1982年 1月 グァム旅行記 その2
1982年 1月1日(金)
正月から調子が悪くて、午前中いっぱい寝ちゃった。
午前中 My family から TEL があった。I don't feel homesick.
17時頃 Restaurant SUNSET で食事をしたけど、早い時間だったので帰ったらまた夕食を食べるのかと疑問に思って、それと思しき事を言ったら
「ホント、イヤな子ね」
と聖子さんとせつこさんに笑われた。二人の言う
『イヤな子』
の意味が、日本人とニュアンスが違うのは分かっている。
「午前中寝ていたから今晩は寝れんなぁ」
と言うと、
「可愛くない」
と言う。聖子さん的ニュアンスね。
Jojo と話すのは僕が片言だから彼には悪いけど、僕はもっともっと話したい。
「じゃあ、夜にプールに行って泳げば?」
と聖子さんが言うので、皆を誘って Hotel の Pool に行った。
Billy's family も来てくれて、パム、ビリー、シーラと三人の友達の元気な女の子 Linda /Lida リーダ十六歳も来た。パムはとても大人しいから、僕から話し掛けないと話してくれないのは悲しいね。でも何とか話して冗談も通じて笑ってくれた。
Jojo や皆と笑って話して。
新婚の couple がいて、
「あのヨメハンはどっから声出してんねん」
と言ったら
「これだも〜ん」
と聖子さんに笑われた。
talk talk talk
皆で良くしゃべって良く笑って、僕も良くしゃべって良く笑って。満天の星空の下、皆の笑い声がプールサイドに響いて。穏やかな波音をバックにたくさん遊んだ。
帰ってから、少し勉強をして、軽食を取って寝た。パムは色白だったなぁ。
聖子さんも良い事を言う。
「English と Japanese は本当に一緒の意味のものは無い。完全に同じ意味では無い。近いだけ。」
聖子さんは日本生まれアメリカ育ちの A rich working woman です。
「You の母ちゃん、ヒステリーになるのも分かるわ」
を多用するようになった。ハ・ラ・タ・ツ。
シーラは勘が鋭く、すぐピンとくる。するとビリーは彼女の方を向いて
「Be quite」
と口止めする。妹は無邪気でお喋りらしい。
1月2日(土)
グァムの学校は今日から始まり、皆行ってしまったので、僕は何もしなかった。
パムの母ちゃんが夕方に来たぐらい。一緒に話したかったけど、会話の内容についていけなかったので、聞いていただけ。
洗濯しないといよいよ着る物がなくなる。
彼女達が言うには、毎日脂身の無い肉を食うと、三ヶ月で痩せるらしい。
聖子さん家にあるピアノをひいた。
勉強をしていると聖子さんがのぞいてきて、
「Youの性格が分かる」
と言う。
「Careful and conscious 神経質で慎重」
おっしゃる通り。
1月3日(日)
そろそろ、おみやげ作戦を実行しなければ。Police shop, American shop. 50cc bike を借りて回ろう。
『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子氏著 英訳版)を読んだ。This book is very interesting だった。
舌平目のムニエルオレンジソース添えはちょっとしかない。肉料理はボリュームがあるのに魚は少量だ。島なのに何故?
1月4日(月)
日本で見ていた映画『プライベート・ベンジャミン』TV版を見た。映画の主演女優ゴールディ・ホーンがいない! なんにもならん!
