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2月 決意表明と合格発表

 

 2月2日(木) 晴

 

 勉強に気が乗らず、イライラするので、つい止めてしまった。


 『我がバイブル』と称する『青春記』を引っ張り出して、読みだした。流石、バイブル。気持ちは安らいだが、今度はやるせなくなった。渇いていたんだね。もっと本が読みたくなってしまったのだ。

 

 思えば何て儚い勉強をしているのかしら。受験の為の勉強になっている。薄っぺらな勉強だから、カサカサしちゃって、ちっとも覚えない。受験期間なんて、不毛な時を過ごしてきたのかもしれない。

 読みながらいろんな事が浮かんできて、それを書き留めようと本を置くと、昂揚した気持ちはしぼんでしまうのだ。でも読んでいる時は、とても気分は良かった。

 最近よく気づくのだけれど、読みながら自分の頬が緩んでいる。つまり微笑んでいる。笑う準備をしながら読んでいる。次の行にオチがあるのに、その前を読んで笑い出すなんて、なかなか素敵なことではないか。

 

 多感な時期であるらしいし、実際そうだった。いかにも終わったという言い方だが、そう、ここで一つ終わったと思っても良いのではないだろうか。確かに次段階は、いままでよりも大きく異なるだろう。

 いくらも成長していないと、この頃よくそう思う。寂しい事ではあるけれど、体を震わせる程に、惜しいとは思わない。物事の考え方、捉え方は変わったか? さほど増えていない知識で創り出す思いは、変わっていないのか?

 

 病気になって失った物は多かった。が、得た物は何だろう。逆境が人を育てるが、僕にも当てはまるだろうか。卑屈になる事ばかりだとしたら、それはそれは寂しい事だ。何より僕は人として深く大きくなっていきたい。

 だから今、

「本を読めない」

「知識を増やせない」

という、この渇きは寂しいし、焦らせる。


 

 日記を書くと言う事は、本当に自分の思いを書き留めておく事だけなのだろうか。書き始めた三年前が、凄く遠く感じられる。高校時代はいつもそうで、少し前の出来事が、もの凄く遥か昔の事のような気がするのだ。


 数ページ前の自分を今の自分が、優しく切なく見守っているかのごとく。理解し、労い、励まし、怒って泣いて笑って大笑いして。

 そして日記の僕が今の僕を慰め癒やし支えてくれる。


 自分の人生を何度でも繰り返す。

 

 少しずつ少しずつでも成長していけたらいいな。




 

 「日記を長期間、書き続ける事はおかしい」

と飯山は言う。そうなのか。


 受験生の心境と言うのは、こんな感じでいいのかな。不安と焦り、怯え、時折の絶望感。よく精神が持つものだな。気がおかしくなりそうだね。




 2月3日(金)節分 晴


 ハードロックは良い。ヘヴィメタルも良い。気に入った。あぁ、耳がキーンと鳴り続けている。良い音楽である。どうしたものか。あれ程毛嫌いしていたのに。

 

 勉強していたらイライラして、どうしてもヤル気になれない。スランプかな。今頃、こんなに押し迫ってヤル気が無くなるなんて、ありか。

 

 今日も学校に行かなかった。正直、出席日数が気に掛る。浪人どころか、留年だ何て耐えられない。




 2月6日(月) 晴      

 

 試験前のこの期に及んで『青春記』を読み、自分の高校時代を振り返る。


 年下のシンガーソングライターの青い歌を聞いて、嫉妬と後悔を覚える。


 

 本を読むのが足りなかったのか。

 いや、そんなことは無い。

 僕の読書はこれで良かったのだ。

 最大限、読んだのだ。

 

 

 ださい人間になりたくない。一つの一流を持って、格好良い人間になりたい。


 

 ずっと後になって、日記を読み返して思うかも知れない。大学受験の本当に押し迫った夜、僕はお気に入りの本を読みながら、ラジオから流れるDJを聞き、自分の青春を思っていた事を。


 

 おう、何年後かの僕。


 今 僕は ()()に い る ぞ(生きてるぞ)

