30-絵心ない芸人が通ります
シエルの「お庭図鑑」は、一種類を一ページにする形式で作っていくことになった。
両面に綴る「本」というより、一枚ずつ重ねるレポート形式。
まあ、俺の研究資料メモがその形式だったからなんだけど。
後から並びを入れ替えるのも、追加するのも修正するのも楽だしね。
今日摘んできた白い花を机に置いて。
二人で相談しながら、一ページ目を作っていく。
名前。
色。
花びらの枚数。
葉っぱの形。
香り。
庭のどこに咲いていたか。
問題は、その次。
「標本を貼るか、絵を描くか。」
「ずかんは、えがかいてあります。」
俺は、押し花の方が簡単かと思ったんだけど、それにはマルタさんが静かに首を振った。
「押し花は、美しく仕上げなければなりません。」
色が抜けたり崩れたりする仕上がりの悪い押し花は、許しがたいんだそうです。美意識高い。
ヨハンさん的にも、丹精込めて綺麗に咲かせた花なわけだし。
なんか、ごめんなさい。
じゃ、絵にしようか。ってなったんだけど。
「えーと。」
紙を取り出して。
花を見て、紙を見て。描き描き描き。
「…こんなかんじですかね。」
シエルは、俺の絵を見て、花を見て。
もう一度、絵を見る。
沈黙。
「…え?」
「レインくん。」
「はい。」
「それ、おはなですか?」
「…一応。」
だよね、そうなるよね。
そう、そうなんだよ。俺、ホントに、致命的に、絵心ないんだよ。
村にいた時も、母親は「個性的ね。」って慰めてくれるけど、父親は「お前は字だけ書いとけ。」とか言うし。
じいさまは「そのくらいじゃないと、可愛げがなさすぎるから丁度いい。」だし、カイや他の子供たちは俺の絵を「何を描いたんでしょうかゲーム」のお題に使って遊んでたりするんだよ。
…ええ、ええ、俺、絵は下手くそなんですよ、すみませんねぇ。
モロー先生や、マルタさんヨハンさんまで、俺の絵を覗き込んで、無言になってる。
シエルは、じっと絵を見つめたまま。
小さく肩を震わせてる。
え、そんなにひどいの?
「…。」
「…。」
「…ふふっ。」
小さな笑い声。
「ふふふ…。」
とうとう堪えきれなくなったように、口元へ手を添えた。
「レインくんの、おはな…。」
笑いをこらえながら。
「おもしろいです。」
「えぇぇ…。」
俺としては、気合を入れて描いたんだよ。シエルに見せる絵だから。上手くはないだろうけど。
でも、シエルの笑い顔が見られたから、まあ、いいか。いや、良くない。
「…どう描いたら、いいんでしょうか。」
「えっと…。」
シエルは少し困ったように笑って。
「…こう、」
俺は、ペンと新しい紙を渡す。
茎。
葉。
花びら。
ほんの数本の線なのに。
さっきまで俺が描いていた謎物体と比べようもなく、ちゃんと「植物」だった。
「…うまっ。」
思わず声が出た。
「シエル様、絵、お上手じゃないですか。」
「本当に、お上手ですね。」
モロー先生も、覗き込んで感心してる。
…お願いだから、俺のと見比べないで。
「ほんとうですか?」
シエルのその問いは、嬉しそうというより、不思議そうだった。
褒められることに慣れていない声。
「本当です。きれいだし、特徴もちゃんと描けてます。」
マルタさんとヨハンさんが、頷きながら微笑んでる。
「シエル坊ちゃまは、絵がお得意なんです。」
「いつもは、わしらしか拝見しないもので、お上手だと申し上げても得心して下さらんのです。」
そっか、今までは世話してくれるこの二人しかいなかったから…。
まったく、ディートリヒとリュシエンヌめ。ギルティだぞ、おまいら。
「…ちなみに、俺の描いたの、何に見えます?」
恥かきついでに、聞いてみる。
こうなったら、「何を描いたんでしょうかゲーム」のお題に使ってもらうしかあるまい。
「おはな、ですよね。でも、すこし…すらいむ、みたいにみえます。」
「いや、話に聞くクラーケンのようにも。」
「雲、でしょうか。」
「妖精というのはどうです?」
みんなが口々に言う。マルタさん、全力ポジティブフォローありがとう。でも、疑問形なんだね。
ガックリ。
「ふふっ…。」
コン、とテーブルに頭を落とした俺に、小さなやわらかい笑い声が降ってくる。
「…っ。」
「ははっ…。」
「ほほほっ。」
それにつられて、部屋のみんなも笑いだす。
モロー先生も。
ヨハンさんも。
マルタさんも。
…うん、まあ。
シエルが笑ってくれたなら、それでいっか。