実弾射撃体験をした。反動の手応えはいくらも無し。でも銃身を真直ぐ向けておく事は不可能なり。途中で飽きて集中力が途切れ、最後の方は板やら何やら打ってしまった。防音用ヘットホン型のイヤープロテクターをしていても、室内だからか煩かった。
15時30分に Hotel のビーチで甲ら干し。のどが渇いちゃったが、Coke は無し。かわりに Pineapple juice を飲んだ。飲みながらビーチを見ていて思う。Japanese girl は面白くない。服を着ていたら誤魔化せるが、がりがりでマッチ棒だ。その点 American girl は常に堂々としていて姿勢が良く素晴らしい。痩せていても出るところは出ている。日本女子は舌の裏から声をだすのかしら。
1月5日(火)
やだネェ、僕の横で四十過ぎのオバサンが三人(聖子さん、せつこさん、もう一人)。よりによって男の話をしている。
「老後は金持ちを引っかけて養老院に入るわ」
「もてる〇〇さんがあなたが仕事でお世話した時に、きれいだと言っていたわよ」
「きっとあなたに気があるのよ!」
「今度、浮気しに行く時に、この服を着て行くわ」
どう考えてもオバサン達が寄り添って慰めあっているとしか思えん。Joke だろうけど、僕の妻になる人には職は絶対持たせたくないと思う(三人とも働く女性でお金持ち)。雅実ちゃんは専業主婦になりそうで、本当に貴重な存在だったんだがなぁ。
オバサン達が shopping に行くと言うので、
「Come along! キミもおいで!」と、誘われてついてきた。
Air Force Base(アメリカ空軍基地)の中に入った。Beach がすごく広い。波高し。写真を撮って買い物について行った。ライセンスが無いと入れないマーケット。二十分も待って
「Hold on a sec! もうちょっと待ってて!」
……怒るで。で、あの会話。女性の買い物、服選びは長い、ほんまに。
待っている間にボーイング B52 爆撃機の横で写真を撮る。鋭いエンジン音がしたので、行ってみたけどカメラを構えていたのに、期待半ばで止まってしまって残念。
恐れていた事が起こりつつある。いい加減、イライラして腹の虫が抑えきれないようになってきた。帰りの飛行機に乗ったらどんなにホッとするだろう。
マーケットの前で通行人を見ていた。スラリと長い足をのばして白人女性が歩く。格好良いなと見ていたら、絶対に足の方が長い事に気付いた。キューバの陸上選手のような人もいた。お尻がボンと出ている。しかし、日本みたいに尻のポケットにクシを入れて歩いている人がいるのは何故か。リーゼントじゃないのにね。
スピーカーから合衆国国歌が流れてきたら、歩いていた二人の軍人が、立ち止まって敬礼している。他にもいるかなと思ったけどいない。それでも皆、動かずに立ち止まっている。ゴールディ・ホーンのような女性もいた。もちろん軍服を着て。
若い女の子が恋しい。シーラも可愛いけどだめか。がきん子だから、あの娘は。さすがに十三歳は若すぎるね。
1月6日(水)
聖子さんが15時に帰宅するまで家で留守番。TV がつかん。実際は15時30分に帰って来て、いざ Shopping と思ったが、
「その前に遅い lunch 替わりに、Carrot cake を食べようよ」
と言うから食べた。パサパサの為か、そういうものなのか、切り分けた量より皿の上にこぼれている量の方が多い気が。
で、Shopping のつもりで出かけた。まず郵便局であまりパッとしない切手を買って出ようとしたら、車の調子が悪くて止まってしまった。
「You walking」
と言うから家に戻るべく歩いた。
庭で遊んでいる子供達がいて、ドーナツ形状のソーサーが飛んできて、ちょうど僕に拾えと言わんばかりに足元へ落ちる。子供が何かいったので、たぶん 取ってと言ったのだろうと思い、拾って投げたら曲がって飛んで行った。大きい子がおじぎをしたようだったけど、小さい子は必死に追いかけて行った。僕は
「I’m sorry!」
と叫んだら彼らは笑って手を振ってくれた。
どうにか動いたらしく、聖子さんが運転している黒い車が帰路の途中で迎えに来て乗った。
それから修理屋で The very noisy car を借りて shopping for sisters かわいいお土産を選んだ。両親と自分にTシャツを買った。しかし会計後計八千円である事に気づく。ちょっと高かったかな。
そして夕食。遅くなったので憎いほど Good timing で closed していく Restaurant。日本風の店にやっと入った。障子も畳もあるけど、真似事に過ぎない。ちょっと違和感。
聖子さんはギアの場所が変わったのを忘れて、ハンドル横で空気を撫ぜている。
ギアの話から Ski に言った時の話になり昔話になった。友人と行ったと言うので
「女友達ですか?」
と聞いたら
「何で私が女と一緒に行かなきゃならないの」
と言う。あぁ、この人の相手は男じゃなきゃ務まらないのだな。
She said
「楽しかったな」
彼女は離婚歴有りの独身です。
さて、これから金勘定をしなければならない。まだ、お土産がいるからね。
それから帰宅したら食器乾燥機が焦げていた。危うく野宿になるところ。
TV は何故かついた。さらりとつけた聖子さんに
「You、本当、にぶいネ」
と言われた。アッタマくるな、もう。
1月7日(木)
日本では明日から学校が始まると苦しんでいるところだろうが、飛行機のフライト時間や各方面の皆さんの関係で、僕にはもう一日ある。
カルチィエの $137 の財布は良かったな。あまりに素適で、僕が食器乾燥機のボヤで焦げた壁紙の事を思い出させなかったら、聖子さんは買っちゃいそうだった。
全くのんびり構えていたから、今頃になってお土産の買い物に焦る事に。
my sisters には Seiko say ジャンクしか買っとらん。明日なんとかせにゃいかん。Police Shop は CLOSEだったけど。
明日の15時40分発の Airplane にはサイパンにも降りるんだって。へんなの。
タモン・サンズ・プラザ(ショッピングモール)は観光客相手の為か、商品がエライ高い。にこやかに
「コンニチワ」
なんてカタコト日本語で言ってくれても
「はい」
と答えるだけで、pass away。お土産探して三周もしてしもた。みっともなかったかな、僕の態度。
十三日間の滞在で湯船に浸かったのは三回のみ。後はシャワー。臭いと言われても仕方ないというべきか。
聖子さんは置き土産に、僕の使っている和英・英和辞書を要求する。僕の理想とする使い込まれた貫禄さはまだ出ていないので、こんなもので良ければ差し上げましょう。
夜の散歩に出た。
「いいけど Police man が巡回しているから、話掛けられるかも」
言われた先から、これも貫禄の無い 50cc bike に乗った Police man がうろうろしよる。声を掛けられなかったが職務質問をされるのが嫌で、天体観測はおわり。早々に帰宅すると
「早いね」
と言われた。
日本食 Restaurant『SAKURA』これほど不味い蕎麦も珍しい。聖子さんは
「味が落ちたわ」
と言うが、それ以前の問題では? 不可思議な味だ。
自分のお土産のボールペン、モンブラン Montblanc(筆記具ブランド)。いいだろう? 聖子さんは
「高 い」
と言うが、僕は気に入った。お手頃価格のモンブランボールペンをお土産用に一ダース買った。
いよいよ今日で旅行もおしまい。明日の夜は日本で眠れる。さすがに homesick であります。
聖子さんにいただいた香水の sample 誰にあげよう。彼女は美容品等のセールスマン。
GRATITUDE 感謝 !