 





 世間は寒く、東京では雪がチラついたそうだ。


 前髪が煩いので切ったら、みっともなくなった。

 

 本当に心の底から楽しいと思える時が、僕には無い。



 ボーッとしてきた。風邪をひいて困った。ロッカーに会う約束を、風邪で破ったので、謝ろうと電話したら、

「風邪をひいて寝ているのよ」

と彼の母ちゃんが言った。

「お大事に」

と言ったら礼を言われてしまった。

 言葉は良いものだ。

 電話で風邪をうつしてしまったのだろうか。

 

 バレンタインも近い。翠ヶ丘学園大学、受験の日。

 

 大学生になったら、女たらしになろう。


 大学生になったら、好きな勉強をしよう。


 本をたくさん読もう。

 

 本当の友達を作ろう。

             2時                     






 拝啓 先生


 突然、お便り差し上げるのは、と考えもしたのですが、やはり書く事にしました。

 

 恐らくもうお忘れになったこととは思いますが、私、もう九年も昔、群馬県□市立□小学校にて、三年生のときに先生に教えて頂いた、三日市岳夫というものです。学級委員長まで勤めさせて頂きましたので、その辺りから思い出して頂けたら幸いですが、それが難しいなら、割と学術優秀で、運動ははっきり言って下手で、女の子みたいにお喋りな、目の大きな男の子位のイメージで読んでください。

 

 私は今、高三で、本来ならこの時期は寝る間も惜しんで勉強せねばならぬ身ながら、この様な手紙を書いているのは、もちろん、かなり切実な情けない理由があるからなのです。でなければ恥を忍んで便りなど出しません。九年も前だからこそ、そして今もお慕いしているからこそ、先生に認めているのです。


 話と言うのは、私現在、ホジキン氏病と言う厄介な病にかかっておりまして、こいつが実に私の人生を苦しめるのです。

 発病したのは、先生に受け持って頂いた年の翌年、四年生の時、首に出来た腫物からでした。市内の病院では手が足りず、東京の国立小児病院へ。以来、未だ病院通いが続いております。

 手術したり、入院したり、通院の為に東京への一時的な転校をしたり。時にノイローゼっぽくなったりしました。

 

 それでも中学校までは、まだ良かったのです。生活は普通でしたし、病気を意識する事も無くケロッとして、月一程度に東京へ通院していました。中二の担任の先生が特に親身になってくれて、事ある度に

「お前は病気の事は考えるなよ。今日を生きろ」

と仰ってくださるのを、不思議に思う程に。しかし高校に入って、その言葉をしみじみと感じる様になりました。

 

 さぁ、高校生になりました。高一の秋頃から、少し前屈みで歩くようになっていました。どうも背中が痛い、おかしい。そう思っているうちに痛みで動けなくなりました。眠る事も出来ません。とりあえず地元の病院へ。その医者は東京の主治医に電話をしてくれました。主治医は、

「こちらに来なさい」

と言います。そして酷い事に憐れな事に、その日は土曜日でした。月曜に先生に診てもらうまで、のた打ち回って過ごしました。それからしばらくは、痛み止めのお世話になって生き続け、そのまま二年生になりました。

 

 二年生になって、治療の為入院した初日、主治医である女医さんが、常に忘れぬ穏やかな物腰で告げました。

「治療だけでなく、検査やいろいろあるから、二ヶ月位になると思うの」

これはすざましいショックを与えました。二週間位だろう、と勝手に思っていたのもありますが。二年生になったばかりで級友の顔もまだ覚えていない。今年は文化祭もある。遠足は? 何より出遅れは勉強だけでなく、友達作りも難しくするし。

 苦しい二ヶ月でした。本当に苦しい日々でした。小児病棟であった為、話し相手も居ず、ブロックごとに鍵がついており、自由な出入りは許されず、東京にある為、見舞客もほとんど無く、どんどん落ち込んでゆくばかりでした。


