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8月 居候日記 その2 夏の夜の夢

未成年の飲酒・喫煙表現がございますが、それを推奨するものではありません。

 

 8月1日(月)

 

 怠いじゃありませんか。これが当分続くのですか。怠い事ですな。

 放射線治療中。




 8月3日(水) 母の誕生日

 

 祖母は入院してしまいました。

 

 そして僕は半病人です。

お陰で群馬から母が上京してくる始末。僕はまた楽しい筈の夏期講習に、翳りが差すのを知るのでした。

 

 なんて事でしょう。なんでこうなるのでしょう。いつもいつも。僕には完全に楽しめる時は無いのでしょうか。  

 僕にはいつも制限があるのです。何をするにも束縛されているのです。何時になれば僕は、こんなものから解放されるのでしょうか? 

 皆こうなのでしょうか。そうじゃない。普通は違うのです。僕は普通じゃないのです。こんな事で普通じゃないなんて、ガッカリきちゃいますね。

 

 僕の気持ちは今、とても寂しいです。入院が二か月と聞いた時や、また入院しろと言われた時も、こんな気持ちになりました。

 これがどんなにやるせないか、格好悪く、やる気を無くさせるものであるか、誰にも分からないでしょう。誰にも、分かるもんですか。

 

 でも僕は、弱者を威張るのは止めました。それもやはり格好悪いものであると、思うようになったからです。空しい事だと気づいたからです。

 いつも生活に翳りがある僕を抱えて、家族に悪いと、申し訳無いと思います。母が来たらまた、八つ当たりしてしまうでしょう。

 

 僕は自分に全く参りました。




 8月5日(金)

 

 祖母の入院で忙しくなった本家に居候する、具合の悪い息子を自宅に連れて帰りたい母。

 

 体調が少しでも良くなったら、夏期講習に参加したい僕。

 

 結局、僕は居据わり、母は僕の世話をする為に一緒に居候する事に。母はまた苦労をして、我家の隠れた暗さを感じました。

 やはり僕は母を疎んじ、母のヒステリーを昂じさせているようです。でも、しっかりした人だから、我を忘れるなんて事は無いでしょう。

 

 己の嫌悪感も極限で。

 

 読むまいと思っていた医学事典を、今日読んでしまいました。

 

 載って無ければ良いと願っていた方の『悪性リンパ腫』の中に、僕の病名はありました。

 悲しい事に、それはなかなかの病気らしく、その上、『10万人に1人もいない』と……。

 10万人。

 10万人の健康な人がいて、その中にたった一人病気の僕がいるのです。


 僕は泣けてきました。本当に泣きました。

 母に当ってしまった後で……。

 弱者を威張るのは止めた筈なのに……。

 



 止めた筈なので、僕は違う方法を思いつきました。

 「これだけ、()()()()『青春をコケ』にされているのだから、きっとこれに対する幸運がきっとある筈だ!」

と発想を転換したのです。

 

 そうでも思わなきゃ、何て説明したらいいんですか? 

 家族に苦労を掛け、自分だけ我儘を言い、


「俺は何てかわいそう」


なんて独りで思っている奴は、死んじまった方がいいとさえ思いました。

 

 でも、僕が死んで悲しむのは、最も悲しむのは家族でしょう。



 

 家に電話をしました。父は


「こっちは大丈夫だから、しっかりやれよ!」


だって。いつもの明るく元気な声。


 まるで、よくある台詞じゃないですか。実際には上手くいっていなくても、僕に心配させない様に言ってるのか、なんて考える。

 その所為かしら、声を聞きながら胸が苦しいほどきつく、締め付けられてしまいましたよ。

 

 「俺も苦労してるよ!」


何て台詞、言っちゃったんですよね。

 



 8月8日(月) カンカン照り

 

 父が様子を見に来た。

 夕食後、皆で和やかに談笑した。

 