APPRECIATION 感謝 !
1月8日(金)
グァムの airport にて。
心底ホッとしていて、字も非常にゆったりとしている。これで帰れるのだ。嬉しい。が、スッキリとしないのは、家に帰ると宿題の残りが待っているから。
周囲の観光客は例外なく黒く日焼けしていて、また例外なくお疲れのご様子。Duty Free Shop はここにもあり。お下品な方、日本人の品位を落とす人、多数あり。サイパンに降りても、飛行機からは降りられないそうだ。残念だけど。
座席の横のオッサン達が騒いでて、仲間に
「八ミリ、貸せや」
前には airplane しかないがな。
「サイパンも写すからフィルムとっときな」
だと。女性の使う言葉かね。酷い。品位が低い。農協が嫌いという訳じゃないけど、農協ツアーってそんな感じね。
Guamよ、さよなら、ばいばいよ
帰りの飛行機の中。かなり長い時間イヤホンを売っている機内販売のスチュワーデスさんを、気の毒に思った僕が買ってしまったところから始めよう。(五百八十円でこの掛け心地はサギだ。コーヒーの味もサギだ。)
三万 feet の景色は great だが、カメラの film がもうあかん。コーヒーはただの色水だ。BGMは『翼あるもの』甲斐バンドがいいなぁ。夕日はきれいだけど写真には撮れません。こんな事ならもう少し写真の勉強をしておくべきだった。
カルチィエの財布は結局買わなかった。妹達にはお土産を追加で買えた。もう一度 Police shop にも行って、California Highway Patrol の刺繍ワッペンも購入。誰にくれちゃお。
暇の為、機内では筆が進むなぁ。
夕日の綺麗な事。水平線に沿ってずーっと赤く染まって、どうしてか青、薄い青色をした雲の絨毯を照らしている。この雲に乗ってもきっと落ちないだろう。
夕日が水平線に沈む。下は青い雲、上は白い筋雲に赤、おやまあ、青い雲でいっぱいになってしまった。
太陽はオレンジ色の楕円型。すでに沈んだのに水平線が真っ赤。水を通して見えるのかしら。そしてオレンジ色の帯が一つ。
ボビー・コールドウェルのレコードジャケットと似てるね。
では、dinner を。
I had dinner. 景色は変わらないけど揺れてんの。目立つ星が一つ。気に入らないなぁ。暗くなってきたのに機内の明りを消さない。行きの飛行機の方が良かった。しかし、星が一つしか見えんのは何故だろう。恒星か。
日本に着いたら何時だろう。一時間早いのだから18時20分でしょう。景色は変わりません。ただ、なお暗くなりました。
それでは入国手続きの仕方でも読み直しましょう。
どうして行きの飛行機はスチュワーデスも美人で席も広くて良かったのに、帰りは前は壁でスチュワーデスもあまり素適じゃないのだろう。気持ちの問題かなぁ。残念だ。
全然到着しそうにないから、こりゃきっと19時20分だろう。間違えた。後一時間のガマンはきついよ。
星は見えるけど良く見えない。雲が見える。下は海。いい加減耳が痛くなってきた。横を飛行機が速いスピードで通り過ぎる。
びっくりした。入国カードが無いなぁと思っていたら
「パスポートについております」
だって。よかった。安心したらトイレに行きたくなっちゃった。けど三回目だから降りるまでがまんしよう。
My travel は終わりました。




