閑話 医師の困惑
レイン・グレイ。
辺境から招かれた、若い、若すぎる研究者。
魔力観測機なるものを携えて、私の患者である幼い子の前に現れた。
一風変わった礼儀正しい田舎の少年。
言葉遣いや所作は丁寧で、育ちは良い、と感じる。
率直で、かといって無礼ではない。
貴族相手でも萎縮しすぎず、少年らしい明るさもみせる。
辺境で伸び伸びと、大事に見守られて育った、というところか。
そして、飄々として、不思議なほど、我欲がない。
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「まず入力経路を切り替えます。」
レインが、魔力観測機の突起に触れる。カチリと音がする。
医師である私に、使い方を覚えて欲しいという。
「これで、観測対象が『物』から、『人』になります。」
「わざわざ変えるんですか?」
「はい。石のような『物』は、人と違って変動しないので。魔力を測定するための除外条件が少ないんです。」
淀みない説明。
「基本的に、体内の魔力だけを計測するために、まず周囲の状態を観測します。空気中の魔力、えーと、魔素と仮称してますが、それも外的要因として除外対象になるように想定してるので。」
初めて聞く理論、初めて聞く概念、名称を、次々披露していく。
ジュールをちらりと見た。目が合う。…わからない名称は、あとで、確認しよう。
「さっき、石の魔力を測った時、魔素などは既に計測済みなので、」
「その為に、先に石の魔力を?」
「…いえ、その方がシエル、様みたいな小さい子に楽しんでもらえるかな、と思って。」
「なるほど。」
この少年は、教師に向いているのかもしれない。
遊びの中に学びを取り入れるのは、貴族の子弟を相手にする家庭教師がよく使う手法だ。
「外的要因を記録したら、次は、石に計測対象の魔力を記録させます。ここのねじを巻くと音が鳴るので、」
言いながら、側面のねじを巻く。カチリカチリと等間隔で鳴る音。
「この音が五つ鳴る間、観測機に付いている石に、指先だけで触れてもらいます。」
「魔力制御が必要になりますな。」
「いえ、触るだけです。制御を習う前の小さい子や、意識がない魔力制御を行えない状態でも、可能な計測なので。」
「…。」
なるほど。研究塔が大騒ぎになっているというのは、これか。
今までの魔力測定は、「本人が魔力を制御できる」ことが前提だ。
子供や衰弱しきった病人だと、魔力異常が起きた場合、診断も状態把握も難しい。
なんとか、治療に持ち込めたとして、治療効果の確認も難しい。
つまり、一番測りたい患者ほど測れない。
思い出したくも無い、医師として、悪夢のような状況。
貴族の屋敷が、常にお抱え医師を置く理由も、ここにある。
常日頃の身体の状況を、詳細に把握していなければ、不測の事態に対応出来ないからだ。
今までに無かったことが不思議なくらいに、我々医師に必要なもの。
医療と研究の常識をひっくり返す装置だ。
この装置と用いた理論だけでも、研究塔でひと派閥を起こせるほどの影響力を持てるだろうに。
ジュールが言うには、研究塔で研究員になるつもりは無いらしい。それより、この装置を臨床に用いる方に力を入れていると。
既得権益にしがみついたり、独占秘匿して名誉や富を得ようとする輩より、よほど信頼がおける相手であることには違いない。
「この石に触ると、触った人の魔力と同調します。」
「ほう。」
「次に、この石から、魔力を放出させます。石の隣にあるここを押すと光が灯るので、灯る時間をさっきの音で何回分になるか数えます。」
「ほうほう。」
「光の灯っている時間が長ければ長いほど、魔力密度が高く、魔力量が多いということになります。」
「…では、やり方を流れで見たいので、シエルくんを測る前に、私で試してもらってもよろしいですかな?」
説明のよくわからない部分は、あとで、ジュールに確認しよう。
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レインが私の魔力を測り、私がシエルの魔力を測る。
私の魔力量に比べて、やはり、シエルの魔力量は桁違いのようだ。
日を置いて何度か計測を重ねれば、より詳細な数値が出るという。
レインのいう「外的要因」の変化も含めて、記録として残しておくのが良いらしい。
シエルは、机の上の青い魔獣核をそっと撫でていた。
「どうでしたか?シエルくん。」
「どう、といいますと。」
「楽しかったですか?」
シエルは少し考えていた。
「はい。」
小さく、でもはっきりと答えた。
「たのしかったです。」
「それは何より。」
「良かった。」
レインが、ほっ、と笑みを浮かべる。
「私としては大変有意義でしたな。今後の治療方針にも役立てられそうです。」
「それなら作った甲斐がありました。嬉しいです。」
レインが嬉しそうに頷いた。
ジュールが肩をすくめる。
「研究塔の人たちにも、同じように言ってあげなよ。」
「やめてください。あの質問攻めは、思い出すだけで胃が痛くなるので、全然嬉しくありません。」
レインは即答した。
ジュールが吹き出した。
私も思わず笑う。
そのやり取りを見て、シエルもくすくすと笑っていた。
今日のシエルは、表情が豊かだ。
何度も、この離れを訪れてきたが、年相応の無邪気な部分は、初めて目にしたかもしれない。
「そろそろ、御暇致しましょうかな。」
「そうですね。名残惜しいですが、これ以上長居をして、シエルくんを笑わせすぎて調子が崩れてしまっても困ります。僕が父に叱られてしまいます。」
おどけるジュール。
レインとシエルは、また、手を重ね合っている。
「また、きてくれますか?」
「はい。お許し頂けるなら、必ず。」
「…かならず、きてくださいね。」
少し瞳を潤ませるシエル。
この子が、こんなに、何かに拘る事があるなんて。
自分の望みや願いを、口にしたことなど、ほとんど無かったのに。
「では、シエルくんは午睡を。身体を健やかになさいませんと、次のお約束も叶えて差し上げられませんからね。」
「はい。」
再訪を約束し、シエルの部屋を後にした。
離れの廊下。
レインに、見送りのシュナイダー夫妻が深く頭を下げていた。
「またお越しください。」
「あんなに笑うシエル坊ちゃま、久しぶりに見ましたわ。」
本当に。マルタは涙ぐんですらいるようだ。
来た時と同じように、裏手の通用門へ向かおうとした私たちの後ろから、女の声が響いた。
「あら、もうお帰りになりますの?本邸にお寄りになればよろしいのに。」
「…奥様。」
マルタとヨハンの表情が強張る。