 久々に父親の武勇伝を聞いた。自ら述べる様に、怒りを我慢をしている自分に感動したそうだが、それは聞いている僕達も同じ事。感動している様でしたよ、伯父も伯母も。

 感動したのと同時に

「俺も老いたなぁ」

と思ったそうな。

 

 思えばこれこそ、ユーモアとペーソス(愁哀)ですね。

 実際問題として、それが我慢出来る様になる為には、経験と知識の積み重ねが必要で、それは歳を重ねる、つまり歳を取る事になる。

 

 歳を取る事で、感情をコントロール出来る様になるのなら、僕はまだまだなのだろうな。




 8月11日(木)

 

 後二日で夏期講習が終ってしまうじゃありませんか。家に居ると長く感じ、友と居ると短く感じる。でも遠目に見るとやっぱり長く、東京に居れば短い。訳が分からない。

 

 

 8月14日(日) 曇じゃん


 寂しく打ち上げてしまいました。見事に打ち上がってしまいました。さて、どこから話したら良いものやら。時間順で書きましょう。

 


 12日の金曜日。ロッカーが神話を起こしました。

 一時間目後の休み時間。寝ぼけた僕の前に突如現れたツカツカ前を歩くその姿、その髪形、ラッパジーンズ、加えてサングラスの隣のクラスのロッカーくん。教室の真ん中まで来ると片腕を高々と掲げ、人差し指と親指は立てたまま、戸惑いたまげる僕を尻目に彼は大声を上げた。


「あの! こちらの手違いで、もう一度席替えを行いますので、この休み時間中に移動してください!」


こちらってどちらだよ。

 彼の持つ表を見て、さらにたまげる事に、僕の番号が無い。アレアレ? おかしい。一人だけ番号がずれて遠くに飛んでいる。渦巻く疑惑。兼部に


「僕だけ飛んでる」

「それじゃ神話だ」


どんな神話だよ。

 素直に席に着いてみると兼部が来ない。元隣席の仲良くなった彼女も居ない。ひょっとして、二人に計られたのか? と思いつくも先生が来た。

 

 それから百十分、聞けども聞けず、書けども分からず、ひたすら ???マークが頭を駆け巡り、顔の筋肉の弛みと神経の昂ぶりが思考を妨げる。

 授業が終わると、どこに居たのか兼部が現れ、後ろから彼女が……。寄って来るなと手ぶりで合図するので、仕方なしにロッカーのクラスに行くと


「どう? 皆、席替えした?」


と、シャーシャーと言いました。

 何と、僕さえ遠くに移動すれば、皆不思議に思わずに一つずれるだけで、兼部が彼女の隣になれると言うのです。ロッカーは昨夜のメシにも付き合わず、どうすれば兼部が彼女と仲良くなれるか、そればっかり考えていたそうです。


「僕、友達思いでしょう?」


呆れた。あんたは凄いよ。

 

 神話を起こした後、


「うちのクラスに可愛い子達がいるから、連絡先を聞こうぜ」


と前夜電話で打ち合わせていたように、ロッカーの教室へ行きました。三時間目後の休み時間。次はつまらん古文だから今のうちにと、ロッカーの所に行くと、彼が顎と何ともいやらしい目線で指すターゲット。

 あっ、美人! 美しいじゃありませんか、ロッカーくん! 二人と聞いていたのに、アレ? 話し込む三人娘。えっ、四人? 五人じゃないですか、ロッカーくん! 五対二で、どうやったら連絡先を聞けるんだ? 無理っぽいので諦めましょうか? 僕は少しホッとして、でもかなり悲しむ。


 廊下に出ると音楽部の級友がいる。邪魔が入るから避けようと


「ロッカー、曲がれ、そこ曲がれ」

と囁くも遅かりし。

「何? 何やってるの〜?」


お邪魔虫の出現に完全に諦めた僕。対してロッカーくんは、


「やっぱりやだよ、俺! こんなんで終っちゃうなんて!!」


と言うや否や、また教室へ駆け戻った。僕は面倒臭いという思いと、傷つく事を恐れもしたけれど、とにかくダッシュ! 級友を置き去りに教室に滑り込む。 

 

