第九話 絶望の覚醒
まるで、ディエラの好みに合わせて品を選んだとでも言うような口ぶりだった。
背筋を冷たいものが伝う。
ディエラの表情から、一瞬些末な感情までもが消失した。
ディエラは怯えているのではない。自分しか触れていないはずの場所へ、知らぬ間に他人の手が入り込んでいた。その事象を目の当たりにした不快感と、それを許した自分への深い失望だった。
内に抱える憎悪を、人前でその欠片も出したことは無い。
癇癪も、悪態も、彼らの知るディエラの範囲に収めてきた。計画を紙へ残すこともせず、使用人の前では独り言さえ慎んでいた。
何も知らない、愚かな娘。
そう思わせたまま、全てを奪うはずだった。
それなのに。
「……どうして、」
ディエラの口から小さく声が零れ落ちた。
自分の口から発せられたものだと気づいても、もう遅い。
僅かに崩れたディエラの表情の機微を見逃さず、男の目が愉しげに細まった。
「”どうして”?」
ディエラの言葉を味わうように繰り返す。意図を探るわけでも理解が出来ないわけでもない。ディエラに聞かせるために繰り返し発された言葉だった。
「聞きたい?」
ディエラは答えなかった。
男は壁に肩を預け直し、わざとらしく顔を傾ける。
「君がどうしてもって言うなら、答えてあげなくもないけど」
ディエラは自分の胃の奥がゆっくりと冷えていくの感じた。
欲しいものがあるなら、相応の態度を見せろ。
直接そう言ったわけはない。
だが、答えをディエラの手が届かない範囲で自分の手元に置き、ディエラが求めるのを待つその顔とそれを指し示すように上がった眉は、ディエラの神経を逆撫でるのに十分すぎる材料だった。
この男に、願えと?
私の憎悪を許可なく除き、土足で踏み散らかした上に、その終わらせ方まで決めた相手に?
怒りは極限を超えると冷静さを帯びる。この現象を体験するのは二度目だった。
ディエラは、ゆっくりと男に向き直った。
「冗談でしょう」
声は低く、静かに響いた。その瞳や口元には余裕も怒りも笑みも無い。
「誰が、何をするって?」
そこに在るのは純粋で明確な殺意と圧倒的な支配者による気迫だった。