 やっとの思いで退院して、体力の無くなった身体で、私は『役者』になりました。常に明るく必要以上に騒ぎ、気分が悪くても積極的な『自分』を演じました。努力の甲斐あって、友達も増え、勉強も何とか追いつき、安堵した頃に、落ち込み第二波が襲いました。髪が抜けるのです。

 

 窓際の席の授業中、初夏の穏やかな太陽の下、教師の声を遠くに聞きながら、青い空の広がりを眺めていました。プールに張った水がキラキラするのを見て

「もうすぐ夏だなぁ」

などと、なんとものんびりした気分で、清々しい風になびく髪をいじっていました。おかしい。毛が抜ける。何の抵抗も無く。まさか……。小学生の頃もこれと同じ体験がありました。薬の副作用で髪が薄くなったのです。

 その後、カツラのお世話になりました。悲しいし情けない。周囲はきっとそこまで重く捉えていないのでしょう。気楽に構って弄ってきます。私は笑顔で答え、演技に磨きがかかりました。

 

 理想の自分としての演者と、本当の自分とのギャップに疲れ、悩むようになりました。


 そんな時、先生を思い出します。先生は身体のハンディキャップを持ちながらも、教師として社会で活躍していらっしゃいます。明朗快活で子供目線で御指導されて、皆先生が大好きでした。

 でも、今思うのです。あの笑顔の裏に、きっと悲しい苦労があったであろうと。

 

 先生、人をどう感じますか? 

 冷たいですか? 優しいですか? 

 

 私は病気になって、人の弱者・異分子に対する嘲笑や冷酷さを知りました。だから虚栄を張り、役者を演じ、弱い自分を守りました。

 しかし一方で、本当の自分をさらけ出したい欲求もあります。でも、同情され見下されるのが嫌なのです。その矛盾がギャップとなって、自分を苦しめ悩ませるのです。

 

 それでも、人が好きです。人の中で生きていきたいと思っています。弱く情けない本当の自分を知ってもらいたい。ただただ、共感し、ありのままを受け入れてもらいたいと、思うようになりました。

 自分も自分自身を受け入れて、そして理想をめざします。先生のように朗らかに生きていきたい。

 


 これから私は、大学に受かっても受からなくても、本をたくさん読んで、知性を身に着け、自分の思考を素直に人に伝える為に、最適な、自分だけの、自分らしい言葉を見つけるつもりです。

 ただ真っ直ぐに、一途に、『言葉』に生きていきます。



 今、人生の伏目として、心情を吐露し、将来の決意を宣言したい。また病気や将来の不安を語り、理解して欲しいと思った時に、顔が浮かんだのは、同じ目線を持つであろう先生でした。

 先生は変わらぬ優しい笑顔で、全てを受け止め、そっと背中を押してくださることでしょう。

 

 先生との出会いと教え、心温まる記憶に、心より感謝しております。

 

 拙い文で恐縮です。負の感情に負けない為に、奮起する為にも手紙を認めました。

 

 ではまた。健やかにお過ごしください。

 ありがとうございました。                   


             敬具                     

 





 2月29日うるう年(水) 晴 気温低し


 これで2月も終り。僕も疲れているから少しだけにしておく。

 

 僕は大学に受かったのだ。

 翠ヶ丘学園大学。

 

 やはり、一番好きなのは早稲田だが、今この合格によって、大変大きな安心感を得られたし、これが無かったら、受験をし終える事が出来なかったであろう。翠ヶ丘学園大学。感謝にたえないところである。 

 

 僕の受験はもう全て終わった。早稲田大学の発表を持って、進路は決まる。でも、相当疲れが溜っている。ゆっくり体と心を癒そう。

 

 

 明日は高校卒業式。出席日数はギリギリだったけど、担任は

「絶対、卒業させてやるから、大学に受かれ」

と言ってくれていた。何とか先生の言う通りになったね。無事に皆と一緒に卒業出来る。皆と正式に会うのはこれが最後になるだろう。大切な日だ。  

 

 とにかく、お疲れ様でした。


 良かったな、僕。







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