 あの美人の近くの空いた席に、授業中に移動する怪しい二人(僕とロッカー)。ロッカーくんが僕の開いていたテキストをそっと閉じ、彼女に声を掛ける。


「あの〜すみませ〜ん。何ページですか〜?」


どエライ男だ! どんな時でも、女の子と触れ合いたいという欲望とその努力は忘れない。感動しながらも呆れる。

 そして授業はつまらなく、彼とこの後の攻め方について筆談を始め、内容はどんどんエスカレートし低俗へ。このノリのままいっちゃえば、本気でガールハント出来るかなと思う頃、本日の授業終了のチャイムが。

 彼女が横を通り過ぎたが彼は動かず。


僕「強引にお茶に誘うんじゃなかった?」

「教材が残っている。戻ってくる」


と冷静な彼が囁く。では待ちましょう。

 少し熱も引いてきた頃、やっと彼女は戻ってきた。よし、雑念は捨て強気に、でも軽〜い口調で。

 あれ? 彼が動かない。


「どしたの?」

 

彼は僕の腕を掴んで廊下へ。


「今、電話してきたらしい。親の迎えが来るって」


流石、ロッカーくん。状況判断の速い事。冷静に現実を聞き取っていたのだ。

 では、寄り道は出来ないか?お茶は?頭の中は真っ白で空っぽ。ポーズの心算で壁を蹴っていたけど、いつしか本気に。

 本当に心の底から、女の子との接触を求めていたんだネ。滑稽だネ。ハハハ……僕は可愛いもんだネ。

 

 二人寂しくトイレに行くと、さっきの美人がキラキラした笑顔で男に何か書いてもらっている。電話番号か?!ズーンと重い感情が腹の中に落ちた。ロッカーくんは


「何なの!? ねぇ何なの!?」


ジタバタとパニック状態。

 百八十cmが何だ! スタイルが良ければいいのか? それでいいのか!? きつかったなぁ〜、このショック。

 

 でも負けて落ち込んでいてはいけない! 

 だよな、ロッカーくん。

 

 その後、それでも連絡先を交換してくれた女の子達はいた。優しいね。ありがとうね。


 13日の土曜日。さて、今日で終わりの夏期講習。涙あり、フニフニあり、神話あり、怒りあり、の何とも有意義で濃いこの一夏でありました。



 8月15日(月)

 

 夏期講習が終ってもまだ伯父の家に居て、先に群馬に戻った兼部に電話を掛けた。用件を伝え、夏期講習のテスト結果を受け取りに、彼が上京する時に会う為の打ち合わせをした。

 

 この時点では


「今回の隣席の彼女とは縁が無かったんだ。諦めよう。上手くいった彼を祝福してやろう」


なんて思っていたのだが、甘すぎた。


「待ち合わせの時間は君の都合で良いよ。何か他に用事でもあるの?」と僕。

「うん、まぁ、あるみたいですよ」


と思わせぶりな彼。僕は彼女絡みだとすぐに気づいたが、まだ冷静だった。


「じゃあ」

「あのー、追い討ちを掛けるようでなんだけどさー」


今思えばこの一言で、悟りは既にぶっ飛んでいた。


「何?」

「彼女は僕のモノみたいですよ」


……あぁ、僕は何をやっているんだろう。彼は家に帰って、またいつもの冷めた調子で、レコードでも聞いているのだろうと思えば、何だ! 兼部! 柄にもなくフニフニしやがって、このくそー!

