35 舞龍という女
響の母が横浜へ帰った事で、希美はよく響のアパートへ来ているようだ。
翌日、母さんは横浜へ戻って行った。研究についても何か気付いたようだったけど……
「倉橋いる?」
希美さんが僕の部屋へ来ました。
「居ますよ!」
そう声を掛け、リビングの方を見ると微笑みかける希美さんがいた。なんだか和むな……
「あっ、コーヒーだ、私にも淹れて!」
まあ、コーヒーくらい別に良いけど…… そう言っている希美さんの手にはまたもやサンドイッチが!
「倉橋、これ一緒に食べよう」
「あ、はい……」
希美さんは僕の事を心配して来てくれたのかな……
『ピン!』
あっ、メールが来た。
「あっ、智ちゃんからLINEだ!」
はあ…… 希美さんのスマホだった。
「えーっ! 何この写真?」
「どうかしたんですか?」
「大学の校舎がほぼ元通りに治ってる!」
あれって時限爆弾で教室がひとつ無くなっていたと思うけど、警備局が状況収拾のために動いたのかな……
「それって水嶋さんからですよね」
「うん、智ちゃんからなんだけど、校舎の爆発が小火騒ぎに変わってるし校舎がほぼ復旧してる」
でも、これってあれだけ大々的に報道されているから揉み消すのは無理があるんじゃ……
「水嶋さんはなんて言っているんですか?」
「えっ、小火が起きた校舎がある程度修理されたから、近いうちに使えるようになるって」
いや、水嶋さんと未玖さんは…… いや、いや、未玖さんはガムを持っている。どうなっているのか……
『チーン』
あっ、龍己からLINEだ!
『北山大学の小火騒ぎって知ってるか! ある程度修理は終わったらしいけど』
いや、あいつは爆発事件は知らないのか…… 神谷さんは知ってるのかな……
僕は神谷さんに連絡してみた。
『もしもし倉橋君、どうかしたの?』
「あっ、北山大学の爆発事件は知ってる?」
『爆発事件? 小火騒ぎじゃないの?』
神谷さんも小火騒ぎだと言っている……
「あっ、そうそう小火騒ぎだったよね」
僕は取り敢えず彼女に話を合わせた。
『倉橋君どうしたの? 何だか変だよ』
まあ、そうだよな……
「いや、龍己からさっきLINEがあって、校舎も修理が終わったらしいって」
『ふーん、それよりあいつ、おばさんと付き合ってるみたいよ』
おばさん? えっ、まさか舞龍。
「付き合っているってどういう事だよ?」
『さあね! 若い娘に相手にされないからヤケになったんじゃない。それより来週からの夏期講習は行くよね!』
そうだった、夏期講習を忘れていた。
「もちろん行くよ!」
『最終日にはテストもあるらしいわよ』
「まあ、テストは大丈夫だと思うが……」
『はあ…… 相変わらず余裕ね! それと文化祭なんだけど……』
「文化祭?」
『やっぱり忘れてる! うちのクラスでたこ焼きやるって言ってたでしょう』
たこ焼きか…… まあ、販売の方だったら良いけど、作るのは難しいぞ……
『倉橋君は作った事ある? たこ焼き』
「いや、やった事は無いよ」
『そう…… じゃあ、夏期講習でね!』
彼女はそう言って通話を切った。
「倉橋、どうだった?」
「うん、やっぱり小火騒ぎに変わってる。それと舞龍が、僕の友達に接触してるみたいだ」
「舞龍が!」
「まあ、来週から夏期講習があるからその時に詳しく訊いてみるよ」
「ねえ……」
希美さんがそう言いながら、僕に近付いてくる。
「どうかしたんですか?」
「あの…… たこ焼きってなに?」
「えっ…… ああ、夏休みが終わった後に文化祭があるんですけど、僕のクラスでやるんですよ、たこ焼き」
「へえ、そうなんだ! 行ってもいい?」
「うん、良いですよ」
このたわいもない会話なはずなのに、希美さんと二人っきりだと、凄く緊張する。
一週間が過ぎ今日から夏期講習が始まる。久々の学校だ!
