8月 夏の終り 親友への手紙
8月18日(火)
星空の下、このムード。共に星を見上げる彼女が欲しいなぁ、と切に思う。戸を開け家に入る。現実が自分を包む。
あぁ、人生のしぼりカス。
ジムノぺディをひこう。
8月26日(木)雨
何故、斯くも僕は弱いのか。
何故、僕の足は腫れるのか。
何故、僕の恥ずかしげな夢を遠ざけるのか。
何時になれば僕は『青春』を感じる事が出来るのか!
焦燥に駆られ、自堕落に過ごし、何故、僕に青春が来ないのか。
僕はもう十七だ。どうするんだ、年はとってしまうんだぞ。どうするんだ。
8月29日(日) 晴
久しく日記も付けていなかった。怠慢な事だ。
床屋に行った。毛が伸びて、不自然を通り越して不可解な頭髪になったので行ったのだ。切りたくなどあろう筈がない。せっかく二㎝位になったのに。でも、仕方がない、揃ってないのだから。おじさんに切ってくれと言ったら、嬉しい事に蒸しタオルがやって来た。だが石鹸の泡の上からのせられるのは、どうも良くない。やはり拭きとってからすべきでは。じんわり温かいタオルよ、今一度。
帰宅して鏡を見ると、おい、なんだこりゃ!五㎜じゃないか!
情けなくなってきた。一体何時になったら、僕は髪を梳いたり、リキッドを掛けたり出来るのだろう。途方も無く遠い様に思う。
そして今は青春である筈だ。もっともっと華やかで良い時なのに。
薬師丸ひろ子さんの写真集を見た後にシャワーを浴びに行く。鏡に映った己を見て、現実と理想との余りの差に自己嫌悪に陥る。
そんな自分に母親は遠慮の無い事を言う。
「髪が伸びたわねぇ」
その視線がいつまでも頭から動かない。僕の怒りのバロメーターは、その時間と比例して急上昇していると言うのに。同時に情けなさも。
青春中である僕の同年代達は、皆悩んでいるのか。幾度かの恥ずかしい経験から、
「自分だけが」
と言う考えは持たない様に心掛けているが、他の連中に対して
「何を悩む事があろうか」
と言う気になってしまう。
どうも悩むと言うのは、文系思考の人に多いのではないか? 如何に若者に悩みが多かろうが、平らに伸ばしてみれば、きっと文系人間が多くいるに違いない。
受験勉強をするに対して、下手にいろんな知識があると邪魔にしかならない。特にそれが思想なんてものであった場合、受験自体を放棄する可能性まで出てくる。
視野を広げるのは実に良い事だが、大学に入る為だけなら、受験に不必要な知識はすっかり払い落とさないと、自分で受験以外の道に『正道』を見出してしまう。そうなったらもう、悩み苦しみは増大するか、きれいさっぱり無くなるかの、どちらかだろう。
親友様
そーですか。お祭り騒ぎ大好きかと思っとりましたが。九月の文化祭の準備が全然進んでいないのですね。まぁ、我校の文化祭も、本格的に準備に入ったのは三日前でしたから、なんとかなるもんです。心配し過ぎないように。実際これだけの人数が、そう思い通りに動く筈も無く、おっとり構えておけば良いでしょう。
クラスの出し物にシェークスピア作『十二夜』の演劇とは、恐れ入ります。君はあまり面白くないと思っているようですが、私も『ハムレット』を一度読んで
「へ?」
と思いました。
読書感想文に志賀直哉を選ぶとはスゴイ!
私の教科書に志賀直哉作『城ヶ﨑にて』と言う短編が載っていまして、これが
「はて?」
で終ったので、わざわざ買い求める気にはなれません。僕も夏休みの課題の感想文を残しており、
「どーすべェ……」
と思案中です。幸い感想文の他に、七百字以上の作文という逃げ道が用意されていて、僕はだらしなくも、そちらへ走ります。
せっかく前回の手紙で
「恋愛話を乞うご期待!」
と書いてあったのに、君からの手紙にそれらしい感じは無く、残念ですが、それに代わるべく、大々的発表と参りましょう。
ファンファーレ♪
実は僕、今五分刈りです!