 

 電話を切っても、最後の台詞が頭の中でこだまして、情けない惨めな気持ちと共に、どんどん妄想が飛躍していく。

 大学生になった僕ら三人に彼女が仲間入りしていて。結婚式のモーニング姿の彼の隣にウエディングドレスを着た彼女が。

「イヤー、あの時の君のお蔭さ」

とロッカーの肩を叩く彼。彼の家で三人で飲んでいるとおつまみを持ってくる彼女……等々。


 どうにも耐え切れなくなって、ロッカーに電話を掛け、さっきの内容を話し

「兼部は今だにフニフニしていて、僕は参ったよ」

と告げると、

「あいつも変わったなぁ〜」

と笑いながら応える。そして彼は言いだした。

「絶対、あいつ大学は現役で入るぜ。だって彼女は浪人だから二浪はしないだろう? 何処でもいいから入っちゃうぜ」

そうだろうなぁ、と僕も納得。彼と彼女の楽しいキャンパスライフを想像してまたまたガックリしてしまう。

「でさ、俺、大学入って、ともえちゃんと同棲するの!」

「……さよなら」

ガチャリと受話器を置いた。いったい誰だよ。ロッカーがナンパしてた彼女か?

 

 あぁ、大学に入る焦りの前に、こっち(女の子)の方で焦りが出て来てしょうがない。こんな気持ちのままじゃ、歩いて行けやしないよ。




 8月25日(木) 夏は何処かへ去ってしまい、涼しさに毛布が一枚増えた

 

 あの素晴らしき夏期講習の打ち上げ宴会の事を、書いてなかったから、今頃になってまた書き出す。そうあれは、クソ暑い夏らしい日、なんて文学調もぶっ飛ぶほど、暑い日でした。13日土曜日の事。

 


 全く寂しい振られ方をした後、取りあえず、ロッカーと二人で Disc Union (レコードショップ)でレコードを見ていたが、実際のところ、重力が自分の周りだけ増したような気分で居た。楽しそうな兼部が脳裏に過る。

 

 そこへ兼部がやって来やんの。でもまぁ、これで三人で楽しい打ち上げが出来る、と嬉しくなる自分がちょっと情けない。

 

 ほとんど毎日通った Disc Union。今日はそのケリを着ける日で、兼部が本日の予定を指折り数える。さぁ、講習は終わった! いざ、飲まん! が、それまでにはまだ、日が高過ぎる。レコード店巡りをせねば! 

 

 何故か四ツ谷駅のホームにロッカーと僕。蝉の声と照りつける光の強さを、ベンチに座って感じながら、女の話をしていた。内容は忘れてしまったが、なかなかの夏の若者らしい situation であったと、今思う。

 

 「シャツを着替えたい」

と言う謎の理由で、一度寮に帰っていた兼部が合流し、レコード店巡りを開始。途中、今度はロッカーが

「一度部屋に帰る」

と言って、新宿西口の交差点で別れた。その時、

「ロッカーに買ったレコードを部屋に置いておいてもらおうか?」

 と僕が言ったので、兼部が二人分のレコードを持ってロッカーを追いかける。が、交差点のど真ん中で揉める二人。

あっという間に二人だけ取り残されて、僕はハラハラ見ていると、ギリギリでレコードを持ったままの兼部が走って御帰還。阿呆。その後、二人でレコード店巡りを続行。    

 

 Disc Union 原宿店の階段で前を行く女の子の下着がもろ見える。流石は原宿の女の子。ピンクにプリントが三つ並んでいて、変なところで原宿族を感じてしまった。兼部に報告する。

「そんな事で喜んでんじゃねーよ」

とにべもなく言いやがった。

 

 時計を見ると、17時に銀座に着くには、渋谷店は飛ばさないと間に合わない。無論、兼部がレコード店に行かない訳が無く。ロッカーちゃん、御免ね。三十分も遅刻して兼部は言う。

「別の場所で待っていた事にしようぜ」

恐るべし、音楽部。ロッカーもロッカーで、ケロッと信じるし……。

 


 さて、いよいよ Beer Garden に向かって歩き出した。土曜夜だから銀座も人出が多く、スクランブル交差点で信号待ちしている人が、見渡す四方に大勢いる。

 信号が変わり一斉に歩き出した。と、兼部が

「ロッカー」

と声を掛けると、ロッカーは今まさに走り出さんとする体勢。ロッカーくん曰く

「見ろ! お前が声掛けるから、一番に走り出て目立てなかったじゃないか!」

発想が違うのよね、根本から。

 