「よう、響!」
「龍己、おまえおばさんと付き合っているのか!」
「バカ言うな! 付き合ってなんかいないよ」
「神谷さんが心配してたぞ!」
「あいつが心配!」
龍己がそう反応した時だった。
「別に、心配はしてないよ」
背後から神谷さんが声を掛けた。心配だから僕に相談したんじゃ……
「でも、若い娘から相手にされないからっておばさんっていうのはどうなの」
龍己は顔を顰めて……
「そんなんじゃねえよ!」
「じゃあ何なのよ!」
何だか神谷さんも負けてないな。
「あの人は俺の子孫なんだよ」
「子孫?!」
舞龍は自分が未来人だと言ったのか……
「馬鹿じゃないの! そう言ってあんたの事を利用しようとしてるんじゃないの? それにそんな事を信じたの!」
まあ、そうなるよな…… 見ず知らずの人が来て、『私はあなたの子孫です』とか言われても相手にしないと思う。
「でも、未来の便利グッズを貰ったんだよ」
「なによ、それって」
「これなんだけどな」
そう言って龍己は手のひらにファスナーの摘みを乗せて見せてくれた。
「何これ? ジッパーが壊れたの」
まあ、何も知らない人はそうなるだろう。
「いや、これが結構便利なんだよ! これで何処にでも行けるんだからよ」
神谷さんは龍己の言っている事が信じられないでいた。それを横目に龍己はファスナーの摘みを学校の壁に押し当て摘みを下へ動かしたので、僕は慌ててその手を握り動きを止めた。
「何すんだよ響! 俺はそんな趣味はないぞ」
「僕もそんな趣味はないが、今その手を動かしたら良くない事が起こるような気がする」
何処へ行くつもりなのか判らないが、絶対駄目だよな……
「ねえ、どこにでも行けるってどういう事?」
神谷さんも流石に疑い深く、詐欺師でも見るような目で見ている。
「何だよ、その目は…… だから今、それを見せようとしたんだけど、こいつが邪魔をしたから」
その時、先生が入って来た。
「はい、講習を始めます。席について!」
と、取り敢えずこの場を凌ぐ事が出来たが……
夏期講習一日目が終わった。
「はい、早く帰れよ」
先生はそう言ってエアコンのスイッチを止めた。まだ僕達は教室にいるのに…… エアコンのスイッチが切れた教室は徐々に気温が上がってくる。
「早いとこ涼しいところへ行こうぜ!」
そう言って龍己は壁を開いていた。この光景を見た神谷さんは驚きを隠せないが……
「暑いから行こうか、倉橋君」
不安なんだろうけど僕が一緒ならとか思ってる? 龍己が壁を開いた先は、モールタウンの四階の駐車場だった。
ホッ! こいつなりに一応考えているようだ。
「伊丹君、これって……」
「言ったろう! 未来の便利グッズなんだよ」
「これを渡した人って……」
僕がそう話し掛けたときだった。
「あれ、最近よく逢うね」
この聞き覚えのある濁声は……
「舞龍!」
「そうだよ、来夢は元気にしてる?」
「響、おまえもこの人の事知っているのか」
ああ、知っている。未来から来た犯罪者だ! 最近よく逢うけど、監視されてるのか……
「いや、僕は…… 知らない」
「あれ、つれないことを言うね、散々私達の邪魔をしてくれたくせに」
「倉橋君、この人は何者なの」
「へぇ、倉橋君って言うんだ! 確か来夢も倉橋だよね、君は来夢のご先祖様なのかな」
僕が…… 来夢の……
「でもね、今度邪魔したら死んでもらうからね! ハハハハ……」
そう言って舞龍は消えた。
「倉橋君、来夢って誰なの?」
「響、おまえあの人に何をしたんだ!」
僕は、春に来夢と出会ってからの事を話した。とても信じ難い事だが、これが真実だ! 二人とも何が起こっているのかよく理解出来ていないと思う。
僕は来夢に連絡をとった。
「来夢さん、僕達の前に舞龍が現れた」
『うん、こっちでも確認した』
「友達二人にも話してしまった」
『うん、取り敢えず二人にも響君の部屋に来てもらって良いかな』
「うん、解った」
僕は、現実を知ってもらうため二人を僕の部屋にファスナーを使って連れて来た。
「何だ響、おまえも持っていたのか」
龍己は何も考えずに話をしているが、神谷さんの目が怖い。
「神谷さんと伊丹君だよね」
「はい、あなたは胡桃さん……」
「ううん、私が来夢だよ! 前に逢った時は、事情があって胡桃って名乗っていたけどね」
そうだ、3℃の強盗事件で来夢の名前でメールが拡散したから神谷さん達を巻き込みたくなかったため来夢の名前を伏せて僕の従姉妹の胡桃さんだと言っていた。
「さあ、取り敢えずコーヒーでも飲んで落ち着いて」
そこには希美さんもいた。僕の夏期講習の間、二人はずっと一緒にいたようだ。
「あなたもよその世界から来たの?」
神谷さんは希美さんを見ながら不安そうにそう言った。
「ううん、私はあなた達と同じこの世界の人だよ」
なんだかその言い方も変だよな……
「えっと、あなたが伊丹君だよね」
「あっ、はい」
こいつ来夢に声を掛けられて緊張してるな、まあ女性に声を掛けられるなんて滅多に無いからな、でも来夢と舞龍が同じ歳だと解ったら驚くだろうな……
「さっきからあなたと舞龍の事を調べたんだけど、あなたから見て舞龍は曾孫の孫、つまり来孫ってことになるみたい」
「えっ、来孫?」
「つまり、あなたより五世代後の子孫てことね」
神谷さんがそう説明してくれた。
「じゃあ、俺は彼女が出来て結婚出来るって事だよな!」
「まあ、そういうことね! 良かったわね」
それって今言う事か、まあ神谷さんもちょっと呆れているようだけど……
でも、前に来夢が言ってたけど、ちょっと調べれば僕の彼女になる人や結婚相手とかも判るんだよな…… いや、この発想は龍己と同じだな……
響の友達の伊丹龍己の来孫が舞龍だと判った。どうやら舞龍はそれを知って接触していたようだ……




