16-推しを愛でるだけの簡単なお仕事
「あと川沿いに青い花が咲くんです。」
「青。」
「すごく綺麗ですよ。」
夢見るように指を組んで目を閉じる、シエル。
推しが天使過ぎる件について。俺が浄化される。
「辺境は、たのしいところなんですね。」
「はい、住むには大変ですが、まあ楽しいところですよ。」
「みてみたいです。」
ポロリ。思わずこぼれたみたいな言葉だった。
部屋が静かになる。
シエルも気付いたらしい。少しだけ目を伏せる。
「…ごめんなさい。」
「え?」
「へんなことをいいました。」
(…そんな!)
謝ることじゃない。
「変じゃないです。」
「え?」
シエルが顔を上げる。
「見たいなら、見たいでいいじゃないですか。俺だって王都見たかったですし。」
「…。」
「それでいいと思います。」
シエルの瞳が揺れる。
迷っているんだろうか。自分の望みや願いを簡単に口にして良いのかどうかを。
「シエル様。手に触れてもよろしいですか?」
シエルがうなづく。
椅子に座るシエルと目線が合うように膝をつく。
白く小さな手を包むように、優しく触れる。
モロー先生もジュールさんも、黙って見守っていてくれる。
二人の、いや、ベルトラン様やシュナイダー夫妻や、シエルを大切に思っている人たちすべての願いを、俺はこの子に伝えなくちゃいけないから。
握った手に、少しだけ力を込める。
温かい。魔力量の多さがわかる、温かすぎる体温。
この子に、伝わればいい。
この温かさは、罪では無いのだと。
誰にも引け目を感じることなく、そのまま希望を持って生きることができるのだと。
その為になら、俺は、どんな努力も無理も無茶もしてみせる。
「シエル様。」
「はい。」
「俺、村で畑仕事もするんです。」
「はたけ。」
「ちょっと手がガサガサしてますよね。痛くないですか?」
シエルがフルリと頭を振る。
「いたくないです。」
良かった。
「…畑は、だいたい春に種をまいて、」
「はい。」
「すぐには芽は出ません。」
シエルが黙って聞いている。
「毎日水をまいて。ほとんど見た目が変わらないんです。」
「…。」
「でも、ある日、急に出るんです。芽が。ピョコンと。」
ピョコン、という音が面白かったのか、シエルの口元が綻ぶ。
「だから。」
「はい。」
「今すぐは出来ないことでも。」
「…。」
「ずっと、このままじゃないと思います。」
シエルの瞳が、また揺れる。
大丈夫。きみはひとりじゃない。みんなが、君を助けたいと、力になりたいと思ってる。
「俺、三日前までは辺境にいました。」
「はい。」
「今、一生縁が無いと思ってた王都にいます。」
俺は笑う。笑ってみせる。
「もう、俺ですらこうなんだから、シエル様だって、分からないですよ。」
いとこのカイがよくやる、ニッカリとした全開の笑み。真似、できてるだろうか。
「もっともっと意外な、楽しいことや嬉しいことが、この先いっぱいあるはずです。」
「たのしいこと。」
「はい。楽しいこと。たくさん。」
「あるでしょうか。」
シエルが尋ねる。
本当のことを言えば、未来なんて分からない。
知っているつもりの未来は、もう、変わり始めている。いや、変わっていて欲しい。
だから。
「あるといいな、って思います。」
シエルが目を瞬く。
「あるといい?」
「俺も、まだ知らないことばっかりなので。」
「しらないこと?」
「だから、シエル様と一緒です。今は、種まきをしてるところです。」
「いっしょ。」
「どんな花が咲くのか。どんな実がなるのか。わからないけど、種をまいて水やりをしてるんです。」
種は、まず蒔かなければ。芽も出ないし花も実もつかない。
そう思って、シエルに会える確証の無かった頃も、地道な魔力のデータ収集を続けられたし、いつか何かの役に立てれば、と、じいさまの蔵書を読み漁り、無駄とも思える知識を蓄えまくった。
そして、魔力観測機を作れた。
――あ、魔力観測機。わすれてた。




