12月 読書感想『シスコで語ろう』『回廊にて』 今年の反省
12月5日(日) 晴 19時45分
暗い所に居ると、いろいろ物思いに耽る様で、日記を取り出して書くハメになる。部屋の灯りを消したら遠近感の乏しいお星様が見えたので、目が良くならんものかと睨みつけた。近視について考えると、その度に思い出されるのは、あの先生の事である。
小三の担任であった先生は良い人だった。少なくともガキにとっては素晴らしい教育者だった。
彼の左目が見えない事。
遊びにばかり連れて行ってくれた事。
給食を公園まで運んで食べた事。
それから微笑せざるを得ない、あの授業参観。
「今日はいい天気だなぁ。教室で勉強するのはもったいないなぁ」
先生のお得意の朝一の言葉を、授業参観の父兄の前で生徒達に言われてしまったのだ。無表情に授業を進めようとする先生。ガキどもの執拗な催促に遂に
「甘ったれるな!」
と苦笑しながら大声を出した。あれは内心、こりゃまずったな、と焦っていたと思われる。
不思議と彼から受けた授業はこれしか思い出せない。
何にしろ、あの人にもう一度会いたい。良い老け方をされているだろう。子供達の中で生きているのだから、案外若い心のままかもしれぬ。
彼は我が高校のOBだから、昔の話も聞けるだろう。彼の下に通って、魅力的な話を聞きたい。
彼は思い出ばかり持っている。
『シスコで語ろう』高橋三千綱氏著。
なんて良いタイトルだ。まず話し言葉の中では、なかなか『語る』何て出てこない。『語る』というのは古き良き青春にピッタリだ。それも『語ろう』だなんてキザッぽくって言えんぜ、仲間内じゃね。無論、今の話だが。
ロスでない所も良いし、『語ろー』と伸ばせば、七字で切れも良い。タイトルだけで微笑したくなる。雰囲気が何とも明るく、そして現代のニュアンスと違い、その中にも真面目さがあり、仲間を感じ、重さがある。
『シスコで語ろう』
いつか僕も
「語ろう」
と言ってやるぞ。
12月31日(金) 晴 0時31分
今、時計を見て日付を確かめた。大晦日。皆既月食の後の月は、ほとんど丸く輝きも美しく、外は幻想的なまでの冬。きれいでロマンチックで、僕はまたもやセンチメンタルになってしまった。
『回廊にて』辻邦生氏著を読みながら、やはり文を書く上で大切な事は読書だな、と今更ながら感じた。『今更ながら』と書いたが、今までそれを実感として持った事は無かった。しかし今回は、それは読む節々で感じられた。
漢字は言うに及ばず、熟語の使い方、文の転換、場面に合った表現方法、筋書きの展開まで。参考書というよりはガイドの様に、全てがそこにあるのだ。やはり読まねばいかん。
僕は恐ろしい事に情けない事に、小学生低学年レベルの力だけで、今までやって来たらしい。今吸収しておかないと機会を失う。それより使う機会に間に合わない。こわいこわい。このまま埋もれてなるものか。社会でも第一線で頑張る為にも、がむしゃらに読め!
今日は大晦日である。今日で今年も終わるのだ。
「今年は何も出来なかった」
と父親が言った。独白するように、自分に言い聞かせるように。彼は今年、新しい事業に手を付け、それを商品化するまでにこじつけたではないか。それだけでは、何もならないと言うのか。それでは彼はどうすれば満足するのだろう。
それに比べて僕は、この僕は何なのか。今年何をした?
グァムに出かけ、入院し、毛が抜けて、うじうじ暮しただけではないか?
何なんだ、僕は? ただ、我儘を言い迷惑を掛けただけだ。
進歩? そんなものあるか。
成長? 何が。
発展? 辞書にでも載っているだろう。
僕はこの青い時を、本来輝くこの一時を、何と無駄に使ったのか。
見よ、この情けない文章を。これが文筆業を目指さんとする男の文か。何よりこの日記が、僕を、僕の馬鹿さ加減を雄弁に語ってくれている。
悩むなら本気でもっともっと狂う程悩めばいいのに、それも出来ない。悩め悩め悩め。
自分に果した約束を、一つでも守れたか? 一つもだ。一つも出来なかったのだ。一年間あって、十七にもなって、たった一つも出来んと言うのか。もっと激しく生きてみろ。出来ぬ筈が無い。出来る筈だ。
21時
「掃除しなくても正月は来る」
大家さんの名言である。
レコード大賞の為に頑張る歌手達が居ても、僕はそれを否定しない。
パックが終って悲しかったのに、誰も何も書かないから『おしゃべりマガジン・ポンプ』(全誌面が投稿で構成する雑誌)に自分で投稿する。ポンプ読者は討論・問題提起好きの人達だから、それをラジオ番組にした様なパックはさぞかし好きだろうと思っていたのに。
今年の大晦日は
「今年はいろんな事があったな」
と感慨に耽る予定であったが、何とも冷めておる。兎に角、来年はもっと動く。グァムの手記をまとめあげる必要があるのに。入院ももっと冷静になれたかも。そして何より自堕落な生活が、いやが上にも自分の愚かさを証明している。自分に対する、家族に友人に社会に対する甘えの気持ちを、消し去れ。
自己反省だけで結局終る。
来年は小説を書こう。
今年の正月に何ぞ決めた事柄があるかと、日記を捲って見たが、グァムなんて特殊空間に居たもので、何も考えてなかったらしい。何も無いとは残念であり、それすら忘れている自分が惨めで……
あまり区切りとか付けたくないと思ったが、辞める事になってからその重さを痛く感じる様になったパックが、今年は終わったし、病気にもまたなったし、グァムにも行ったし、これはここで区切りを付けん事には、堅実な生活には入れんよ。
堅実でもただお固いだけでなく実の方を。決して堅を軽んじる事無く、実の方に重きを置いて、生きていく年にしたい。そして来年の正月にはもう一度切を付けて、もっと大きな目で飛躍する年にしたい。再来年の抱負も立った。今年はこれで終りにしよう。
ではまた、良い年を。
紅白でも見に行くか。
今夜の映画は何だろう。
21時45分




