閑話 研究者達の混乱
レイン・グレイの説明が終わった。その「お願い」とやらの内容も理解した。
ひと通りの流れに論理の破綻はなく、口調も淀みない。
だが、その内容が、研究者たちの心中に嵐を呼んでいる。
――誰一人、口を開かない。
窓の外から聞こえる鳥の声だけが、やけに大きく耳に届く。
ジュールは額を押さえ、ルシアンは手元の紙へ視線を落としたまま動かない。
ベルトランだけが、じっとレインを見つめていた。
長い沈黙のあと、ベルトランがゆっくりと息を吐いて、レインに尋ねる。
「…確認させてくれ。」
「はい。」
「君が遭遇した事象は、大きく分けて三つの新理論へ繋がる可能性がある」
レインが首を傾げる。
「三つですか?」
「そうだ。」
ベルトランは指を一本立てた。
「一つ目。魔獣核は、人間の魔力を蓄積できる。」
「はい。」
即答だった。
「正確には、『もともとの魔力が抜けた状態』の魔獣核、ですね。あと、魔石もです。」
ベルトランは小さく頷く。
訂正は入ったが、本質は同じだ。
二本目の指を立てる。
「二つ目。魔力は、密度として捉えることが出来る。」
「はい。」
「魔力は、密度の高い所から低い所へ移る。」
「そうです。」
「魔力は意図して流し込もうとしてもほとんど移らないが、魔石や魔獣核へ長時間接触で少しずつならば移動する。」
「はい。」
「睡眠中や、身につけているだけでも起こり得る。」
「その認識で合ってます。」
ベルトランはそこで一度言葉を切った。
そこまでは、理解できる。偶然見つかった未知の現象とその再現。
それだけなら研究者として受け止められる。
問題は、その先だ。
三本目の指を立てる。
「三つ目。君は、この現象を利用すれば、」
一語一語を確かめるように口にする。
「高魔力保持者の魔力密度を下げられる、と考えている。」
「はい。」
迷いがない。
あまりにも自然な返事だった。
ベルトランは静かに目を閉じた。
ルシアンも、ジュールも、誰も言葉を挟まない。
「…君は、この仮説を、思いつきで言っているのではないのだな?」
「違います。」
レインは首を横に振った。
「根拠は?」
「実験はまだですが、辺境での測定値資料もあります。充分実証可能だと思ってます。」
レインは語る。
――魔力観測機を作る過程で、膨大な量の実測を行ったこと。
もともと持っていた、「魔力とは何か。」という疑問。
そこから、魔力を持つ、老若男女あらゆる人間の測定値。
人だけでなく、動物、植物、鉱物…。
宝石ではない鉱物類にも、魔石とまではいかないが魔力が含まれていたこと。
鉱物は、より安定して測りやすく、より多くの実測値を得られたこと。
同じ質の鉱物同士でも、場所によって含まれる魔力が違うこと。
鉱物に含まれる魔力は状態が安定していて、長く魔力を保っていること。
――魔獣核の色が変わる事象に出会った時も。
『石』の色が変わる条件。
色が変わる石。
変わらない石。
どのくらいの時間で変わるか。
色による違いはあるのか。
もともと魔力を含んだものに魔力を足して増やすことが出来るのか。
一つの石を同じ大きさになるように割って、魔力を意図的に込めたものと、身に着けて自然に魔力を流したものとの違いなども。
「その辺は全部、実験済みです。」
淡々と。
昨日の夕飯の献立でも話すような口調だった。
「だから、実際に対応したことはないのですが、」
レインの視線がまっすぐベルトランに向く。
「大きめの『石』を身に着けていれば、シエル様のような高魔力者の、魔力暴走の可能性を、あらかじめ下げることが出来る、と考えています。」
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再び沈黙が落ちた。
今度は、先ほどまでのものとは違う。
理解できないからではない。
理解できてしまったからだ。
この少年の、不可解な行動とその目的について。
好奇心だけでもない。学究だけでもない。
自分の膨大な研究成果を、惜しげもなく、他者に曝けだせる動機。
人助けに繋がるならという、レイン・グレイの本質。
「…ルシアン。」
「はい。」
「レイン君が取り寄せたという研究記録を、到着次第、全て研究塔で検証してくれ。」
ルシアンが思わず顔を上げる。
「全て、ですか。」
「ああ。」
ベルトランは、答えた。
「これは検証に値する。」
ルシアンも頷く。
ベルトランが、矢継ぎ早に指示を出す。
「迅速に検証結果を得たい。」
「研究員に動員をかけましょう。」
「念の為、何班かに分けて情報は共有させないように。」
「教会対策ですね。」
「この場の三人、いや四人が、それぞれの検証結果を持ち寄って、情報を統合して検討する。いいな。」
「私も、でしょうか?」
ジュールが驚いている。
「君には、モロー先生と連携して、医学的見地からの検証をお願いしたい。」
「わかりました。」
ベルトランが、勢いに押されているレインを振り向き、フンと鼻を鳴らしてみせる。
「言い出した人間が、いちばん働かねばならぬものだ。覚悟せよ。」




