。
いや、実現すれば、他にも少なくない命が救われるのだ。
もう、一人の少年の思いつきだけでは済まされない。
「辺境にも、研究協力という縛りを入れるしかないが…。」
ベルトランがつぶやく。
「まずは、レイン君に、自覚を持ってもらわねばならんな。」
その言葉には、誰も異論を挟まなかった。