これだけなら
「失恋でもした?」
で通りますが、毛密度の微々たる事。
そう、副作用でして、薬の。
以前にもこういう事がありました。その時も悲しかったのですが、何分小学生。だが今は、花も恥じらい、芋虫も葉の裏に隠れる十七歳! 格好悪い=登校拒否・外出恐怖症、です。よって親のスネをかじり、カツラを買いやした。
こら、笑うな!俺は深刻だ。高いんですよ、あれ。いくらか床屋のオジサンが安くしてくれたけど、六桁です。
で皆、もちろん友人の何人かは、毛が抜け始めた頃から知られているので、カツラも御存知。今ではクラス中、周知の事実。情けなか。
手術痕の感染予防の為、プールに入れんと言うと、TVCM(ホレ、カメをざばぁと持ち上げるカツラのCMですよ)の影響か
「カツラだって泳げるんだろ?」
とくる。ばか! あんなのは三十万もするぞ。皆、僕をいたぶります。
風が強いと
「カツラ、大丈夫か?」
とめくられたり。もっと惨憺たる事もありますが、気持ちがどんどん沈んでしまうので止めやっしょ。
最近ようやく毛も増えてきたのですが、悲しいかな、まだ従来の毛とはいかず、ヨレヨレで摩擦により途中で折れたり切れたり嘆かわしい。僕の髪が伸びて嬉しく思える日は、何時になるのでしょうか。
今、突然思い出したのですが、君は僕の失恋哀歌を知っていますか? 去年の女子校との交歓会の頃の話ですが、まだ御存知でなかったら、今度の手紙でそう書いてください。もう教えたかしら? 知りたかったらね。君は女の子と楽しい事はあったかな?
何と今日で夏休みも終わります。君も、
「後四日なのに何故か一週間位あるような気がする」
と書いておりますが、分かる気がします。
この侘しき夏の日々。二度と帰らぬ十七の夏。何故お前は、何の楽しみも与えてくれなかったのか。この恨めしい日々に与えられたのは、侮辱・屈辱・恥辱。あぁ、僕の心は閉ざされ光は射さない。いつか近い日、髪が生え揃う頃には、閉ざされた心も氷の様に溶けるだろう。
何故かように気取って下手な綴り方をやっとるかと申しますと、勉強をやらねばならんのですが、気が乗らず「手紙を書いてから」
という言い訳を思いつき、己を誤魔化しているのでございます。
分かるでしょ? 学生なら。
あー思いつくものが無くなりました。では、英語からでも勉強する事に致しましょう。
文化祭、楽しんでくださいね。またね。
8月30日(月) 雨
人間の髪の毛は何でこんなに遅く伸びるのか。この上なく恨めしい。その上、まだ質が本物でなく、ポロポロ落ちてくる。その度に
「あぁ……これでまた夢が遠ざかった……」
と、いといと悲しく、情けなく、気力はどんどん沈潜していく。
もう気にしないでいる事位しか、対処が無い。機嫌が悪くなる。友達といる時には面に出していないが、家に帰ると喋らない。嫌な息子をお持ちですね。
「成績を学年二十位内にする」
と親に言ったら笑った。誰もが恐らく本気にしないだろう。おふざけの場で言ったのではなくても、真剣に僕が考えている事を知らない。
勉強するぞ、必ずするぞ。誓う。
2時7分。何とも言えず充足している、この一時。早寝なんか出来るかね。こんな楽しい一時。
8月31日(火) 雨のち晴
どこか懸賞小説で優勝する夢を想った。それは何時になくワクワクするもので、何時もの様に途中で嘆息と取って代わる。ここで名案が浮かんだ。
「角川で有名になれば薬師丸ひろ子さんに会えるかもしれないゾ」
この偉大なる閃きは、僕の作品の映画化が決定し、主演薬師丸ひろ子さんになるまでに及ぶ。監督は市川昆氏か相米慎二氏。
何ていう空想に耽っていた為、今日、級友と薬師丸さんの話になった時
「あぁ、ひろ子ちゃんね」
とひどく身近に感じられ、返って戸惑ってしまった。その後、心の中で赤面したのは言うまでも無く、ひいてはこうして日記に記しているのである。
現代の歌手等は隣のお姉さんと言う手軽さがあるが、そんな中、薬師丸さんにだけは、前世代の歌手とファンとの隔たりの距離感が現存している様に思う。
軽く声なんか掛けられない。目前にしたら、例え職業的微笑でも一般人は口がきけなくなるだろう。
そんな雰囲気が彼女、おお、彼女と書いても恐れ多い、薬師丸さんの周りに立ち込めている。
後何年か経って彼女が、少女ではなく女性になってしまったら。それはほんの僅かも、想像できない。