 さあ、着きましたよ。兼部が調べたところ、なかなか由緒あるという Lion Beer Hall そう思って見ても、やっぱり張りぼてに見えちゃうな。入店前に

「また、この前みたいに端の席にして貰おうぜ」

と言っていたのだが、ボーイは

「あちらへどうぞ」

と左端に手を差し伸べた。計らずもですな。

 

 アルコールが入れば青春しちゃう僕達。良いねェ。東京の真ん中の Beer Hall。こっそり吸う必要の無い煙草。兼部くんのお惚気話。いや、もう皆、良いねェ良いねェ。

 女の子に縁が無く、途中病院通いまでしなくちゃならなかった夏だけど、それでも、良かったんじゃないか? うん、良いよ。兼部も許してあげる。飲みましょう。二人の笑顔を見ながら、ここに初めて来た前回二週間前を思い出す。

 


「中年になっても、またこうして飲もう」



兼部らしくない意外な言葉が、瞬間、真っ白い世界を呼び覚ました。

 



 頬を流れる冷気

 新雪の上を滑る先には

 キラキラと輝き広がる世界

 果てない 全て銀光に包まれる世界

 突き進め どこまでもどこまでも

 流れに乗って 速度を上げて

 



 その時まで、その時間その刹那だけで話をし物事を考えていた僕は、目前に突如開けた未来までの奥行きを初めて意識した。


 子供の頃、毎冬訪れた苗場スキー山荘の景色。

 


 僕らが皆子持ちになって、仕事場に、家に、それぞれ責任が待っていても、それでも青春はまだ冷凍保存して胸にしまっているだろう。そのカチンコチンの青春を引っ張り出す。子供に戻る事は、寂しいけど出来る筈の無い事だから、その氷の彫刻を、懐かしく眺めながら皆で飲むとしたら

「また、飲もう」

は限りなく、震えるほど素適だけど、そこにはペーソスがやはり付きまとうだろうな。 



 更にロッカーが

「おまえ、それまで生きていろよ」

だって。

 



 先日の思い出を噛みしめながらも、遅くなる言い訳を伯父に伝える使命をも思い出してしまった。電話 BOX の中で精一杯の緊張感を集め、実に好意的に伯父の出張旅行の様子なんかを尋ねちゃったりして。酒の力を借りて結構話した。そう思ったのは僕だけで、後で伯父に

「あの電話は切るのが早かったな」

何て言われて困っちゃうんだけど。早口で一分間も無かったらしい。 

 以前、店内の公衆電話を使おうとしたら兼部に

「音が入っちゃうぞ」

と忠告されて、流石に彼は長けてらっしゃると感心したものだ。

 

 フライドチキンの数が一つ足りない。

「誰が犠牲になるん?」

「当然アイツ」

「そうか」

と兼部くんは納得しながらも情けない顔に。可哀相だから分けてあげたけど、今思えば自分は楽しい思いをしたという自覚が彼に有ったのが、また憎らしい。

 中ジョッキ二つに大ジョッキ一つ。ポテトにチキンにパン。レシートはさらりと一万円也。全く高いとは思わない。充分楽しませて頂きましたからね。

 23時頃、大分客の数も減ってきてそろそろ出ましょうか、と言う事になった。兼部が一本づつ煙草を配って

「じゃあ、銜え煙草で出ましょう」

粋だね。

 

 外に出ると、日が沈んで随分になるので暑さも程良く、その上星まで出ていて。その星空を背景にする、ビルとビルの間と土の見えない道路に切り取られたネオンの灯る夜の街。

 まる映画のワンシーンの様で……。あぁ……良いんだ。

 

 ロッカーは匂い消し用のグリーンガムまで持っていて、皆でフニャフニャ噛みながら歩く。やっと都会に触れた気がした。ロマンチックで少女趣味なきれいな面だけだけど。

 

 良ーい夜でした。三人で幸せ一杯で歩いておりました。

 新しい『ぴあmap』(雑誌)の中に載っている『和光』(銀座四丁目)を指し、兼部が

「あの前で写真撮って」

と言うなり走り出した。おお! それは名案! と僕も走る。兼部に追いつき並んだら、ロッカーも走って来て。あれ?

