9月 美術鑑賞『ブラマンク』『マグリット』 強迫的勉強
9月11日(土) 雨 0時11分
昨日、二つの展覧会を見た。ブラマンクとマグリット。
わざわざ自ら金を出して見に行こうなんて思ったのは、これが初めてで、少なからずインテリジェンスを意識したが、これが兼部らの影響であるのは明らかな事。それでも僕は、結構期待を持って行ったのであった。
日本橋高島屋ブラマンク展『フォーグの巨匠』野獣派なのだそうだ。
何の事やらちっとも分らぬが、絵を見ると皆納得するであろう。細部にこだわらず、ぶっとい線が遠慮無くひかれている。
「描くんだぁ、僕は、絵を描くどお!」
そう言いながら描いた感じである。チョンチョンスイスイではなく、
「ヴォア―!」
と描いた絵である。素人で美術成績1の経験もある僕だから、直観に頼った。自己の感性に頼った。が、
「ヴォアー!」
しか教えてくれなかった。もう頼るものが無いから仕方ない。見た、眺めた、睨みつけた。
「この子はこんなにも熱中して見ていて、ひょっとして天才画家の卵なのかも」
と、思う人がいるかもしれない程睨んでやった。目薬を点した後の様に大きく見開いて。乾き過ぎてパチパチする事になったが。
するとムツさん・畑正憲氏が言っていた『ピカソの白』を思い出して、白が目につく。個人各々同じ白でも違って見えるらしい。おかしな事だ。
「画材の製品に違いなどいくらも無いだろうに」
と、くだらぬ事を思う。
結局、かなりブラマンクに感動した。とりわけあの花。いくつか縦に並んだその花、白い花。特別にライトもあたっていないのに、そのせり出してくる迫力、生々しい気迫。見る者を魅了する、否、見る者にぶつけられる花であった。あれが『ブラマンクの白』か。
ブラマンクに些か圧倒されてしまっていたので、その後に見た渋谷東急百貨店マグリット展『幻想の魔術』は気力を落としていた様で良く覚えていない。
ただ全くもって、その題名と絵とが関連付けられなかった。風景を描いた、例えば夕焼け空とか海とか、僕の好みに合って実に美しく感じ入ったが、今はブラマンクの暗い空、作品全て一様に暗い空、晴れていても暗い空が頭から離れない。
結論として、マグリットの幻想よりもブラマンクの暗い空と迫力の白に魅かれたのは、マグリットの発想についていけなかった為であると、思いたい。
気まぐれな伯母との待ち合わせを気にして、マグリットを疎かに見てしまった事実があるとしても。
最後に一つ。知識の無い者が絵を見る時、ガイドと首っ引きなんてしない方が良い。その説明だけで納得してしまっては、面白くも無いし、感動も薄いであろう。
本物の知識が無いのなら睨め。何か感じて来る筈だ。
9月14日(火) 0時52分
明日は嬉しや、休日である。さて、何をしよう。しかし考える必要も無く、勉強になっている。悲しいかな。我が怠け心、よくぞここまで怠けた。
それから、いよいよ生徒会誌を作る側に参加することになってしまったから、意見を持って行かないと面白くないだろう。考えねば。
9月15日(水) 2時10分
十七歳にしては実につまらない毎日だ。休日どこも行かず家に居るなんて、中年の様ではないか。
敬老の日も何となく過ぎた。老人問題には、今関心が無いし身近に感じない。考えが甘いのか。
未来の事を考えるべきと思うが、病気を思うと避けたくなる。
元中学二年の担任の処に同級生がお見舞いに行ったらしいが、どうなっただろう。先生が元気でなくなるのは、実に惜しい。中学校にとって多いに損失である。
彼が校長になったら、さぞかし面白いだろう。なっても良いんじゃないか。自由な社会の筈だが、思想を持ち旗を振ったから校長になれん様な世の中では、進歩が無く大した未来は来ないと思う。
9月18日(土) 晴 1時15分
目が悪い。これから冷えた大気が、星座の世界を鋭く美しく見せてくれる季節に入るが、この調子ではどうなる事か。目が悪いのはもの凄く悲しい、と知った今日この頃である。
少し復習に精を出すと、直ぐ何かやった様な気になって、幾許かの満足と共に眠ってしまう。そのくせ、いつも毎度同じ理由から焦燥に駆られ、何とかせねばと悩んでみる。
長期計画を立てて、勉強のみでなく楽器等々にも積み重ねていければ良いのだが、それをしない。それだけをする手間を手をつける前から避けている。その他に出来よう筈も無いのに。
毎日思う。本を読まねば、ピアノを弾かねば、ギターを弾かねば、英語を数学を古典を化学を勉強せねば、ジョギングをせねば、目を良くせねば、性格を変えねば。毎日毎日。そして何もしない。それだけで月日は流れてゆく。
諦めてしまう程の勇気は無く、猛然とこなしていくだけの活力も無い。いつもコンプレックスを持ち、自分自身を見せてやれない。自分に自信がある時があっただろうか。
「外見を装う事なんて、内容の無い奴のする事だ」
何て台詞が自分にネチョネチョ絡み付く。
「もう暇が無い。勉強するんだ」
よくも臆面も無く人前で言えたものだ。
何時になれば、どこから見ても輝いている自分になれるのか。その為の努力を僕はどれだけするのだろう。
小説を書く気力すらも、いつの間にかノートに挟まって輝きを失ってしまっている。
9月18日(土) 1時7分
早稲田ぐらい割と簡単に入れるんじゃないかと思っていたが、やはり難しい。
今どうしたら、最も後悔なく生きられるのか、そんな事ばかり考えている。やはり甘いのだろうか。
何故こうも見かけにこだわるのだろう。自分をしっかり持っていれば、それで良いではないか。人目を気にしてばかりじゃ、疲れるじゃないか。このまま他人に引きずられて良い訳ない。人生の敗者に……。
また、これだ。どうして結論から先に思うのか。歳を食ってから思い返すだけで良い筈なのに。
本当に勉強だけしてみようか。本当に勉強だけ。惑っているより楽かもしれない。きっと、そうだ。