「これ押せばいいんですね?」

と女性の声が。あぁ、ロッカーくんの行動力に乾杯!

 

 そして地下鉄へ。皆ヘロヘロのくせに、次にどこで飲むかを考えている。新宿は物騒と言うのはもっぱら僕だが、最後に音楽部OBに挨拶しなければ、と中野に行く事に。

 途中の会話はメロメロ。レコードを持っている兼部に

「しっかりしてくれ」

と言うと

「大丈夫だよ。こ〜んなことしないから」

と投げてみせる。

僕「自分は酔っているという自覚が無いと危ない。ロッカー、酔っていると言ってくれ」

ロッカー「いや、俺は酔ってない!」

僕「いや、酔っていると言うんだ!」

ロッカー「いや、酔ってない!」

と永遠と続く。

 電車に乗ってもそれは変わりなく、眠りそうになるロッカーに、話掛け続けると、今度は兼部が

「煩い!寝てろ!」

と言ったり。

兼部「〇×ランドは商売が上手い」

ロッカー「お姉さん達に話し掛けたかった」

兼部「そんな疲れた顔するなよ」

ロッカー「あの時オレは積極的だったのに」

もうメチャクチャ支離滅裂。 

 

 中野に着いたけど、

「ロッカーくん、お前先輩の家覚えてないんじゃないの?」

夜中に随分歩いたなぁ。兼部はマジだかなんだか惚けててさぁ、俺は辿り着きそうもなくて、怖くなったよ。

 やっと見つけたけど留守で、また歩いてよく知らない違う先輩の家に行くのかと思ったけど、ロッカーくんがなんと合鍵を預かっているから入れた。

 するとすぐに先輩の声が外から聞こえて来て。

「あれ? 俺、窓閉めて来た筈なんだけどな……」

他の人の声もして

「怖いよ怖いよ」

中で笑う僕等。

「誰ですか?」と先輩。

笑いながら声色を変えて返事をする悪い後輩達。家にやっと入って来た先輩は

「な〜んだ、怖かった〜。飛びかかろうかと思ったよ!」

と笑う。


 「まぁ一杯」

と余り美味くもないウイスキーを飲む。そして先輩の友人の浪人宅へ。皆似たり寄ったりで、浪人の哀しさを隠しもせず、先輩風を吹かして騒ぐ封建主義。

 テレビのヘルシンキ陸上が終ると皆で外に出る。公園で煙草を吸って、夜空は雲が流れていて、迷子の中学生が居て……。

 青春かな。

 皆で写真を撮っていると眠くなる。祭りの後は、もう静かに雑魚寝で毛布を掛けて貰った。


 朝、九時頃に目覚めると台風が来ていた。先輩にお礼を言って出る。それにしても、御迷惑だったでしょうね。すみませんでした。

 兼部はレコードの心配をし、朝食にルノアールに入ったら暖かくてホッとし、ホットコーヒーが飲みたかったのに、ついアイスコーヒーに。

 ロッカーの下宿に行って、宗教の勧誘を横目で見、彼の荷物を宅配屋に預けてから、早稲田大学の見学へ。再度、入学する決意をしてからロッカーがお土産を買うのに付き合って、そこで解散した。

 ロッカーは群馬へ。

 兼部は台風の中、デートへ。

 そして僕は伯父の家へ。

 


 お祭り後の余韻の様な一日。青春って、こういうものか。

 僕は今まで、何一つやり抜いた事が無い。情けなくって泣きたいぐらいだ。


 この素適で、情けない夏休み。


 僕は将来、どんな瞳で振り返るのか。

 

 打ち上げ、万歳!




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